■ essay bibliophobia hakodate函館市大火復興小学校 ■ essay bibliophobia annex 東京市震災復興小学校 ■ essay bibliophobia nuclear 福島第一原子力発電所における想定津波高さの検証 ![]() 金柑は今年花をつけなかった。 酢橘と八朔と蜜柑の花はもう終わった。 酢橙は今も花をつけている。 酢橙の花の周りにはたくさんの昆虫が集まっている。 ブンブンは体中花粉だらけになってもお構いなしにゴソゴソやっている。 蝶は付かず離れずにヒラヒラと優雅な舞いを見せている。 時には大きなスズメバチも不気味な羽音をたててやって来るが、無視していれば危害を加えたりはしない。 地面には無数の花びらが落ちているにもかかわらず、枝にはまだ無数に思える程の花がついている。 これらの花が全て実に変わればすごいと思うが、酢橘の木は自らが摘果を行いバランス良く実をつける調整をしているようだ。 酢橙の木の周りには花のいい香りが漂っている。 仄かだが柑橘系の香りがするから不思議だ。 若葉の瑞々しさ、小さな花の白さ、香りの清清しさ、時間はゆっくりと過ぎて行く...。 ![]() 函館には普通の人が一生かけても経験しきれない程の多くの厭な思い出がある。 函館には一生忘れられない程のたくさんの楽しい思い出もある。 仕事の為に3カ月のつもりで借りたマンションは港を一望できる歴史地区の高台にあった。 結局そこを3年も借りたことで、厭な思い出は徐々に浄化され、街の歴史や伝統や風土や人々の考え方などを、そこでの暮らしの中で一つ二つと分かっていった。 マンションの管理人のM田さんは北海道の水田発祥の地である大野からの通いで、毎朝通勤途中に買った野菜をマンションのカウンターに置いていた。 住人は欲しい野菜があればそこから好きなものを取って、一品百円を置いておくのがルールだった。 早い者勝ち、なくなればそれで終わりだった。 時には売れ残っている日もあったが、M田さんは残った野菜は必ず持ち帰って、翌朝には新しい野菜を買って置いていた。 前の道の向こう側には小さな畑があった。 その畑もM田さんが手入れをしていた。 道に沿った畑は細長くて狭く、遺愛幼稚園のある反対側は急な崖になって落ちていた。 そこでM田さんが育てた野菜もカウンターに並べられたが、それらからお金を取ることはなかった。 筆者はM田さんが育てたズッキーニが好きで、それが置いてあるとよくもらって行っては料理に使った。 ズッキーニがキュウリではなくカボチャの仲間だということも、蔓を伸ばすのではなく円形に葉を広げその真中に同心円に実をつけることもその時に初めて知った。 初めてズッキーニを見た時は、そのユニークな形に目が点になったことを覚えている。 そのズッキーニを今自分で植え育てている。 黄色と緑の実をつける二つのズッキーニだ。 今次々に花が咲き小さな実も少しづつ大きさを増している。 これまではズッキーニを食べる度に函館のことを思い出していたが、今はズッキーニの成長を見ながら函館のことを思い出している。 そしてもう一つ、M田さんのことを思い出している...。 ![]() 昼食を取った後に時々訪れる神社がある。 記憶の中にあるその神社は鬱蒼とした森に囲まれていて、子供の頃は年に一度のお祭りに、大人になってからも数年前まではせいぜい初詣に出掛けるくらいだった。 今も初詣はこの神社に行くことに決めているが、その神社で束の間の時間を過ごすことが多くなった。 祭りでは本殿裏の競馬場でサラブレッドとは似ても似つかぬ農耕馬に、騎手と呼ぶにはこれまた程遠いおっちゃんたちが跨り、そこを馬が走らなければ競馬場とは決して分からない走路を、土煙を上げながら颯爽と走る光景が懐かしく思い出される。 その競馬場も今では何処にでもあるグランドに整備され、かつてそこから見えた森は何処にでもある宅地風景へと変わった。 その神社の参道脇の道は今も筆者が三日にあけず訪れる湯治場へと続いている。 その隠れた湯治場も今では立派過ぎる道が何本も通る道沿いのただの温泉に変わり、周りも目を覆いたくなるような宅地風景がかつての田園風景を駆逐し尽くしている。 筆者にとっては子供の頃、神社の脇から更に山の奥へと続くその湯治場への道は、神社の森の更に奥の森へと続く未踏の地だった。 いつも神社の参道を本殿まで真っ直ぐ進むと、決まって左に折れて競馬場跡に行ってみる。 小鳥の音しかしない林をゆっくりと抜け、今は見る影もなく変わってしまった景色に、かつての記憶の中の景色を重ね合わせ、取り留めもなく物思いに耽る束の間の時間を楽しんでいる。 この日も林の中では新しくこの世に生をうけた孟宗竹が輝いていた...。 ![]() 空はもう夏だ。 真っ青な空に真っ白な入道雲が聳え立っている日も多くなった。 初夏の日射しも風も心地良く、そんな日は海まで行ってみる。 そこにはいつものように、恐らくいつもの人たちが、きっといつもの場所で、釣り糸を垂れている日常のいつもの光景がある。 そんな光景を、時に堤防の手前から、時に堤防の先まで行って、時に立ったまま、時に座って眺める。 釣り人たちよりも光の反射をカットする偏光メガネを掛けている筆者の方が、餌に群がる魚の様子がよく見えているだろうというのも愉快だ。 今の時期、釣り人たちの狙いは細魚(さより)で、次から次に上がって来る。 音のない海原に、時折竿を力一杯引いて糸が一気に張る「ビシッ」という音だけが響く。 