カテゴリ:持続( 17 )
998■■ 鏝
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東京京橋の西勘本店は左官鏝を扱う老舗で、それらは店の奥に鎮座している。
勿論値段もいい。

鍛冶屋が作る鏝と違い昨今のホームセンターに並んでいるものは、プレスで打ち抜いた板に柄を溶接したものばかりで、それは数百円から手に入る。
それらは使い捨てで、柄が取れたらお仕舞い、新しいものに買い替える。

そこには良い道具を手入れして使い続けるという文化はもうない。
腕の立つ職人が持つ手入れの行き届いた使い込んだ道具が如何に美しいものか、それらが生み出す仕上がりが如何に研ぎ澄まされているか、それさえも知らない職人が使い捨ての道具を使い野帳場の仕事に身を削る。

素人が高価な鏝を揃えるのは流石に愚か、然りとて数百円の鏝で済まそうとも思わない。
我が家にあった鏝の中から三本を選んで手入れをしてみた。
モルタルや漆喰が付着し、厚く錆びている代物ばかりで、それらを削り落とすことから始めた。

ところが使ってみると滑りが違う。
どうせ安物には違いなかろうが、以前とは全く違う風格も出てきたから不思議なものだ。

それらを、家人は、綺麗だと言う...。

by finches | 2013-11-10 10:37 | 持続
965■■ 湯たんぽ

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突然湯たんぽを使ってみたくなった。
そこで、当然昔ながらのブリキの湯たんぽを探した。

毎朝、温泉から汲んで来た水で顔を洗っているが、ここにきて流石に冷たい。
その冷たさがシャキッとして気持ちのいいところもあるが、これからますます冷たくなると思うと、と考えるところもあった。

湯たんぽを使ってみようと思ったのは、温泉のお湯を湯たんぽに入れて眠り、朝はぬるくなったそのお湯で顔を洗ったら最高だろうと思ったからだ。
昨夜は湯たんぽ使用開始二日目、布団は温かいし、朝の洗顔も何とも気持ちがいい。

使用開始一日目の湯たんぽ係は家人が務めた。
3.6リットルの容量いっぱいに湯を入れるために計量し、それを2回に分けて沸かしていた。

使用開始二日目の湯たんぽ係は筆者が務めた。
計量は600mlのペットボトルで6回、薬缶は庭のガラステーブルの横にオブジェとして置いていた銅製の大薬缶を使い1回で沸かした。

この銅製の大薬缶、函館の名刹高龍寺の什器をご縁があっていただいたものだ。
一年余り何もせずに放置していた薬缶の中には雨水が溜まっていたが流石に銅の力は凄い、溜まり水は腐ることも汚れることも藻が付くこともなく、軽く洗っただけで直ぐに本来の薬缶としての機能を発揮した。

温泉の水はこの地方の名泉の中でもずば抜けた泉質だと筆者は思っている。
そのお湯を湯たんぽの中で一晩寝かせたことで、洗顔のお湯は一段と円やかさを増し、銅製の薬缶が確信こそないが何らかのプラス効果を付加しているように感じられた。

考えてみれば湯たんぽは昔の人が考え出したエコ商品だ。
お湯は暖を取るためのストーブの上に置いておくだけで沸いてくる。
そのお湯を無駄なく使う生活、それは正に循環型のライフスタイルと言えるだろう。

昔の人が普通に使っていたものが今一番使いやすい。
そこには足すことも引くことも必要としない淘汰された完成形がある...。

by finches | 2012-12-02 08:36 | 持続
911■■ ヒバの板張
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総檜造りの家はあるが総ヒバ造りの倉庫を見るのは初めてだった。
長い風雪に耐えたヒバの外壁を見て、改めてこれで良いのだと思った。

正しい材料を選び、正しい使い方をすることで、何十年もメインテナンスを必要としないものができるという証拠がここにある。
銀鼠色に経年変化した板壁が逆に枯れた趣を醸しているようにさえ思う。

この板壁には学び考え追い求めなければならないテーマが隠されている。
ECO、エコと唱える前に、この国の気候風土を知り抜いた先人の知恵から学ぶべきものは多い。

ヒバをこれ程身近なものに感じたことはなかった。
癖のある匂い、黄色味を帯びた色、それはその耐久性からある限られた見えない場所に使うか、ある限られた場所に高級材として使うか、そんな印象を強く持っていた。

