917■■ ある分校跡
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毎日温泉に通う道は中央分離帯と両側に歩道を持った四車線の立派なもので、それは山を削り谷を埋めて造られた、自然の地形を無視し傲慢に机上の地図の上で線引きされた血の通わない太い線だった。

その道からは山を削られた崖の上にまるで取り残されたように建つ家々や、道が出来たことでかつて分校しかなかった地に大きな小学校が建てられていたり、コンクリートに覆われた小川がその道と右に左に交差しながら上流へと続いていたり、五月にはかつてその道のなかった頃の長閑な光景を彷彿とさせる鯉のぼりが風になびいていたり、ほんの時々だが木々の間から青々とした昔の姿を残す田んぼが見え隠れしたり、かつて人々が行き来した山道の跡らしき所に石仏が立っていたりした。

その中で一つ強烈に引き寄せられる景色があった。
そこには石の柱らしきものと神社の鳥居と大きな楠の木があって、何かその由来の説明でも書かれていそうな白い板が小さく見えていた。
それが通る度に気になっていて、いつかそこに訪れたいと思っていた。

当時の筆者は知らなかったが、筆者が通っていた小学校には分校があって、梅雨の晴れ間にその場所を探して自転車で行ってみようと考えた。
当時、小学校から北に向かうと鬱蒼とした森の中に八幡様があって、そこから更に奥へと進むと湯治場の温泉があった。
小学生の筆者にとっては八幡さまから更に奥など立ち入ろうとも思わない未知の場所で、その湯治場の更に奥にある分校など例え知っていたとしても興味すら持つこともなかったと思う。

不思議なもので自分が興味を持ち探そうとするといつもこんな風に導かれる。
強烈に引き寄せられる景色、その場所こそが正にその分校の跡だった。
そして、その分校へと続いていたかつての道を辿ってそこまで行ってみたいと思った。

起点は小学校と決めた。
そして、その脇の道を八幡様に向けて走り、かつて鬱蒼とした森に消えていた道を抜け、今では見る影もなく宅地開発されたかつての湯治場の裏道を通り、かつての道は川沿いにあった筈だという予測を基に立派な道路で途切れたその先の道を探した。
宅地を抜けその立派な道路が小川を跨ぐ巨大な橋の下を潜ると、そこにはそれまでとは全く違う開発の手の入っていない昔ながらの里の景色が緩くカーブを描きながら奥へ奥へと続いていた。

小型車一台がやっと通れるくらいの細道をひたすら進むと突然その分校跡は現れた。
そこから見ると崖の上にまるで取り残されたように建つ家々が眼下を流れる小川と繋がっていたことも、五月の風になびいていた鯉のぼりが分校に通う子供たちからよく見えたということも、ひっそりと草むした中に立つ石仏も子供たちが通う小道にあったことも、今では一本の道に断ち切られているが、それら全てが関わりを保ちながら途切れることなく繋がっていたことも良く分かった。

かつて美しかった頃の里の景色を想像しながら、高く埋め立てて造られた道路を行き交う車を眺めた。
そして、便利さの裏で忘れている、便利でないものの中だけにある豊かさを思った。

かつての分校は立派な小学校に変わった。
だが、その小学校の沿革史にその地区の子供たちを育て続けた分校の記述はない...。

by finches | 2012-07-17 05:49 | 時間


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