800■■ 大寒のシンポジウム
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一月二十一日土曜日、二十四節季で最も寒いとされる大寒を迎えた。
だが、寒さの底に向かっての心身共に怠りない構えに対して、幾分寒さの和らぎを感じる穏やかな一日となった。
筆者はカツサンドと紅茶の軽い昼食をとると、シンポジウムが始まるまでの時間を図書館で郷土資料を見て過ごした。

当初100キロ先で上映される原発関連の映画を観る予定だったが、知人の大学教授がパネラーの一人ということもあって、地元のホールでのシンポジウムの方を選んだ。
子どもの頃から慣れ親しんだそのホールに、暮らしの同一線上でコンサートや講演に出掛けられること、それを筆者は至福の悦びと感じている。

そのホールについて隅々まで理解でき、愛していて、訪れる度に新たな出合いと発見があり、細やかだが安穏な充足が得られる。
写真は休憩時間に撮ったものだが、こんな狭間の空間にも同じものは一つとない折々の季節があり、季節がホールと呼応するように囁き合っている。

シンポジウムは江戸時代から明治、大正、戦前までの先人の遺業を紐解きながら、その礎の上に発展した現代を考える形で進行した。
それらは筆者の目に霞んで見え始めていたものへ、明確な道筋を指し示してくれるものでもあった。
また、先人の偉業ではなく遺業としたことに、頭の良いメッセージが込められていると思った。
そこには有限から無限を生んだ原点を学び知ることで、偉業として称えるのではなく、遺業としてその精神を学び再認識し、自らが考え行動することが我々に備わっている気質でありDNAであることを伝えようとしているように思えた。

シンポジウムの後、パネラーの知人とも話ができた。
知人の紹介で市の教育委員会幹部とも名刺の交換をした。
そのホールを設計した建築家の下にいた旧所員を紹介され、旧所員が描いた熊本水道局の施工原図の説明を受けながら、その建築家の仕事への姿勢を直接聞くこともできた。

筆者は東京を離れ故郷に戻ったことで、研究したいと思っている幾つかのテーマがある。
その一つがこのホールを設計した建築家がこの町に残した数々の建築とその足跡の調査で、既に調べを始めている。
だが、昨日は先人の遺した『共存同栄』という言葉を知ったことで、自らが進んでこの建築家の足跡を後世に伝える会を立ち上げ、これまでのように一人ではなく協同でそれをやっていきたいと思っている。

外にでると日は暮れようとしていた。
再会を約束して知人と別れると、既に人気の絶えた道を駅へ向かって歩いた...。

by finches | 2012-01-22 04:18 | 遺産


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