939■■ 朝の時間

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一週間後に迫った東京での勉強会のために予習を始めている。
蒐集した資料は机の上に積まれているが、一年以上それらから遠ざかっていたことで、却って違う視点で物事を考えられるようになった。
だから、今朝も勉強会でのテーマからは大きく逸脱したところであれこれと調べを続けている。

だが、この脱線こそが大事だと思っている。
一本道を突き進むような調べ方とは違い、物事を俯瞰して見、考えることで、より広く深くその本質に近付き、捉えることができるようになる。
今朝もそんなことをやっていて、ふと東京での朝の時間を懐かしく思い返した。
手探りでまだ暗いリビングのスタンドを点けソファに座り、カーペットの上に所狭しと資料を広げ、電子辞書を横に置き、頭に浮かぶことをiPadでどんどん検索する、そんな朝の時間のことを…。

調べる行為に対してその環境というものは大切で、そのリビングは決して広くはなかったが、壁までの距離、天井の高さ、窓の位置や大きさ、サイドテーブル代わりのスツールやオットマン、それらが調度いいスケール感を保っていたのだと思う。
そして、ソファーがカーペットにめり込む数ミリの高さの違いが、最も落ち着ける楽な姿勢を作り出してくれていたのだと思う。

ソファーの座り心地が前とは違うと感じていたが、それはカーペットから木の床に変わり、数ミリの沈み込みがなくなったせいだということに、今朝これを書いていて気が付いた。
今朝はモックアップとして作られた椅子に座り調べを進めた。
そして、新たな発見や感動がある度に、柿の木の下に行ってその数を増した落ち柿を眺めた。
落ち柿を照らす朝日は、新しい影と光の帯を長く伸ばしていた...。

by finches | 2012-09-14 07:12 | 時間


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