955■■ 追想Ⅷ-横浜・西波止場

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『武州久良岐郡横浜村麁絵図』には大岡川河口に広がる浅い内海と、『象の鼻』と呼ばれる砂州が描かれていた。
この『象の鼻』の部分が西を大岡川、南を内海の埋め立てにより流れを変えられた中村川、東を開削により造られた堀川によって切り離され、まるで出島のように『居留地』を形成していたのが開港当時の横浜の姿だ。

もう少し詳しく言うと、この『居留地』の海縁に神奈川運上所(現在の税関)が建設され、2本の突堤を築いて西波止場とし、この運上所を境に西側を日本人居住地、東側を外国人居留地と定め、居留地には東波止場が設けられた。
この日本人居住地と外国人居留地を分けていた大通りが重文・横浜市開港記念会館などが建ち並ぶみなと大通りで、西波止場は現在の大桟橋埠頭、東波止場は現在氷川丸が係留されている場所辺りとなる。

この大桟橋埠頭にある国際客船ターミナルは1995年に実施された国際コンペで、イギリス在住の建築家、アレハンドロ・ザエラ・ポロとファッシド・ムサヴィ両氏の作品が最優秀案に選ばれ、2002年にその完成をみたものだ。
この日関内から歩き始めた終着点がこの国際客船ターミナルとなった。
木のデッキと芝生が緩やかな起伏を描きながら桟橋の突端に伸びていく斬新なデザイン、よくもまあ、あの案を実現できたものだと、ウォッツォンのシドニーオペラハウスの例を思い出しながらゆっくりと見て歩いた。

デッキに腰を下ろし沈み行く真っ赤な夕日を飽かずに眺めた。
遠い夕日を眺めその日一日を反芻しながら、初めて横浜のことが分かってきたような気がした...。

by finches | 2012-10-24 09:16 | 無題


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