465■■ 夏障子

b0125465_535063.jpg


引揚展が行われていた会場で葦簀(よしず)の不思議な使われ方をしているのを見て、ジックリとその建物を見て回った。
外壁は煉瓦、ガラス、メタル、コンクリート打ち放しに塗装と、一見シンプルで見慣れた材料ばかりで構成されている。
だが、同じ劇場ということで拙稿で何度も取り上げている村野藤吾の建築と比べてみると、タイル、ガラス、コンクリート打ち放しと、後者の方が使われている材料は少ないにも係わらず味わいがあると言おうか、建築に深い奥行きのような懐の深さが感じられる。

前者は一見、これらの材料への知識や扱い、またそれらの分節の仕方に手足(てだ)れているように見える。
だが、よくよく見ると、それらは手足れているのではなく、手馴れているだけの小手先芸だということが分かる。
写真はおそらく劇場の二階ホワイエに設けられた開口で、劇間には外の景色を楽しむこともできるのであろう、その開口に嵌められた大きなガラスにドットポイントを採用することで極力視界の邪魔となる要素を排除し、煉瓦の扱いについてもそれなりの知識はあるようだ。

だが、惜しいかなそれが小手先芸故に、折角のガラスが葦簀(よしず)によって内側から塞がれている。
葦簀は見ているだけも涼を感じるもので、夏障子と呼ばれる簾戸(すど)のように夏の時期だけの季節限定としてもう少し綺麗に設えれば、それはそれでこの大きなガラス開口の新たな夏の魅力に繋がったことだろう。
だが、ここにも想像力のない役所仕事が垣間見え、葦簀をこんな風に使ってしまえば、それはまるで芝居小屋に垂れ下がった筵(むしろ)と同類ではないか。

役所仕事を見ていると本当に笑えるが、この葦簀、事務室の窓にも全面に亘って取り付けられていた。
葦簀は立て掛けるもので嵌めるものではないが、その窓を外から見るとまるで雪国の雪囲いのようで、ここまで囲う必要が本当にあるのかと呆れてしまった。

さてガラスはともあれ、その横の煉瓦壁には十分な断熱が施されている。
この煉瓦壁には換気用の小穴が開いていて、そこから草の茎を入れてみると中の壁まで30センチ近くあった。
煉瓦の厚さを10センチとすると、この煉瓦壁の裏には20センチ近い空間(空気層)があることが分かる。
この20センチ空気層がどうして必要なのか、不要なボイドが煉瓦の裏側に隠れているとすれば、それを外断熱上必要だとどのように説明されようが筆者には納得できない。

ガラスには葦簀、トップライトにはひび割れ剥がれた遮光フィルム、そして煉瓦壁部分の外断熱空間、果たしてコンクリート打ち放し部分の断熱は大丈夫なのか。
ジックリ観察してみると、やはりそれは巨大な無駄な箱に思えた。
そして、その箱からはバランスを欠いた後味の悪さが残った...。

by finches | 2010-09-05 05:21 | 無題


<< 466■■ 馬車と鉄道 464■■ 引揚船が通った海 >>