■■ 福島第一原子力発電所における津波想定高さの考察 15~16
16.想定高さは3.1m

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柏崎刈羽原子力発電所の 『地震随伴事象に対する考慮 津波に対する安全性について(2008年12月)』 のような、福島第一原発に関する同様のレポートの存在を確認することは出来ませんでした。
しかし、869年貞観津波をはじめとして、明治三陸津波や昭和三陸津波の津波高さについては既に示した通りです。
また、これらの津波高さの記録を実際の原発建設に反映した女川原発と東通原発という二つの事例が、同じ東北地方にあることも既に示した通りです。
そして、その他のどの原発でも海水の最高水位の把握も然ることながら、原子炉の冷却に直接且つ重大な影響を及ぼす最低水位の把握はより重要で、それらの正式レポートをそれぞれの原発では見ることができます。

本稿では東京電力の福島第一原発における津波の想定高さについてまとめてみようと思います。
様々な資料に目を通したことで分ったことですが、先ず基本的に言えることは、原発の主要な検討課題は地震対策にあるということです。
上のレポートのタイトルにもあるように、津波はあくまで地震随伴事象という従属的扱いで、福島第一原発の場合は正に津波を甘く見て対策も対応も誤った典型的な例だと言えます。

そして、もう一つ言えることは、その地震に対して原子炉建屋の支持地盤を如何に安定した硬い岩盤に置くかが第一義に考えられ、このレベルからタービン建屋のレベルが決り、同時に海面からのそれらの標高が必然的に決り、その標高に対して津波による最高水位と最低水位による影響の検討がなされるという流れを見ることができます。
そして、その前提には海からの荷揚げの問題、冷却水として海水を取水しているという冷却システムの構造的な問題から、海面からそれ程高いレベルには建設できない、否、建設したくないという思惑があることが分かります。

福島第一原発の場合、津波に関しては3つの情報があります。
一つ目はこの度の原発事故後に東電が発表した、5.4~5.7mという想定津波高さです。
そもそも5.4mでも5.7mでもなく、5.4~5.7mというところに先ずその信憑性が疑われますが、想定の甘さが重大事故を招いたことで慌てて作り上げた数字に思えてなりません。

二つ目は福島第一原発建設の記録映画の中に残されています。
上の写真はその映画からの2枚ですが、上は建設前の30mの台地が続く建設予定地で、下はその台地を20m掘り下げ建設されようとしている第1号及び第2号原子炉を背後に持つ福島第一原発の透視図です。
この記録映画の中に 「(前略)この地は過去数百年に亘って地震や台風、津波などによる大きな被害を受けたことがない(後略)」 とナレーションが続き、港の堤防と護岸の為のシュミレーションが水槽実験で繰り返されている様子が映し出されています。
この水槽実験の波の高さが正に津波の想定高さであり、25トンの消波ブロックというナレーションから、その大きさは凡そ3mであることが分り、現在の港の写真からも想定していた波の高さは3mくらいではなかったかと推察できます。

三つ目は東京電力の内部資料の中に見ることができます。
それは2005年4月に出されたTEPCO REPORT VOL.109で、タイトルは 『平成17年度「経営計画」』、その中に 『発電所の津波対策』 が取り上げれています。
それによると、発電所の津波に対する検討手順として次のように書かれています。

  ① 敷地周辺で過去に発生した津波に関する文献調査・聞き取り調査
  ② 敷地に影響を与える可能性が否定できない津波の選定
  ③ 津波の数値シミュレーション
  ④ 発電所の敷地高さ・取水設備との比較

そして、2004年インドネシア・スマトラ島沖地震津波、1933年昭和三陸地震津波、1993年北海道南西沖地震津波など、大規模な津波の発生にも言及がされています。
そして最後に書かれた発電所における津波評価を見ると、各原子力発電所の設置許可時での評価が次のように示されています。

