808■■ 樋門が伝える歴史
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隣接する市が刻んで来た貴重な歴史について多少知ってはいても、そこをじっくり歩いてみることはなかった。
だが、偶然に見つけた標識に誘われるままに川伝いの細い道を進むと、江戸時代に造られた小さな遺構が現れた。

その五連の樋門は干拓の為の排水門で、その内側に広がる広大な農地は当時藩が行った最大規模の干拓事業によるものだと知った。
それは広大な干潟を利用しての干拓であったにせよ、その土地の高さは海よりも下で、堤防を築き干潟を海から切り離した後の干拓工事が、どれ程過酷でまた年月を要したことかは想像だに出来なかった。

この樋門は硬い岩盤を刳り貫いて造られているそうで、344年の時を経て当時の土木技術の高さを今に遺していた。
それは基本となる石積みに見ることが出来、江戸時代の石積みがビクともしていないその横で、近代の堤防が波に破壊されている姿は何度となく目にしたものだ。

この樋門は300年以上に亘り実際に使い続けられた。
この古い樋門の外に新たな堤防を築き、そこに新しい樋門を造る必要がどこにあるのかと言いたい。
遺構として葬るのではなく、先人の遺した遺産を生涯現役として使い続ける発想がどうして出来ないのかと言いたい。
ここにも国と県が行う無駄な終わりなき自然破壊の悲しい犠牲者の姿があった...。

by finches | 2012-01-30 04:22 | 遺産


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