784■■ 大間の鮪と原発の因果
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この海の向こうには下北半島があって、その突端に大間はある。

5日に行われた築地の初競りで、269キロの大間産クロマグロが5,649万円の高値で競り落とされた。
これは、昨年の戸井産の3,249万円(キロ9万5千円)を上回る過去最高値となった。
キロ21万円の高級本鮪、落札した寿司チェーンはこれを採算抜きの一貫398円で提供するという。

このところ香港の寿司チェーンに持っていかれていた初競りの大物を、今年は日本の寿司チェーンが落札しただけのことだが、ご祝儀相場とは言えどこか釈然としない。
生きものが捕らえられ、殺され、買われ、食べられ、捨てられる。
釈然としないのは、連鎖の流れの中で生きものとしての尊厳が保たれ、最後まで無駄なく扱われるのだろうか、そんなことが頭を過ぎるからかもしれない。

漁師(大間)→地元卸売市場(大間)<競り>→中卸業者(水産加工会社)→中央卸売市場(築地)<競り>→仲買人→魚屋・寿司屋→消費者
これが魚の流通システムだ。
勿論、それぞれが漁夫の利を得て価格が吊り上がげられた上に、それぞれに消費税が加わり、最終消費者は30%近い消費税まで加算されたものを口にするのだから高くつく。

さて、大間の港から僅か数キロしか離れていない場所に、あの原発事故の煽りで建設が中断している原発建設現場がある。
ABWRと呼ばれる改良型沸騰水型軽水炉で、計画の沿革を見るとその発端は1976年に遡る。

この大間商工会による大間町議会への原子力発電所新設に繋がる請願の時期に興味深いものがある。
大間でマグロ漁が始まったのは昭和49年(1974年)のことだが、この年からマグロの漁獲量は減り続け3年後の1977年には1/8にまで激減する。
この時期が先の原発建設の請願時期と符合する。

因みに、このマグロ漁獲量の減少は1971年の青函トンネルの着工に端を発し、津軽海峡線開業の7年後まで、凡そ20年に亘って続いた。
生活のすべての糧を漁業に依存する寒村が、原発建設が齎す補助金に目が眩んだ構図がここにはっきりと見えてくる。
その後、漁獲量は回復し、今では大間ブランドになるまでに至ったが、その苦難の時期に開けてしまったパンドラの箱を閉める術はなく今日まで来たのだろう。

大間であり、戸井であり、松前であり、松岡であり、竜飛であり、どこの産と名付けようと大海を回遊するマグロを津軽海峡で釣り上げ、どこかの港に揚げたに過ぎない。
この海が汚染されればもうマグロは捕れない。

初競りの本鮪の写真を見ながら、日本人はこんな似非豊かさはもう捨てた筈ではなかったかと思った。
そして、その一貫398円の寿司に群がるこの国の懲りない消費者に対し、大間に蔓延るこの矛盾と現実を直視しろ、と強く思った...。

by finches | 2012-01-06 04:01 | 無題


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