  ① 福島第一 上昇側評価結果O.P.+3.1m 下降側評価結果O.P.-1.9m
  ② 福島第二 上昇側評価結果O.P.+3.7m 下降側評価結果O.P.-1.9m
  ③ 柏崎刈羽 上昇側評価結果O.P.+3.7m 下降側評価結果O.P.-3.4m

柏崎刈羽原発の値が上の 『柏崎刈羽原子力発電所 地震随伴事象に対する考慮 津波に対する安全性について』 内の数値と一致しない理由は分りませんが、これらの数字が設置許可時、即ち申請書類に書かれたものであることは明らかだと分ります。

ここに挙げた福島第一原子力発電所における津波に関しての3つの情報のどれが信頼に足るかは明らかだと思います。
筆者は設置許可時の数値が低いことを言っているのではなく、福島第一原発に襲来する巨大津波の可能性の指摘を無視した東京電力と経済産業省の責任と、責任を回避する為に上の数値を隠し姑息にも新しい数値を捏造する姿勢を問題にしているのです。
そして、これらの事実を知りながら、匿名ですらその事実を公表しようとしない全ての専門家をはじめ関係者の、人としての姿勢を問題にしているのです。


上の記録映画にリンクを貼っておきます。
  『黎明―福島原子力発電所建設記録 調査篇―』 (企画:東京電力、製作:日映科学映画製作所、1967年、26分)
  →http://143.mediaimage.jp/0687/reimei.wmv
  
  『福島の原子力』 (企画:東京電力、製作:日映科学映画製作所、1977年〔1985年改訂〕、27分)
  →http://143.mediaimage.jp/0687/fukushima-genshiryoku.wmv

  『東京電力のTEPCO REPORT VOL.109』
  →http://www.tepco.co.jp.cache.yimg.jp/company/corp-com/annai/shiryou/report/bknumber/0504/pdf/ts050405-j.pdf



17.おわり

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福島第一原子力発電所における津波高さの評価値は最大水位でO.P.+3.1m、最低水位でO.P.-1.9mという数値が確認できた唯一の記録でした。
このTEPCO REPORT VOL.109に明記されている数値意外に、原子力安全・保安部会の合同会議において建設申請時以降の研究の進歩により、その最新成果を駆使した津波想定高さの再検証がなされ、必ずやその記録が存在しているものと考えていました。

また、それは福島第一原発建設時(1967年)の津波評価から35年を経過して出された、土木学会『原子力発電所の津波評価技術(2002年)』を基に、普通であれば必ず再検証が行われていると考えたからです。
建設当時にはなかった土木学会の指針に照らして、現施設がその基準をクリアして安全であるか否かを検証することは、専門家及び専門技術者による専門会議をして最低でも実施されていると確信していました。

しかし、後者においては確たる資料の存在を確認できないまま、福島第一原発の記録映画の存在を知り、その中で建設予定地が過去数百年に亘り津波の被害を受けていないとの解説から、予想通り少なくとも原発建設時点には巨大津波どころか津波に対しての防災上の配慮に、特段の注意が払われていなかったことを確信し、TEPCO REPORT VOL.109に明記された最大水位O.P.+3.1m、最低水位O.P.-1.9m、これこそが福島第一原発における津波想定高さそのものだと確信しました。