海ももう夏だ...。 ![]() 風が吹くと柿の木の下にはたくさんの枝が落ちている。 風がなくても柿の木の下にはいつも枝が落ちている。 それは枝も代謝を繰り返しているからで、昨年の枝に今年も葉をつけるとは限らない。 そんな枯れた枝は木のゆっくりとした動きに、擦れ合い折れて落ちる。 枯枝のように見えてもそこから新芽を出す枝もある。 枯枝は触ると付け根から簡単に折れるが、枯枝のように見えても生きている枝は触ると付け根でしなる。 そんな枝を集めていたら随分と溜まった。 それを見ていて鳥はどうやって巣を作るのだろうと興味が湧いた。 早速鳥の気持ちになって巣作りに挑戦した。 実際には創作生花でもしている気分で、もくもくと枝を刺してはまた刺した。 鳥はすごいと思った。 そして、柿の木もすごいと思った...。 ![]() 何と書きだそうかと迷っている。 迷う程に昨日目の前を流れた時間と光景は、まるで夢物語のように思い出されるからだ。 歴史ある神事、御田植祭の一部始終はまるで幻想のように思い出され、日本という国の、その文化のルーツと礎に触れた感動が未だ覚めやらぬからだ。 馬鍬(まぐわ)を牛に引かせた代掻き、八人の早乙女(さおとめ)たちによる早苗(さなえ)の植付け、八乙女(やおとめ)たちの舞、そしてどこか懐かしい響きの田植唄、かつて瑞穂国(みずほのくに)と呼ばれた日本の、美しく穏やかな農耕文化を今に伝承する絵巻に見惚れ、静かに深く長く、その感動に酔いしれた。 今年に入って随分と故郷への知見を深めた。 これまで漠然とだが確かに自分の中にあった郷土愛などとは全く違う、郷土の懐の深さ、歴史の深さ、自然の豊かさ、営みの健気さ、万物に宿る畏愛、それらを一つひとつの発見や出合いの中で、より強く感じ取るようになっている。 疑問に思ったところには必ず何かがあった。 推測した先には必ず新しい発見があった。 故郷というフィールドは、長く故郷を離れていた者をまるで試してでもいるかのように、無数の考えるテーマを次から次に突き付けてくる。 真摯にそれらに向き合うことを忘れてはならぬと思う。 そして、その中で自分にできることを考え続け、実行していかねばならないと思っている...。 ![]() 後記事の多い新聞にしては珍しく、翌日行われる「お田植祭」を報じる記事に目が止まった。 地図で調べるとそれは好きな道の途中で行われることが分かり、土曜の午後はこの「お田植祭」を見に行こうと決めた。 普段は持ち歩かない一眼レフをカメラバッグに入れ、麦茶を2つのペットボトルに入れると、図書館への寄り道を考えて少し早目に家を出た。 それは久し振りのドライブ気分で、海辺の町に続く旧道を通り、海原と広大な干潟を見下ろす斜張橋を渡り、両側に水を張った田んぼが広がる道を走り、進路を北東へと取った。 お田植祭が行われる場所は何度となく山辺の製材所へと通った懐かしい道沿いにあった。 東には杣山へと続く川が流れ、その川沿いに広がる平地は遠い昔から稲作文化を連綿と受け継いで来た古く長い歴史があった。 お田植祭はその先人から受け継いで来た米作りの歴史を未来に伝承すべき文化と捉え、健全な米作りを祭りとして伝え残そうとする試みであることを知った。 住吉大社(大阪)の御田植神事や、香取神社(千葉)や伊雑宮(いざわのみや)の御田植祭のような伝統的神事ではないが、土地に根を下ろした微笑ましい行事であり、祭だと思った。 「御田植祭」とはせず「お田植祭」としたあたりに、この祭りに関わる人たちの控えめな作法も感じた。 近く遠く地元中学生による田植を眺めながら、そして繰り返し歌われる懐かしい響きが心地よい地元中学生による田植唄を聞きながら、何か忘れていたものを呼び覚まされる思いが込み上げてきた。 そして、いい時間を過ごせたことに、その時間を与えてくれた人たちに、心から感謝した...。 ![]() 3週間前に図書館のウェブサイトで一冊の本の予約を入れた。 その時その本は運悪く貸出中で、最長で2週間返却を待たなければならなかった。 図書館には予約した本が返却されると電話をくれるサービスがあったが、ウェブ上でその本の動向を確認できることもあって、電話連絡は不要である旨をウェブ上で申し送った。 そして、その日から毎日その本の動向のチェックが始まった。 本の動向をチェックするには図書館のウェブサイトを開いて「利用状況確認」から入り、利用者番号とパスワードを入力する。 すると、ウェブ予約の一覧が開き、その本の現在の状態が表示される仕組だ。 少なくても日に一回、日によっては数回もチェックをする時もあった。 一覧で状態を見て、次に本のタイトルをクリックするとその本の所蔵情報が開き、そこには貸出中と表示されていた。 いくら何でも長過ぎると、図書館に問い合わせをした。 すると、本は貸し出せる状態にあると言う。 筆者はどうしてそのことをウェブ上で確認出来ないのかと尋ねた。 暫くして、図書館からの折り返しの電話が鳴った。 「利用状況確認」に表示された「予約割当済」が、本が貸出可能であることを意味していると説明を受けた。 そして、本のタイトルをクリックして表示された本の所蔵情報の「貸出中」は、筆者に対して貸出状態にあることを意味し、他の利用者に対してその本が現在貸出中で図書館にはないことを示していることが分かった。 「予約割当済」とは筆者の予約が確定している意味だと思ったことを伝え、因みに「予約割当済」が「貸出可能」という意味なら、本が返却される前はどのように表示されていたのかを尋ねた。 