945■■ 追想Ⅳ-東京・隅田川
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新しい朝を迎えた隅田川を佃島に渡った。
正面の橋は永代橋、その奥には清洲橋も見える。
隅田川は佃島で二本の流れに分かれているように見えるが、本流は西側で東側は晴海運河となる。
晴海運河は海の埋め立てで生まれたものだ。

この辺りから眺める隅田川は、永代橋の上流右岸で日本橋川、下流右岸で亀島川、そして下流左岸で大横川と出合う。
今では新川と呼ばれているこの右岸の日本橋川と亀島川に囲まれた一帯はかつて霊岸島と呼ばれた。
霊岸島は江戸時代に埋め立てによって生まれた島だ。

その辺りをかつて江戸湊と言い、江戸幕府により整備された最初の港で、日本各地から産物を満載した船が引っ切り無しに出入りしていた。
霊岸島には……、おっと、切りがないのでこの辺にしておこう。

この霊岸島には小学校が一つあって、それは明正小学校という昭和2(1927)年に建てられた震災復興小学校だ。
そして、道路を隔てた公園は越前掘公園という震災復興小公園で、かつて松平越前守邸を三方囲んでいた越前掘の遺構が残る場所でもある。

残念ながらこの明正小学校も建て替えの為の取り壊しが始まっていた。
それを見ながら、価値観の違いと言って済ますには余りに大きい、一つの時代の語り部がまた一つ消失する焦燥が胸を打った。

川や川筋の跡には江戸の香が今に残り、大正・昭和初期の建築にはその時代の息吹が今に残る。
それらをそのまま未来へ引き渡すことが、今を生きる者の使命だと思うのだが...。

by finches | 2012-10-03 09:12 | 無題


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