福島第一原発においては、この建設時点の津波高さの評価値を見直し、修正を行う機会は以下の時点で幾度もありました。
 ① 1995年 『仙台平野で869年貞観津波の堆積物の発見(箕浦幸治,現東北大教授)』の発表時点
 ② 2001年 『津波災害は繰り返す(箕浦幸治,東北大教授)』 の発表時点
 ③ 2002年 『貞観津波と低剛性地殻破壊による巨大地震津波再来周期(箕浦幸治,東北大教授)』の発表時点
 ④ 2006年 『仙台平野の堆積物に記録された歴史時代の巨大津波-1611年慶長津波と869年貞観津波の浸水域(産業技術総合研究所)』の発表時点
 ⑤ 2007年 『貞観津波による津波被害の定量的評価(箕浦幸治,東北大教授)』の発表時点
 ⑥ 2007年 『女川原子力発電所における津波に対する安全評価と防災対策(東北電力,橋本泰男)』の発表時点
 ⑦ 2008年 『石巻・仙台平野における869年貞観津波の数値シミュレーション(産業技術総合研究所)』の発表時点
 ⑧ 2009年 『原子力安全・保安部会の地震と津波に関する合同会議(第32回)における巨大津波の指摘(岡村行信, 産業技術総合研究所,地震研究センター長)』の時点
 ⑨ 2009年 『原子力安全・保安部会の地震と津波に関する合同会議(第33回)における巨大津波の再指摘(岡村行信, 産業技術総合研究所,地震研究センター長)』の時点

新しく建設される原発に要求される様々な検討課題も、現実の対応が困難な既存原子炉施設には寛大というか、これらの問題から明らかに目を逸らそうとしたものと思います。
更に1100年に一度の巨大地震とそれによる巨大津波を、40~50年をその寿命と考えていた施設の防災計画に反映することなど、合同会議を主催する経済産業省にとって東電は大切な天下り先であり、委員の質問に答える東電社員は東電の肩書きを持つお抱え大学教授であっては、巨大津波発生の統計的確立からして、全く真剣に検討する対象に値しなかったものと推察します。
 [筆者注記:議事録(no.32no33)を読んでも全く議論になっていないのが分ります]

最後に土木学会の『原子力発電所の津波評価技術(2002年)』と原発事故の後の土木学会の取った不思議な行動に触れて終わりにしようと思います。
3月22日付の田中信一郎氏(環境エネルギー政策研究所・客員研究員)のペーパーでこの『原子力発電所の津波評価技術』と、その作成に関与した津波評価部会の委員名簿に関して触れられています。
そして最後の付記には、そこに明記された委員は、2011年3月22日に閲覧した2007年8月現在のもので、閲覧日翌日の3月23日に更新され現在は2011年3月現在の名簿に置き換えられていると書かれています。
しかし、筆者の手元には同じ2011年3月付のこれとは異なる名簿があり、閲覧時期の違いによって明らかに複数の名簿が存在していたことが明らかだと思います。

また、この『原子力発電所の津波評価技術』を閲覧できる土木学会のページには、この作成に関与した津波評価部会の2003年から2011年までの議事録が閲覧できるようになっていますが、この20の議事録の内の17において作成日が同一のものが4グループ存在しています。
加えて不思議なことに2008年11月20日の議事録に至っては、場所と出席者が全て抹消されています。
 [筆者注記: 議事録作成時期が同じものが複数存在しているのは、田中信一郎氏が指摘された2007年8月の名簿を2011年3月の名簿に更新したことで、その新名簿と整合するように議事録内の出席者の部分を書き直した為と推察されます]

この土木学会の不思議な動きを念頭に改めて3月22日付の田中信一郎氏のペーパーをお読みになると、この原発事故の背景にある東京電力,経済産業省,土木学会,大学教授,専門家,工事発注者,工事受注者、それらの原子力事業に群がる忌まわしい構図が見えてくると思います。

東京電力は津波の想定高さを5.4~5.7mとし、福島第一原発を襲ったその3倍の規模の津波を想定することは不可能だったと説明しています。
しかし、歴史的津波が示しているように、また東北電力が女川原発で行った同じ立ち位置で津波の高さを想定していたならば、それは最低でも9mを越えるものであった筈であり、だとすればそもそもの想定高さは想定しなければならなかった津波高さの1/3でしかなかったことになります。
このことを忘れてはならないし、そのことは今後の補償において必ず償っていかなければならない、東京電力と経済産業省とお抱え専門家たちに課せられた、決して逃げることの許されない重い責任だと思います。
by finches | 2009-04-02 01:00 | 無題


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