すると、暫く待たされて「予約登録済」と表示されるとの説明が返ってきた。 「予約割当済」も「予約登録済」も図書館員の符丁であって、「予約登録済」はいいにしても「予約割当済」は「本の用意ができました」と表示すれば誰にでもその状況が分かる。 本のタイトルをクリックして現れる所蔵情報の「貸出中」に至っては、前人の『貸出中』が本の返却を境に、筆者の『貸出中』に変わっているなど分かろう筈がない。 図書館は利用者に対する分かり易さへの配慮が必要だ。 それは利用者への過度な迎合などではない、利用者が一目で理解できる分り易い言葉を使うことだ...。 ![]() 我が家にはもう随分前に購入したガラストップの正方形の座卓がある。 届いて直ぐにその高さが使い難いことに気付いたが、処分するでもなく使ってきた。 その座卓は26歳の時に初めて責任ある仕事を任されてある地方都市に赴任した際に買ったもので、東京からはIKEAのテーブルとY木材工芸の椅子をその赴任先に送り、デスクライトはyamagiwaから取り寄せた。 IKEAのテーブルは折り畳めるスチール製の赤い脚だけが今も残っていて、大切に使っている。 yamagiwaのデスクライトは紆余曲折、波乱万丈はあったが、今も大切に使っている。 家人が東京に行って留守の間は、その座卓で毎晩一人で食事をするのだが、その高さがどうにも気になって仕方がなくなった。 それはただその高さが気に入らないという主観的な問題ではなく、物を書く、物を読む、物を食べる、それら個々の目的に対しての機能的なところでの問題に、とうとう我慢も限界に達した。 そこで、どのくらいその高さはあるのかと測ってみた。 それは以前筆者が製作を依頼して作らせた座卓より1.5センチ程高かった。 この1.5センチを我慢してきた積年のストレスを思いながらその脚を短く切った。 たかが1.5センチと言うなかれ、新しい座卓は我が暮らしの道具として蘇った、否、生まれ変わったと言っていい。 写真で見ると1.5センチなんてこんなものだ。 だが1.5センチをあなどるなかれ、人の脳は正常な平衡状態を欲しているのだ。 この座卓の前に座る度に、我が脳は「高い、高いぞ、高過ぎるぞ」と、筆者に指令を送っていたのだと今更ながら思った...。 ![]() 今日からオークションで落札した新しいノートブックで書いている。 新しいと言っても中古品で、今まで使っていたものより機能もスピードも随分と進化しているが、「もの」としての質感や触り心地は古いものの方が勝っている。 OSをアップデートしているせいか、元来このノートに備わっていた優れたユーティリティソフトであるホイールパッドが削除されていて使えず、メーカーサイトからのダウンロードも考えたが、どのような過程を経てアップデートされているか分からないパソコンをいじると、他のトラブルが生じる可能性もあり、思案の末届いたままの状態で使うことに決めた。 こんなこともオークション出品者にクレームとして申し出る落札者もいるだろうが、それはそれ、新品ではないのだからそんなリスクも受け入れた上で入札はすべきだと考えている。 筆者にとって重要でも、他の人が落札したらそれは気にもならない問題ということもある。 そんなことをいちいち出品者に文句を言ってはいけない、これもオークションにおける一つのマナーだと思う。 出品者からゆうパックで発送された荷物は、手元に届くまでをネット上で追いかけて待った。 出品者は愛知県岡崎市在住で、入金を確認出来次第直ぐに送れるように出張先まで梱包を終えたノートを持ち回ってくれたのだろう、荷物の引受は松本巾上郵便局となっており、そこから松本南支店を経由し、O支店、S支店、U支店を経由して手元に届いた。 民間の宅配便なら中継地は一つかぜいぜい二つだが、郵便局は三つの中継地を経ており、これだけみてもまだまだ効率化を図れる余地はあると思った。 だが、引受から到着まで30時間だから、かつての郵便局からすれば格段の進歩だと思った。 新しいノートブックには直ぐに慣れるだろう。 それは新しいノートブックにこちらが合わせればいいだけだ...。 ![]() 椿、水仙、桜、れんげ、紫陽花、朝顔、露草、コスモス、季節の花としてこれらが頭に浮かぶ。 中でも、春のれんげ、夏の露草、秋のコスモス、これらが遠い子どもの頃の記憶の中に、なんて綺麗なんだろうと思ったことが鮮明に残っている。 東京での暮らしの中ではれんげを見る機会はなかったが、化学肥料に頼る昨今ではれんげの種を蒔くことも無くなったせいもあるだろう。 一年を暮らした島でれんげ畑を見た時に、思わず絵の具と和紙を持参して、れんげ畑の真ん中でその絵を描いたことが昨日のように思い出される。 東京を離れて初めての春、決して多くはないが時々こんなれんげ畑を目にする。 れんげ畑の中に寝そべり大の字になって青空を見上げたい衝動に駆られるが、そこはじっと我慢をして通り過ぎる。 昔、れんげ畑は牛に鋤を引かせてザックリと耕された。 れんげは下になり、下の土は眠りから覚め太陽と風に触れて蘇った。 暫くすると、水が入れられ田植えの準備が始まった。 その一連の始まりをれんげが知らせてくれていたように思う。 蛇が怖いから中には入らないが、れんげ畑の直ぐ傍まで行って写真を撮った。 もう花は終わりを迎えていたから、田んぼに水を入れる時期が近付いていると思った。 静かに繰り広げられる自然の営みを美しいと思う...。 ![]() 文章を打つ為にだけ使うノートブックは中古品でいいという想いでオークションに臨んだ。 昨夜は入札終了時間までの2時間が待てずに、ここまでは出してもいいと思う金額を入札金額としてプールして眠った。 そして今朝その結果を見てみると、それより2千円高い金額で落札者が決っていた。 勿論、その金額なら筆者も出しただろうが、オークションは自分で上限を決めて臨む方がいいと考えている。 そして、落札できなくてもくよくよと考えない。 その時はそれこそが出物と思っていても、自分の探している条件に叶う次なる出物は見つかるものだ。 筆者も今朝布団の中で早速次なる出物を見つけたが、落札終了時間までは後二日残っていて、今度は終了時間の30分前から入札に加わろうと作戦を決めた。 欲しいノートブックの条件はパナソニックのLet’snoteで、この液晶サイズ12.1型のものだ。 OSはXP以上であれば特に問題とはしない。 筆者がノートブックにパナソニックを選ぶのにはもう一つ訳があって、伝統のトラックボールがホールパッドというポインティングデバイスに受け継がれていることだ。 小さくて、軽くて、操作性が良くて、他のメーカーとは一味も二味も違うもの作りのコンセプトが生きている。 このノートも机の上で使うには余程のことがない限り電源が落ちることもないのだが、やはり本は好きな姿勢で読みたいように、使う場所が限定されるのではノートの魅力は半減する。 さて、次は何としても落札しなくては。 机に向って書くのもたまにはいいが、やはり膝の上で書くのが小文には似合っているから...。 ![]() 最新機種だったこのノートも随分とお古になった。 最近はその負担を軽くしてやるために、ほとんどのソフトを削除し、このブログを書くための専用として使っていた。 だが、電源プラグの接触不良から、膝の上に載せて使うことがとうとうできなくなった。 軽くて小さくて膝の上にピッタリ納まるノートは、ブログを書く時の定位置であるソファーに座ってキーを打つのにピッタリで、肘掛に置いた電子辞書とスツールに置いたiPadと共に本当に使い易い環境ができていた。 一念発起して新しいノートをマックにした手前、ブログ用のノートが壊れたからといって同じ機種の新品を買う訳にもいかない。 だから、中古の出物を探しているのだが、そもそも文字さえ打てればいいのに、このノートも傷だらけなのに、中古とは言え手に入れようとすると少しでも状態のいいものをと、つい思ってしまう。 恐らくオークションで手に入れることになるだろう。 早ければ、今日にでも...。 ![]() 連休三日に電子辞書が届いた。 これでやっと家人に贈った電子辞書を借りずにすむ、自分だけのものを手にした訳だ。 因みに大きい方が家人のもの、小さい方が筆者のものだ。 勿論、前者の方が上級機種にあたる。 最初は同じものを注文するつもりでいたが、いざ注文という際になって必要とする辞書さえ入っていれば事足りると思い直し、コンパクトな機種に変えた。 今までだと性能が劣る方を選択することはあり得なかったが、求める機能に遜色さえなければシンプルな方がいいと、考え方も変わってきた。 二つに共通しているのは俳句の辞書が入っていることだ。 家人のものには「現代俳句歳時記」「ホトトギス俳句季題便覧」「合本俳句歳時記」の三つが入っていて、筆者のものには最後の一つが欠けているが、そんな差は仕方ないと諦めればすむことだ。 家人には自分のものを持たなければ駄目だと言っておきながら、その本人は自分のものを持っていなかった。 だから今自分のものを手にして、ひしひしとその恩恵を感じている...。 ![]() 連休中に予定していたことで拙宅への友人の招待と、ある歴史的な往還を友人たちと歩くことは流れた。 連休中に予定していたことで友人の引越しの手伝いと、図書館で借りた吉村昭自選作品集の一巻を読むことと、かつての海岸線の位置を調べ歩くことと、ある発酵液を作ることは何とかやり遂げた。 最も大変だったのは一週間をかけての発酵液作りで、温度を一定に保つ為に取り寄せたヒーターが不良品でその交換に時間を要したことで、初期の発酵が思うように進まなかったことには苦労した。 だが、連休最後の昨日は出来上がった発酵液を早速試してみたが、かけてもらった柑橘や柿やハーブやトマトやズッキーニたちは、みんな気持ち良さそうに見えたから、自己満足の世界とはこわいものだ。 図書館で借りた本は、発酵液を作る20リットルの水缶の前に胡坐をかいて、時に温度計を見ながら、時に発酵の様子を覗きながら、時に匂いを嗅ぎながら、短編4つを読んだ。 かつての海岸線の位置については2日間自転車で8キロ先の街並みをあれこれと視て歩いた。 街はちょうど五月祭りの最中で、探索の行き返りには祭りに立ち寄ってその雰囲気も楽しんだ。 そうそう、庭の草抜きもした。 筆者が自分の管理下においている柿の木の一角は筆者にとっての実験場でもあり、草も大切な生態系の一部としてそのままにしているものだから、それを遠目に見ている母と家人が何やらヒソヒソ話をしていて、家人などはその禁断の園の草をこっそり引き抜いているところを筆者に発見され厳重注意を受け、慌てて言い訳をしてしどろもどろになったりした。 だが、草が生えるままに野放図にしておくのと、それを野趣と思うのとは少し違うと思い直した。 だから必要な草は残し、荒ぶれた印象を相手に与える草は抜いて一応の体裁は整えた。 お蔭様でいい雰囲気になってきた。 