友人宅で使っていたヒバの三等材、傷だらけになった無塗装の床は使い込んだ光沢を放ち、風呂桶はシットリと落ち着いた色調に変わり狂いも痛みも汚れもなかった。
浴室に敷いた簀子は半年に一回ブラシで洗えば良いそうで、壁の汚れも石鹸さえ使わなければ付かないのだと聞かされた。

その友人がくれたヒバの俎板を大切に使っている。
考えてみればヒバとの出合いはその俎板から既に始まっていた。
そして、何年もかかってその板を挽いた製材所にまで辿り着いた。

そこでこれまでとは違うヒバの魅力を知った。
それは高級材としてではなく、本物のECO材料としての...。

by finches | 2012-06-23 05:56 | 持続
910■■ 古い製材機
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製材所では黙っていると製材した材木や加工した製品だけを見せてくれる。
話が弾むと創造力を掻き立てられるような大きな板材や原木、そして乾燥場なども見せてくれる。
だが、原木を縦にわく製材機までは余程興味を示さない限り案内はしてくれない。
それには危険だという理由もある。

ヒバだけを扱うこの製材所の機械は古いものだったが、人の力では到底扱うことのできない大木を軽々と転がし、まるで手品師が指先で幾つもの球を自在に扱うように、帯鋸を入れたい向きに合わせて大木の向きを自在に変えることができた。
木の目を読み違えると高速で回転する帯鋸がその部分を切り裂いた瞬間、ヒバの大木は急速に凄まじい力で帯鋸を締め付け、一瞬の内に高速回転している刃を圧し折り、その破片はどこに飛ぶやら分からないというから、一歩間違えば正に命に係わる作業だ。

古い製材機は何十年にも亘って故障を直し部品を交換し油を注して使い込まれたものだった。
その黒光りする機械の美しさ、使い込まれた操作卓の傷の一つひとつに、人間と機械との長く真剣な戦いの歴史の痕を感じた。
いつも感じることだが、大正や昭和初期の機械が現役で動いているのはいいものだ。
決まってそんな所には巧い職人もいる。

デジタルの機械は故障すれば基板をすっかり交換しなければならない、人の手が入ることを拒絶するブラックボックスだ。
だが、アナログの機械は直しながら使い続けることができる。
ヒバの香りに包まれて元気に働く古い機械たちは輝いていた。
ここを訪ねて良かった...。

by finches | 2012-06-22 06:02 | 持続
833■■ 過去との共存

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この昭和6年(1931年)に竣工したビルも前稿の交差点に面して建ってる。
だが、近い将来道路拡幅に伴い撤去される運命にあるようだ。

同時代の建物が全て姿を消した今、若干の昭和モダンの匂いは感じるものの,特段力量のある人の手によるものとは思えないこのビルにさえも懐旧の念を抱く。
それはこのビルが建設された当時にあって、今にないものをこの建物から感じるせいだろう。

この交差点に面して建つ二つの明治期の煉瓦造建築や大正期の石張り建築と対峙しても、このビルは決して見劣りなどしていない。
それは前者が金をかけ様式という厚衣を纏っているの対して、後者は昭和モダンの薄衣を纏っただけの潔さがあるからのように思う。

このビルとこの交差点の周りを埋め尽くす戦後のビルとの間にある決定的な違い、前者にあって後者にないもの、それは前者の時代にあって後者の時代にないものと言えるかもしれない。
それは、ものづくりへの一途な信念であり、熱き気概ではないかと思う。
そして、建築を単体として捉えず、街並みや環境や風土との共存同栄を考えていることだろう。

