839■■ 東京中央郵便局-三月
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完全保存再生工事により往時の姿を取り戻しつつある東京駅駅舎とは対照的に、全体保存が叶わず一部のファサードだけの形態保存に終わった東京中央郵便局もその全体像を現してきた。
前稿で「復元工事が進み次第にそのベールを脱いでいく東京駅を見ていると様々なことを考えさせられる」と書いた中には、この東京中央郵便局の保存問題・保存運動・保存騒動も含まれる。
それは当時筆者が係わっていた函館での保存運動の為のブログの中でも『東京中央郵便局保存問題に学ぶ』として取り上げ、東京駅との密接な関係についても触れたことがあるからだ。

函館で保存運動に取り組んだ弥生小学校に関して、筆者は函館市が本気で申請を行えば必ず重要文化財としての登録が可能だと確信していた。
そして、その根拠となる歴史的背景の考察や、建物の意匠的秀逸さの説明なども加えながら、戦前に建設された鉄筋コンクリート造による小学校建築の日本に於ける集大成と言っても過言ではない学校建築が、北の函館の地にあることを訴え続けた。
だが、その歴史的建造物を所管する函館市教育委員会の術策の下、耐震強度の不足を解体の名目にしたいが余り、耐震診断報告書の偽装まで行い解体を急ぐ函館市の冷徹な周到さと強引さとにより、目の前でその校舎は解体されていった。

つい長々と書いてしまったのは、この東京中央郵便局も一部の人たちから重要文化財の価値があるという意見が上がったことが忘れられないからだ。
この建物が東京駅とは違う意味で、日本に於ける近代建築史に残る名建築であることに間違いはなく、それを保存することに異論はなかった。
だが、だからと言って筆者には重要文化財としての価値があるとまではどうしても思えなかった。
そして、深い考察も検証もなしに、俄専門家たちが短絡的に重文を叫ぶ浅薄さに強い違和感を覚えたことを思い出す。

筆者は、東京駅と行幸通りを挟む丸の内街区全体が、江戸・明治・大正・昭和史、都市計画史、近代建築史上、重文としての価値があると考えている。
だが、1966年の東京海上ビルの高層化に伴う丸の内美観論争も、皇居との関係に於ける特別な都市景観形成の維持を念頭にした高さ論争の域を出ず、保存にまで思いが至らなかったことが残念でならない。
それには当時の建築学会機関紙に於いて「丸の内には保存すべき建築は無い」と言い切った建築評論家などの責任も大きいと思う。
それが今度は態度を一変して「重文の価値有り」などと言うのだから開いた口が塞がらない。

さらりと東京中央郵便局を取り上げようと思ったのだが、ついつい日頃の俄保存論者・俄専門家たちへの鬱積した感情が頭を擡げてしまった。
だが、東京駅丸の内口の広場からの眺めは工事中の今が一番の旬で、建築たちが最も保存についての意味を語りかける空間と時間がそこにはある...。

by finches | 2012-03-01 03:31 | 遺産


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