そんなこんなで、連休は天気なりに、それなりに、毎日を満喫した...。 写真は北アルプスを望む高原川北アルプスの主峰に繋がる山々を水源とする蒲田川は、乗鞍岳北麓を水源とする高原川と奥飛騨温泉郷の入口栃尾で合流する。 共に知る人ぞ知る清流だ。 そして、高原川は神岡の北端で宮川と合流して神通川と名を変え、富山平野を下って日本海へと流れ出る。 神通川は連綿と数多の恵みを流域の人々に与え続け、その自然の恵みを享受することに何の疑いも持たなかった人々を鉱毒公害が襲い、農地は汚染され人々は病苦に苛まれた。 カドミウム汚染による世に言うイタイイタイ病で、四大公害の一つとされている。 先月下旬に富山市友杉に富山県立イタイイタイ病資料館がオープンした。 そして、改めてその苦悩の歴史を読んで、一本の川の流れに纏うように暮らす人々の、そこから逃げることのできない運命について考えさせられた。 被害を被ったのは神通川下流域に暮らしていた人々で、廃液を垂れ流し続けた汚染源は上流の神岡にある三井金属神岡鉱業所だった。 北アルプスを水源とする清流が次第にひとつの太い流れとなって渓谷を下り平野を走り海に注ぐ。 神岡の町は潤い神岡の人々がその繁栄を享受していた長い年月の裏側で、清流に垂れ流し続けられた廃液は下流の扇状地を汚染し、土に蓄積し、農作物を通して人の体を蝕んでいった。 イタイイタイ病裁判の判決には次のように書かれているそうだ。 「河川は古来交通かんがいはもちろん、飲料その他生活に欠くことのできない自然の恵みのひとつであって、われわれはなんらの疑いもなくこの恵みにすがって生きてきた。神通川ももとよりその例外ではない。」 筆者の頭の中で、この不条理は福島第一原子力発電所の人災事故と重なった。 当然の対策の義務を怠った報いが、なんら罪のない人々に牙を剥いたことだ。 こんな不条理が許される筈がない。 そして、川の流れにその運命を翻弄されながらも、変わらずに流れ続ける川に、ノーマン・マクリーンの「A River Runs Through It (マクラーレンの川)」が重なった...。 追記 1976年にイタイイタイ病対策協議会が建設し運営をしている清流会館(イタイイタイ病資料館)がありますが、上記富山県立イタイイタイ病資料館として統合されたものではないことを電話で確かめました。 清流会館の住所等は以下の通りです。 〒939-2723 富山県富山市婦中町荻島584 電話 076-465-4811 ![]() バレンタインで貰った4つのチョコレートのうち、まだ2つが残っている。 一つはDEMELで、もう一つがこのCAVIARだ。 引き出しの中に入れてあるものだから普段は忘れていて、時々思い出しては食べている。 CAVIARのパッケージのデザインは、その名の通りキャビアだ。 黙って出すと本物のキャビアと思ってしまいそうな、そんな遊び心が楽しい。 勿論粒は大き目だが、キャビアに見立てた粒状のビターチョコレートが缶いっぱいに入っている。 二つの味を比べると、DEMELはミルクでCAVIARはビターだから、形による食感の違いも然ることながらその味は全く異なる。 因みに筆者の好みはビターよりミルクだ。 そう言えば以前にカカオ100%のチョコレートを買ったことがあるが、その極限のビターの味は決して美味いものではなかった。 だから残りのカカオ100%は、函館の港を一望できるベランダに花火の日にセットしたテーブルに並べた料理の一つの、チョコレートソースとして使ったような記憶がある。 確か、鴨とオレンジに合わせたソースだったような気がする。 DEMELミルクとCAVIARビターの味は全く異なるが、DEMELミルクには全粉乳が加わる以外、後の成分は全く同じだ。 因みにその後の成分とは、カカオマス、砂糖、カカオバター、乳化剤、香料の5つだ。 同じものを使っていながら味も食感も無限に創り出せる。 それはまるで食や暮らしや人生ようだ...。 ![]() 筆者がまだ青かった頃、文通などという黄色い世界に嵌ったことがある。 相手からの手紙はいつも10枚も15枚もビッシリと書かれていて、それを読むだけで疲れたことを懐かしく思い出す。 今はもう見なくなったが、ある有名なブログもその長さには圧倒された。 3000字くらいは日常で、5000字でも6000字でも、またそれ以上でも、兎にも角にも長文が延々と続き、それを読むだけで疲れ果てた。 そして、それを読むたびに、「1/3にまとめろよ!」といつも思った。 手書きの手紙は今だに苦手でなかなか書くことはない。 スラスラと手紙が書ける人が羨ましいが、これがどうにも書けない。 手紙の場合、書こうとしている一段落くらいは頭に浮かんでいて、それを忘れないように一気に書かなければならないが、浮かばない上に浮かんでも書いている途中で忘れてしまうからどうにも始末に悪い。 だから、筆者の場合どうしても手書きの手紙を書かなければならい時は、PCで書いたものを書き写す無駄な手間と労力を伴う。 それでも字が斜めに登って行ったり下がって行ったり、誤字など書こうものならそれこそパニックに陥る。 昨今はメール隆盛の時代だ。 メールを手紙のように書ける人は羨ましいが、いくら気を遣って書いたつもりでもメールの文章は独断的、断定的になり勝ちで、本意とは違う誤解を相手に与えてしまうことが多い。 そんな失敗は山ほどもある。 だからメールでもちょっと長くなると、PCで書いたものをPDFファイルに変換して添付するようにしている。 