856■■ 蒼氓

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 一九三〇年三月八日。
 神戸は雨である。細々とけぶる春雨である。海は灰色に霞み、街も朝から夕暮れどきのように暗い。
 三ノ宮駅から山ノ手に向う赤土の坂道はどろどろのぬかるみである。この道を朝早くから幾台となく自動車が駆け上がって行く。それは殆んど絶え間もなく後から後からと続く行列である。この道が丘につき当って行き詰ったところに黄色い無装飾の大きなビルディングが建っている。後に赤松の丘を負い、右手は贅沢な尖塔をもったトア・ホテルに続き、左は黒く汚い細民街に連なるこの丘のうえの是が「国立海外移民収容所」である。


これは石川達三の第一回芥川賞受賞作『蒼氓(そうぼう)』の書き出しの一節だ。
そして、写真に写っている建物が昭和3(1928)年に完成し、中南米諸国へ25万人の移住者を送り出した「国立移民収容所」、その改修なった今の姿だ。
因みに『蒼氓』ではこの収容所に集まった千人近くの移住希望者が出帆までの8日間を共に暮らし、彼の地に向けて船が離岸するまでを描いている。

赤土の坂道はアスファルト舗装の道路に、黒く汚い細民街は住宅地に、贅沢な尖塔をもったトア・ホテル跡地は神戸外国倶楽部に変わっている。
トア・ホテルの名はトアロードという坂道の名に残り、その先はかつて移民船が出帆した第三埠頭へと繋がっている。

当時国策として推進された海外移住には棄民という負の側面が否めない。
それを思うと、「海外移住と文化の交流センター」として保存整備された建物の明るさに違和感を感じずにはいられないにせよ、きちんとその歴史を後世に伝えようとする姿勢には深い感動を覚えた。

北野から山手にかけての朝の散策が思いもかけず幾つかの建築と街との歴史の深層を教えてくれた。
これまで何度神戸を訪れたか知れないが、こんな風にこの街を歩くのは初めてだった...。

by finches | 2012-03-24 07:26 | 遺産


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