746■■ 余韻
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建築の余韻なのか、はたまた講演か映画の余韻なのか、不思議な後味が今も消えない。
かつての賑わいはとっくの昔に消滅し寂れた印象を拭えない街にあって唯一誇れる音楽ホールに、あれだけ多くの人々が集まったことからの高揚なのだろうか。

そんなことを考えながら、その音楽ホールが載っている作品集第三巻を開いた。
図面を目で追いながら、当時少年だった講演者がこのホールでの藤原歌劇団のオペラ公演を聴きたくて自転車を走らせ、チケットなど買えるはずもない少年は当時ホールから直接外に避難できるようになっていたという扉越しに中から聞こえてくるアリアに聴き入ったという話を反芻していた。

筆者の記憶ではその扉の外側には低い天井を持つ広い通路がある筈だった。
子供の頃その扉から出入りしていたと思い込んでいたが、その扉の向こうは外だったとは。
確かに、その通路の客席に合わせた緩い傾斜と、妙に無理のある捩れた床の納まりが不思議でならなかったが、それらが後の改修によるものなら理解できる。
それにしても、筆者の記憶は全くの誤りであり、錯覚であったとは。

不思議な余韻とは、扉越しに聴いたというアリアの記憶と、筆者の記憶との乖離による矛盾によるものだと分った。
一つの思い出話から一つの真実を知ることができた。
これまで気付かずに見ていたが、作品集第三巻の図面は当時のものと改修時のものが混ざっていて、改めてその図面を見ると確かにホールから直接外に出られるようになっていた。

次にこのホールを訪れる時は、頭の中で改修前の姿に戻しこの建築を観る楽しみができた。
まだまだ謎の多い建築だが、どこ一つとっても削ぎ落とすもののない潔さ、それに加えられた改修も見事と言っていいだろう。
何故なら、筆者をして子供の頃の記憶に新たな記憶を接木され、今の今までそれが古い記憶と錯覚させられていたのだから...。

by finches | 2011-11-22 03:27 | 記憶


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