これで手紙に近づけようとしている訳だが、それ程までに気を遣っても手紙と同じにはいかないのが悲しいところだ。 メールに欠けていて手紙に備わっているものは何かと考えた。 それは、相手を思いやる、相手を気遣う、相手の立場をおもんばかる、相手にへりくだる、そんな気持ちではないかと思う。 そして、何より書き手の温もりが文字に行間に溢れていることだろう...。 ![]() 実はこの聴診器、木が水を吸い上げる音を聞く為にと家(うち)にある。 新緑が日に日に大きくなる林の中で、これを木に当ててみようと今机の上に置いてある。 いつかテレビで見たのか、広葉樹が水を吸い上げる音というのに興味を持って、聴診器を欲しそうにしていたら、誕生日かクリスマスかに家人がプレゼントしてくれたものだ。 胸に当て心臓の音を聞いてみると、微かにその鼓動が聞こえてくる。 木に当てると、確かにゴーゴーという音が聞こえ、これが水を吸い上げる音なのだろうかと思った。 早春の森でブナの幹に聴診器を当てて、木が水を吸い上げる音を聞く試みが新聞や雑誌に掲載されたり、一時期森林インストラクター達が木に聴診器を当てて水を吸い上げる音を聴かせることがはやったりした。 あのゴーゴーという音が水を吸い上げる音なら、枝先や葉から噴水のように水が噴き出しそうな気がした。 もし心臓の鼓動のように、それが微かな音として聞こえていたら、これが木が水を吸い上げる音かと思ったことだろう。 だが、ゴーゴーという音に、聴診器が悪いのではと、聴診器のせいにしてその後ずっと取り出すこともなくなっていた。 木が吸い上げる水の量、そのスピード、そして水の通り道である針葉樹でいえば仮道管、広葉樹でいえば道管のサイズからして、その音を聴診器で聞くことは不可能なようだ。 ならば、あの音は一体何なのか。 あの音はアンテナのように木が拾った、森の音や小鳥の鳴き声、枝葉の揺れる音や木に当る風の音、小川や地下の伏流水の音、それらが合成された音らしい。 夢は破れたが、木がアンテナとして拾ってくる林や森の音を聴くのもいいものだと思い直した。 木がアンテナなら、木の種類や木の高さ、真直ぐに高く伸びた木か地に這うように枝を広げた木か、それらによっても聞こえる音は違うかもしれない。 そして、木は水に向って枝を伸ばすから、水面に伸びた枝先からは湖の音や魚の泳ぐ音も聞こえるかもしれない。 但し、その音はあくまでゴーゴーだろうが...。 ![]() iPad HahaのHahaは母のことで、つまり母のiPadという意味だ。 iPad Hahaのカスタマイズとアップデートはすべて筆者のPCで行っている。 「何もしていないのにおかしくなった」とか、「何もしていないのにあれが消えた」とか、そんな質問には一切答えない。 そんな時は預かって最新の状態に同期して返してやるが、説明などはしない。 習うより慣れろで、優しくはしないと決めている。 「獅子は我がHahaを千尋の谷に突き落とす」の精神で臨んでいる。 iPad Hahaの画面には筆者がチョイスしたアプリを分り易く並べてある。 例えばマップとGoogle Earth、天体の動きが分るSolar Walk、月の状態が分るDiana、天気が分るそら案内、音声検索ができるGoogle、筆談ができるHitsudan Patto、暦が分るこよみ、そして筆者が選んだ高齢者優良ゲームだ。 ゲームは頭を使って考えることを必要とするものが中心だ。 ちょっと変わったところでは、俊敏性や咄嗟の判断を求めるようなものも選んである。 勿論、気楽に楽しめるトランプゲームやオセロなども忘れてはいない。 このiPad Hahaを使いネット検索も自力で出来るし、このブログも毎日読んでいる。 iPad Hahaで可能性を呼び覚ますこと、新しいものや未知なるもへの飽くなき関心と興味を抱かせること、そんなことを考えている。 年を取ったが、まだまだ新しいものへ目を輝かせている。 だから、iPad Hahaを最新の状態に同期しておくことは怠らない...。 ![]() 湖に流れ込む近代化産業遺産T用水の存在に気付き、それが地図の上から突然姿を消していることに興味を抱き、その全ルートを無性に知りたくて調べを始めた。 そして、小学生の目には不思議で異様な構造物に映っていた川を跨ぐ水道橋が実はこの用水の水橋だったことを知り、その構造物が逆サイホンとサイホンを応用して水を対岸に渡す為のものだと分った。 落差の少ない行程で水を流す技術は江戸時代の玉川上水や神田上水で知っていたが、このT用水も高低差の少ない上流のダムからこの湖までを複雑な揚水方法を駆使して、時に地上を流れ、時に隧道に姿を変え、時に地下に消える、そんな上下を繰り返しながら水を流す技術の高さが感じられた。 そして、この湖から地下埋設管で運ばれるルートと、その出口となる工場も付き止めたが、湖からのT用水の出口については「あそこの、あれだろう」くらいに、然程興味を抱くこともなかった。 だが、桜を見た帰りに地下埋設管の第一マンホールと湖間の開渠を見ながら歩いていて、それが隧道で湖に向って姿を消す方向に見たものは、筆者が想像していた「あそこ」とは全く違う方向を指していた。 隧道の先には、またしても小学生の目には不思議でならなかった構造物があった。 あの頃から何十年も、今の今まで一体何をするものだろうと思い続けていたものが、T用水に水を送り出す為の樋門だということが分った。 道路側にはいつも閉まっている門があって、それは公園の通用門だと思っていた。 