771■■ 東堀留川跡-冬十二月

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かつて日本橋川の江戸橋左岸下流には西堀留川と東堀留川という二つの川が合流していた。
前者は関東大震災による瓦礫を処分するために埋められ、後者は戦後の瓦礫処理で埋められた。
この写真は東堀留川の跡で今は児童公園になっているが、随分と広い川幅だったことが窺える。
また、江戸時代はこの川の両側に二つの河岸があり活気に満ち溢れていた。

堀留とは堀を掘っていって止めたところという意味だ。
筆者も最初は河岸をつくる為に、日本橋川から開削していった堀割だと考えていた。
だが、これら二つの川の一つはかつて江戸湾に流れ込んでいた旧石神井川の川筋の名残で、旧石神井川の付け替えや神田川の開削により、元の川から切り離され埋められ、辛うじて残った下流の一部がこの川の所以だ。

ところで、日本橋川も太田道灌が開削した道三堀の川筋だが、この道三堀は当時江戸城まで入り込んでいた日比谷入江と江戸湾とを結ぶためのもので、その途中で江戸湾に注いでいたのが旧石神井川となる。
つまり、この写真を撮った立ち位置から後ろを振り返ると、かつては入江の先に広大にな江戸湾が広がっていたことになる。

清洲橋に向かう途中のちょっとした寄り道から今朝も多くのことを勉強した。
江戸は世界に類を見ない、水の都。
江戸は世界に類を見ない、都市計画でつくられた街。
いや~、江戸は知れば知るほど、分れば分るほど、面白い、楽しい、すごい...。

by finches | 2011-12-23 04:12 | 時間


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