623■■ ことば
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朝は暖房を入れない。
朝食まで灯りは点けない。
暖房便座の電源も切っている。

別に節電に協力してのことではない。
罹災地の生活を思う時、できる我慢はし、できる不便は自らにも課そうと始めたことだ。
義援金も今日にでも行動に移そう。

大声で怒鳴りたい。
政府、原子力保安院、東電、大学教授、その危機意識の低さ、鈍感さ、無責任さ、隠蔽体質、回避と保身、本当はそれらを糾弾したい。
しかし、大声を上げたいのは罹災者であり避難を余儀無くされている人たちの方に違いない。
だから、大声ではなく静かに、この現実から見えてくる、この現実が語る、その中にある本質をしっかりと見据え考えなければならないと思う。

被災地以外での買い漁り、買い溜め、近くのスーパーでも幾つもの商品がなくなっていると聞く。
復興へ向けての円投入を見越した円買い、そのハイエナのような投機マネーによる円高、大きい小さいはあれどこれらは同じ、背景にある人間のエゴに何ら差はない。

東京都知事の石原慎太郎はこの人間のエゴを我欲と言った。
「我欲に縛られ政治もポピュリズムでやっている。それが一気に押し流されて、この津波をうまく利用してだね、我欲を一回洗い落とす必要がある。積年たまった日本人の心のあかをね。これはやっぱり天罰だと思う。被災者の方々、かわいそうですよ」 (3月14日)

石原慎太郎の言葉からは、上に書いた人間のエゴ(我欲)と、その人間がつくり出した社会(ポピュリズム)そのものへの批判と、今こそそれらを是正するチャンスだと読むことができ、その我欲を戒めポピュリズムではない良き日本人の姿をこの機会に取り戻そうと言いたいのだと思う。
しかし、視点の中心にある指摘は間違っていなくても、天罰などと被災者を鞭打つような、大いなる誤解を招く加虐的な表現はよろしくない。
 [注記:天罰発言は3月15日に撤回]

一方でこんな報道も目を惹いた。
ワシントン時事:
 「なぜ日本では略奪が起きないのか」
 「災害に付き物の略奪と無法状態が日本では見られないのはなぜか」
 「それは、敬意と品格に基づく文化だから」

米ロサンゼルス・タイムズ紙:
 「非の打ち所のないマナーは、まったく損なわれていない」
 「巨大な災害に見舞われたにもかかわらず、思いやりを忘れない日本人たちを称賛」

この未曾有の大災害、高潔で思いやりのある日本人を取り戻す最後のチャンスかもしれない...。

by finches | 2011-03-18 04:54 | 無題


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