だが改めて良く見るとそこに書かれていたのは「通用門」ではなく「樋門」だということが分った。 更に、その場所の土手が灌漑用の湖を造る為に300年前に浅い谷を閉め切る為に造られた土手そのもので、その土手の上を通って中学にも高校にも通っていたことにも驚かされた。 そして、この土手の建設こそが今のこの町の礎であり、そこから流れ出るT用水はこの町の発展の礎であることが、300年前の土手で交差し交錯していた。 湖に流れ込む小さなT用水に気付いたことで思わぬ発見が幾つもあった。 そして今、これまで当たり前のように見ていたこの湖の深く長い歴史に驚愕すると共に、先人の仕事に心より敬意を抱いた。 そして又、これらのことを正しく後世に伝え遺すことが、今を生きる者としての務めだと思った...。 ![]() 「日曜日の午後」最後の副題に飛行機雲を選んだ。 柿の木の下の酒膳を片付け大空を見上げると、大分西に傾きかけた太陽を反射して輝く飛行機雲が伸びていた。 それは日曜日の記憶の最後に鮮やかに焼き付いている映像で、この飛行機雲を思い出す度にその日一日のことを思い出せるような気さえする。 この一週間、日曜日の午後のたわい無い出来事に7つの副題を付けて書いてきた。 時間にすればせいぜい5時間足らずのことだが、その中の一瞬を切り取ってみるのと、逆に7コマに切り分けてみるのとでは、同じ一日でも随分と違った印象に感じるから不思議なものだ。 ところで飛行機雲だが、筆者はダラダラと長く尾を引く飛行機雲で、最後の方は風に流されてヨタヨタ・ヨレヨレしているようなものは好きではない。 冷たい空気を切り裂いていく飛行機がつくり出す飛行機雲は見ていて飽きないが、この写真のように終わりが短くそれが太陽に輝いているのに出合うことはそうざらにはない。 それは、まるで輝く彗星の尾のようだ。 そして、その輝きは春の陽気の中で楽しかった午後のひと時をまるで象徴しているかのようだった...。 ![]() 日曜日の温泉はどこかに出掛けた帰りに立ち寄ることが多い。 普段は我慢をする豆乳のソフトクリームも日曜日だけは何か特別な日のような気がして、ぺろぺろと舐めながら温泉で火照った体を冷ます。 日曜日の午後に副題をつけて書いているのはみんな先週の日曜日のことだが、この日は珍しくただ温泉に入るだけの目的で二時をまわったあたりから出掛けて行った。 そして、その帰りに豆乳ソフトを食べ笊豆腐を買った。 この日は穏やかないい天気で、温泉から帰るやそそくさと準備をして柿の木の下に小さな酒膳を設えた。 笊豆腐は春キャベツを一枚ザックリと敷いた上に、小さなお玉で笊からすくって置いた。 醤油は湯浅の溜まり醤油、ビールは朝日復刻ビール、膳は函館の友人が送ってくれた某お寺で使われていた朱塗り盆で、大豆の味を楽しみながら、一口目は何もつけず、二口目は醤油をつけて、三口目からは時に何もつけず時に醤油をつけてその味を堪能した。 暫くすると隣家で庭を掃く音がし、蜜柑の葉に隠れてこちらからは見えないが、恐らく覗き込んだのだろう、隣家の主から「こんにちは、いい天気ですね、私も一杯やりながらやってます」と声がかかった。 別に隠れて飲んでいた訳ではないが、立ち上がり挨拶を交わし、隣りの庭を覘くと、紙パックにストローを挿した日本酒が置かれていた。 二つのビールを開けたが、別に酔うこともなく、出始めた柿の若葉を下から見上げながらの真っ青な空は綺麗だった。 その日はアルコールを抜こうと決めていたが、春の陽気に誘われてビールを開けた。 だが、その夜は頼んでおいた茶粥の味をおとなしく堪能した...。 ![]() メダカたちは何度も氷を張った寒い冬を乗り切り元気に泳ぎ回っている。 7つの水鉢の内、右の大きい水鉢には白メダカ、その左の小さな水鉢には青メダカ、その上の水鉢には黒と黄メダカのブチがいる。 この大きな水鉢は一番数の多かった白メダカのために一番大きなものを宛がったものだが、残念ながらこの大きな水鉢のメダカだけが春になってみると数を大きく減らしていた。 こうやって写真を無造作に撮ってみると色んなものが映っているものだ。 水を補給するための鉢やカップやタッパ、仮に植えてあるハーブの数々、そして何故か筆まである。 写真に写っていない左側には更に3つの水鉢があるのだが、筆者は毎朝メダカたちにエサをやり終えると、まるでドラム奏者にでもなった気分で、これらの水鉢の前に低い小さな腰掛を持って来て座り、彼らを飽きずに眺めるのを日課としている。 これらの水鉢にはもう枯れて腐ったように見えたホテイアオイをそのまま残しておいた。 春になればもしかして新しい芽を出すかもしれないと思ったからだ。 その微かな兆しは黄メダカが泳ぐ水鉢のホテイアオイに見られ、それは微かな緑の色味を残滓(ざんし)に変貌した中に感じ取った。 東京から持ち帰った水鉢だけに釉薬がかかり、それ以外は素焼きだったが、この素焼きの水鉢のホテイアオイからはみんな新しい芽が出て来ている。 ホテイアオイが再生したら、汚い部分は綺麗に取り除いてやろうと見守っている。 この枯れて腐ったような汚らしい残滓さえも、新芽を揺りかごのように優しく守っているのだろうと思う。 水鉢の中の生き物たちの小さな世界にも自然の偉大な循環と再生のドラマを見ることができる。 自然はドラマティックな驚きの連続だ...。 ![]() 柿の若葉が日に日に大きくなっていく一方で、柑橘は毎日のように葉を落としていく。 