924■■ 柿の実の数
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自然摘果が正しいのか、自然落果が正しいのか、それは知らない。
自然摘果だと、柿の木が適正な量の実を残すために自ら摘果を行う現象のように聞こえる。
自然落果だと、雨風(あめかぜ)天候などの自然現象によって弱い実が淘汰される現象のように聞こえる。

柿の蕾は無数と思える程に付いた。
その蕾が開花した後には同じく無数と思える程の小さな実が付いた。
暫くすると、その小さな実はパラパラと落ち始めたが、これが自然摘果なのではないかと思う。

そして梅雨の頃には実も一回り大きくなったが、この梅雨の時期に今度は自然落果が進むようだ。
不思議なもので梅雨が明けるとその落果も落ち着き、今はほとんど落ちることもなくなった。

その自然落果を地上に落ちたガクの数で数えてみたのだが、その記録が写真の『正』の字だ。
単位は百だから、『正』の一字で五百、それが六つだから全部で三千となる。
これに自然摘果の数を仮に千とすると、自然摘果と自然落果を合わせると四千、否、それ以上となる。
そして、枝に残っている実の数を一枝十個と仮定し、その枝の数を仮に百枝とすると、残っている実の数は千となる。

実際にはこれ以上の実がなっているだろうから、柿は一本の木に五千以上の実を付けたことになる。
もし五千の一割くらいが適正な量だとすればその数は五百となり、その五百を残して摘果してやれば、木にも優しく実も大きい美味い柿の実を秋には楽しめることになる。

そう、柿の木自らが行う自然摘果、次に自然の力を借りた自然落果、そして最後に人の力を借りた人工摘果、この三位一体の連携プレーが美味い実を残す理に適った方法ではないかと一人合点した。

数えにかぞえた三千という数には驚いたが、その数から総量を予想し、そこから適正な収穫量を想定するとは、何と科学的だろう。
そうだ、これから摘果する五百個の実から柿渋を作ってみよう。
柿渋は自然塗料であり薬でもある、正に循環型エコの実践だ...。

by finches | 2012-08-02 07:28 | 季節


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