506■■ 夕焼け前

b0125465_6523555.jpg


「木曽路はすべて山の中である。」
これは島崎藤村の「夜明け前」の書き出しだが、名前だけ「夕焼け前」としてはみたが、どうもこちらは暗示するものに欠ける。
況して場所を書かないでは、「・・の路はすべて海に通じる」などとも書けない。

ある海辺の町で幕末に築造された造船所跡を見た。
造船所といっても石の堤防が残っているだけだったが、その石積みは凛とした黒い影を夕暮れの逆光の中に現した。

写真の横に長く延びているのは現在の防波堤で、この写真を撮っている場所こそがその石の堤防、そしてその石の堤防からは消波ブロックを挟んで更に別の現在の防波堤が海へと延びていた。
そして、更に二本の防波堤が駄目押しのようにこの美しい景色を台無しにしていた。

これらがこの景色の現実だが、頭の中でこの景色から四本の現在の防波堤を消してみると、石の堤防に繋がれ黒煙を上げる漆黒の蒸気船と、その先に広がる大海原が見えた。
そして、石の堤防の内海に面した造船所からは鉄を打つ音が響き、二艘目の蒸気船も産声を上げようとしていた。
そして、そこには今と同じ夕焼け前の海原が広がっているのが見えた。

「夜明け前」は幕末から明治維新の激動期を舞台にした小説だが、その激動期を実際に走り抜けた人々がいた。
そして、その彼らがこの石の堤防の上に立ち眺めたのが、この海の夕焼けであり、この国の未来だった...。

by finches | 2010-10-21 05:20 | 無題


<< 507■■ メジロの死 505■■ 枠 >>