秋に葉を落とす落葉樹に対して、常緑樹は葉を落とさないようなイメージがあるがそうではない。 木自体が代謝を続ける限り、常緑樹と言えども古い葉と新しい葉は一年から数年で入れ替わる。 季語にも春落葉というのがあるが、晩春の落ち葉を言うのだろ。 秋は落葉と書きたくなるが、春は落ち葉と書きたくなる。 不思議なもので散り行く落ち葉でも、紅葉の有る無し、葉の落ち方、季節の明るさ、などなどでその印象は随分と違うものだ。 秋の落葉は有無を言わさず切り離され散り急ぐが、春の落ち葉は新生のためで別に急ぐ必要がない余裕からダラダラと落ちる。 どちらが好きかは好みの問題だが、春の落ち葉に改めて気付いたことは自分にとっては大きな発見だった。 それは柑橘の落ち葉を見ていても気付かなかったが、温泉の駐車場脇にある大樹の落ち葉が車に降り注ぐ様に、常緑樹は春に葉を落とすのだということに気付いた。 その一年を通しての大自然のゆっくりとした代謝に驚くと共に、自然とは偏らず万物にその見えない恩恵を与え続けていることにも感動を覚えた...。 ![]() この山道をある掛け流しの温泉に通って三日に二日通る。 三日に一日は近場の温泉に行く。 前者は不定休で行って休みの時もある。 前者の常連たちはそれに不平を言っているが、筆者は一向に気にしない。 東京の根岸にフライフィッシングのプロショップで沢という店がある。 そこも不定休で、今もそう書いてあるかは知らないが、休みは「店主が釣りに行く日」と書いてあって好感を持ったものだ。 不定休とするからには温泉の主人にもそれなりの訳があるのだろうと思っている。 そんな都合も受け入れて名湯の泉質を楽しむのもいいではないかと思う。 この山道が好きだ。 冬の装いから日々変わっていく草木を見ながら、山が笑い山が語りかけるこの山道を疾走するのが好きだ...。 ![]() 寒かったせいで桜の開花も遅れ、花を散らす雨や風も然程深刻ではなく、今年の桜は春のそよ風にひらひらと花びらが舞い、後を追いかけてきた若葉も散り行く花との程よいバランスを保っている。 そんな一本桜の横で気持ち良さそうに泳ぐ鯉のぼりに思わず車を停めた。 若草は土手の形に忠実に柔らかく優しく蔽い、その土手の上に人家から離れて立てられた鯉のぼりが大空に悠然と泳いでいた。 それは桜を借景にした見事な配置で、子どもの成長を祈る家族の思いがこの大きな鯉のぼりを毎年この場所に立てさせてきたのだろうと、その家の長い歴史を想像した。 そして、子どもたちがこれからどんな場所でどんな生き方をしたとしても、この鯉のぼりの記憶は生涯消えることはないだろうと思った。 道ができ、宅地が造成され、かつて分校しかなかった山奥に今では大きな小学校ができた。 この家の子らもその小学校に通っているのだろう。 だが、まだ大きな道もなかった頃から、ここから鯉のぼりは小さな道を分校へと通う子どもたちを見ていたのだろうと思った。 その光景はそれはそれは美しいものだったろう...。 ![]() 車検から戻った我が愛車は1993年製。 もう20年も経ったが今だ古さを感じないし、乗り心地も運転のし易さも新車の時と変わらない。 燃費は悪くエアバックもないが、車作りのしっかりとしたコンセプトを実感する。 2日間代車に借りたトヨタと比較すると、同じ車でもこれ程違うものかと思う。 車を単に場所から場所へ移動する手段として捉えるか、場所から場所へ移動する間の時間と質を共有するものと捉えるか、その違いによって車選びは分かれるように思う。 必要のない性能や装備の羅列にうんざりする前者に対し、後者はただ車作りへの考え方、今でこそ当たり前のように言われているが環境問題への取り組み、メインテナンスや見えない部分への配慮、安全と人間工学的なレイアウトなど、そんな車作りのコンセプトに共感を持った。 ゴミ出しに随分酷使した車を綺麗に掃除して車検に出した。 車検と整備を終えた車の操作性はタイトで、その安心感が心地よく、エンジンの音まで生まれ変わったように快適に響いた。 今日から『日曜日の午後』を枕に、昨日の日曜日に撮った写真をテーマに何回か書いてみようと思う。 昨日とは違う自然の日々の変化に遅れないように...。 ![]() 自己治癒力を上げるの、自己代謝の改善だのと言ってみても、病気になっていては世話がない。 ならば、治癒力だの代謝改善だのと思っているは自分の勝手なイメージに過ぎないのだろうか。 相変わらずよく風邪はひくし、血圧も異常に高い時がある。 20年近く前の心臓発作以後、時々心臓の具合がおかしくなりそうな時はゆっくりと深い呼吸をすることで何とか事なきに至って来たが、このところしばしば胸に嫌な気持ち悪さを感じることが続いた。 温泉に毎日通うのもこれらとは違う別の疾患治療の為で、何ともメインテナンスに手間のかかる体だ。 だが、ネットで調べた方が余程良く分る医者の通り一遍の説明も、製薬会社が薬漬けにするための薬も信用できないのだから、自らが暗中模索の上実践してみるしか道はない。 その過程で治癒力が上がり、代謝の改善に繋がると信じている訳で、焦らず自分に合っていると思われる方法を試し探すしかない。 昨日一日腹痛で寝込んだせいで取りとめもなくこんなことを書いてしまった。 まだ完治してはいなさそうだが、今夜は約束の飲み会が待っている。 今日は夕方まで無理をせず、粥を食べ、フライを巻き、本を読んで過ごそう...。
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