815■■ 表と裏
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教室の窓からはダムが見えた。
夏が来るとその川で泳いだ。
奇妙な形をしたガラス瓶に糠を入れた仕掛けや、細長い竹篭を沈めて魚を獲る光景を覚えている。

郷土史の研究グループがまとめた冊子を読んでダムができる前のその川の姿を知った。
そこに描かれていたのは河口から上流まで、人々の暮らしや営みと一体となって美しい自然の中を流れる川の姿だった。

子どもの頃、ダムから先の道は立ち入ることのない禁断の場所だった。
何故なら水を湛えたダム湖は不気味で怖い場所だったからだ。
同時にダムの下流側から見たダム湖の奥は自分にとっては裏側の場所だった。

長く裏側だった場所を逆にそちら側から見ると、表も裏もないことに気付いた。
そう気付いたことでこれまで立ち入ったことのないダム湖右岸の道に、裏側だった場所に向け初めて踏み入った。

踏み入ったことを後悔するまでそれ程時間はかからなかった。
ダム湖に沿って縫うように車一台がやっと通れる道は、少しでも油断すると湖に引きずり込まれそうな恐怖の連続だった。
隣りに座った家人も怖かったそうで、恐怖と緊張で背筋が凍り背中が固まったと言っていた。

やっとの思いでダム湖から離れられた時、もう二度と来ることのない禁断の道として改めて封印をした。
怖かったがそれで分ったこともある。
確かに裏も表もない繋がった場所ではあった。
だが、ダム湖に沈んだ村々、湖により寸断され取り残された家々、そこにはもっと暗く悲壮な陰と陽があった。

下流の町に上水と用水を供給するために突然造られたダムによる苦難は今も続いている。
そのことは先の冊子で知っていた、知ってはいたが、その苦難は二度と来たくはないと思ったあの恐怖が鏡に映った姿と重なった。

ダム湖に消えた山里の歴史はどこも同じ、みなもの悲しい。
そこに見えるのはやはり裏であり負であり影であり陰であり、不条理な差別は今尚続いている...。

by finches | 2012-02-06 03:51 | 無題


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