802■■ 帝都復興美観
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一冊の冊子が手元に届いた。
それは、『聖上陛下御巡幸記念 帝都復興美観』で、昭和5年3月24日の天皇巡幸を記録したものだ。

筆者は関東大震災後に建てられた復興小学校の研究を続けていて、それに繋がる資料に出合うと、それが余程高額でない限りは手元に置くようにしている。
関東大震災の復興事業関係の資料は国会図書館や東京都公文書館を始めとして、幾つかの公立図書館で所蔵されている。
筆者は調べる内容によりこれらの図書館を使い分けていて、時々は古書店に出物を探して立ち寄ったりもする。

余り知られていないのが、意外やこれらの資料を地方の思わぬ大学が所蔵していて、それらをデジタルアーカイブで公開していることもある。
逆に、東京都下の某図書館のように、どこで手に入れたのかは知らないが、それらの貴重資料を閉架書庫の奥に仕舞って一般に公開していない図書館基本理念にももとる例もある。

さて、予想した通り先の冊子にも二つの復興小学校が載っていた。
それらは既に手元に所持している写真だったが、一冊の纏まった冊子の中で天皇巡幸の順序と合わせて見ていくと新たな知見に繋がるものだ。

その一つ千代田小学校については『日本一の千代田小学校』、『その構想設備等は実に日本一、世界にもその類が少ないと云われるくらいの出来栄え』と賞賛されていた。
千代田小学校の完成は帝都復興事業の終わる昭和5年の前年の12月、正に出来たてホヤホヤで、隅田川の傍に建つ千代田の屋上からは新大橋を始め、両国、蔵前、厩、駒形の復興橋梁が望め、川向こうには復興の象徴である復興小学校が点在する光景が広がっていたことだろう。

これまで、どうして天皇巡幸に千代田が選ばれたのだろうと考えていた。
日本一と言えども他校と比較して特に建設費が高いわけでもなかった。
だが、この冊子を見て、復興の象徴であった復興小学校にあって、帝都復興を一望する場所としてそこが選ばれたことが分った。
それは新たに分った小さな知見ではあるが、その積み重ねが新たな知見へ向けての想像力を養っていく...。

by finches | 2012-01-24 05:44 | 復興


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