961■■ 楓-十一月
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筆者には好きな大楓の木が三つある。
一つは写真の楓で、毎日曜日に通う温泉への道中にそれはある。
もう一つは、これも月曜から土曜日まで毎夕通う温泉への道中にある三本大楓だ。
最後は、長い東京暮らしの中でも紅葉の頃になると必ず思い出していた子供の頃に遊んだ里山の、その斜面に聳える大楓だ。

前二つの紅葉の具合を確かめながら、最後の大楓の紅葉を見に行くのを今から楽しみにしている。
その里山が真っ赤に染まる紅葉の記憶は年を経ても消えることがなく、毎年その時期が来る度にその記憶は鮮やかに蘇り、「あの紅葉を見に帰りたい」と、思い続けたものだ。
だが、こうして日ごとに遅遅早早と微妙に変化して行く紅葉を見ていると、その最も美しい瞬間を見ることは遠くに暮らしていては所詮無理で、日々の暮らしをその中に置いていてこそ、その一瞬の出合いに立ち会うことが許されるのだと思った。

二日前の日曜日、写真の楓の木の下で川面を見ながらサンドイッチの昼食をとった。
杣の森へと続く川、その流れに沿うように鉄道が北へと延びている。
そして、その鉄道の向こうにはこの写真の道が完成するまで使われていた旧道が北へと延びている。
そんな景色を眺めながら、この旧道がかつての人々の暮らしの中にあった道だということを改めて考え、これから訪れようとしている温泉の地名の由来も初めて理解できた気がした。

その日もその温泉には読みたい本を持ってでかけた。
十二畳の部屋には筆者一人、そこから湯殿に行き、戻ると本を読む。
そんなことをいつも3、4回繰り返す。
この日は真昼の日射しが南から射し込み、立ち昇る湯気の粒子がまるでミストサウナにいるように一粒一粒輝いて見えた。
それを見ていると、湯煙ではなく、今正に生まれたての微細な水の粒子がピチピチと弾けるように空間を覆い尽くし浮遊し逆光に輝く様がよく分った。

帰り道、大楓は薄暗くなり始めた中に色を失いつつある周りの色と同化するようにポツンと立っていた。
川風がこの大楓の紅葉の出来映えを支配していると思いながら、「今年は葉が落ちるのが早いなあ」と、思った...。

by finches | 2012-11-20 06:36 | 季節


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