954■■ 新東京市中央図
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前稿の『新東京市中央図』に描かれた市電の路線と、絵葉書に写った相生坂を登る市電を見ていて、その市電の行く先にある飯田橋駅に目をやりながら、あるひとつの感慨が頭を過った。
それはあの忌まわしき三月十一日、東北大震災が起きたことで突然止まった、それさえ起きなければその日にきっと書いていたはずの『甲武鉄道・飯田橋駅』のことを思い出したからだ。

甲武鉄道について調べていくと、江戸から明治へと東京の街が出来上がっていく、その様、その過程が見えてくる。
当時多くの民営鉄道が東京の中心に向かって、西から東に北から南へとその路線を延ばしていったが、それはあたかも一本の織糸を作るように、紡がれた短い糸が少しずつ繋がれていくように延びていった。
そして、そこには生糸の輸送という国策を背景としたもう一つの使命もあった。

甲武鉄道の飯田橋駅はどこにあったのだろうかと随分考えた。
大体の場所は分かっていても、高架になっていた筈の線路をどうやって地上まで下げることができたのか、その部分への疑問がどうしても解けなかった。
だが、何度も足を運んでいるうちに、現在の高架や地上にその痕跡が残されていることに徐徐にではあるが気付いていった。

筆者の頭の中にも紡がれた短い糸が少しずつ繋がれた織糸があって、それが想像力という織機で織られるのを待っている。
織れてもまだそれは一寸角くらいの端切れのような小片の集まりでしかないだろうが、それらが繋がって一枚の織布になる日もやがて来るだろう。

『新東京市中央図』は小さな地図だが、そこにも計り知れない歴史の情報が嵌め込まれている。
改めて、当面必要がなくても基礎資料の蒐集だけは怠ってはならないと肝に銘じる思いがした...。

by finches | 2012-10-21 08:51 | 無題


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