927■■ 消し炭

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この二日、朝食のために七輪で鰯の干物を焼いた。
干物は自分で作ったものだ。
昔から火熾しにはこだわりがあって、楽をして熾してはならないと思っている。

小さく丸めた紙に点いた火が藁に移り、それが小さく割った竹を燃え上がらせると、タイミングを計って炭をそっと縦にして並べていく。
炭の重さに加え空間を狭められ空気を遮られた割竹は、もうもうと白煙を上げて燻り始めるが、この時丁寧に炭の向きを整えてやらないと炭に火は移ってくれない。

棚引く白煙が風の流れの帯を作る。
それはカーブを描きながら開け放した開口に吸い込まれ北側に抜けていく。
その美しさに見惚れる間もなく燻る割竹を再び燃え立たせるために全ての力を集中して団扇で風を送る。
これが美味い干物を食べたいがための我がこだわりの朝の儀式だ。

市場で一尾150円で買った鰯を干物にする手間、美味い朝飯を食べたいと思う細やかな欲望からたった一枚の干物を焼く手間、そのために時間をかけて炭火を熾す手間、どれも苦ではないが、そのために三個の炭を使うことには些かの後ろめたさもある。
焼こうとする干物よりも炭の方が高いこと、熾した炭を使い切っていないこと、それを勿体ないと思う後ろめたさだ。

あれこれ考えていて、炭壺のことを思い出した。
炭壺で消し炭を作っておけば、突然火を熾す必要に迫られても柔軟に対応できる。
何より朝の火熾しは断然早く楽になるに違いない。

勿体ないという思いから、ふと忘れていた道具を思い出した。
そこには忘れてはならない先人の知恵があった...。

by finches | 2012-08-07 06:22 | 記憶


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