そして、もう一つ、そこには街づくり国づくりに向けての時代の風が吹いていたことだ。
きっとそれは爽やかな南風だったに違いない...。

by finches | 2012-02-24 03:24 | 持続
799■■ 切出し

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切出しとは細長い鋼の先端に斜めに刃をつけた小刀を言う。
記憶に残る切出しと言えば鞘付の安物で、それで鉛筆を削ったように思う。
子供心に切出しは刃が鋭く危険で、用心して使わないと怪我をすると緊張したことを覚えている。
その頃は刃物は自分で研いで使うものだとは知らず、結局切れ味が悪くなりそのまま使わなくなってしまったように思う。
そして、そのうち刃を折りさえすれば新しい刃に蘇るカッターナイフを使うようになってからは、切出しのことを思い出すこともなくなっていった。

考えてみれば和包丁を使うようになってから刃物への意識が一変したように思う。
取り敢えずと買った和包丁は結局手にしなくなり、後に選んだものだけを使うようになった。
一昨年、三本あった鉋を大工に見せたところ、そのうちの一つだけは増しだと言われ、丁寧に錆を落とし研いでくれたその一本を手許に置いた。
昨年、取り敢えずと買った電動丸鋸は結局格下の作業にまわし、大工が使うプロ仕様のものを求め直した。

取り敢えずと買った和包丁と電動丸鋸、そして大工が安物と放り投げた2本の鉋、これらに欠けているのは切れ味と作りの丁寧さだ。
そして、その違いを通して実感したのが、よく切れる道具即ち良い道具とは安全だということだ。
そしてもう一つ、良い道具とは長持ちし、手入れさえ怠らなければ一生使え、使い込む程に風合が増してくるということだ。

そんな訳で切出しも竹専用のものを手に入れた。
安来青紙鋼を使って鍛造された切出しはズシリと重く手にピタリと馴染む。
刃の角度も実際に使ってみると成る程と思った。
何度か使ううちに硬い刃も刃こぼれを起こしたが、今では研ぐことを知っている。
刃こぼれは先ず粗砥で平滑に戻し、中砥で刃先を整え、仕上げ砥で磨くように研いだ。
研ぎはまだ上手くはないが、そのうちには上達もするだろう。

この切出しを手に入れたことで新潟県の与板という町と与板鍛冶のことを知った。
そして、今では長岡市の一部になっているその町をいつの日か訪ねてみたいと思った...。

by finches | 2012-01-21 04:03 | 持続
767■■ 白蟻の道
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離れの8畳は寒い所だった。
それは冬だけに限って寒いのではなく、夏でも涼しいなどとは程遠い、芯から冷えるそんな底冷えの寒さだった。
また、その部屋は下地が腐っているのか、歩くと嫌な下がり方をする箇所が随所にあった。

あの寒さで冬は越せないと、全ての畳を剥がしてみた。
すると、通常なら杉板の筈の座板全てにベニヤが使われ、そのベニヤが長年の湿気でふやけ、荷を支える力がなくなっていることが畳の下がる原因と分った。
そして、あの嫌な底冷えの原因もこのベニヤのせいだと分った。

ベニヤを全て取り除いてみると、大引の一本が白蟻にやられていた。
気持ちのいいものではないが、軟らかいところを上手いこと食べている。
大引と一緒に外した束に蟻道が残されていた。
白蟻は防蟻剤を塗った束は避け、何も塗られていなかった松だけを食べている。

目のない白蟻はこんな蟻道を作りながら床下に侵入し、垂直に上がれる場所を探してこの束の立つ束石にたまたまぶつかったのだろう。
そして、蟻道を上へと伸ばし一本の大引だけを食べ、何か知らの理由でこのせっかくの場所を放棄したのだろう。

目のない白蟻がこの土を固めた蟻道の中を行き交う様を余り想像したくはない。
だが、目のない白蟻が集団で行動するために、こんなトンネルを作る知恵を授けた生物の神秘には驚かされる...。

by finches | 2011-12-18 09:06 | 持続
737■■ 調和する

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自分好みにカスタマイズした新しいデスクトップを組み立てるのを止めた代わりに、新しいノートが仲間に加わった。
お蔭でこれまでのメインのデスクトップに全てを依存し、その他はサブ扱いだった環境も至ってシンプル且つ明快な構成に変わり、古いものと新しいものが共存でき、逆に3台+タブレットそれぞれの個性を生かせる環境が整った。

インターネットでの検索も画面の大きさよりも、スピードが速く、画面を素早く切り替えられるタブレットの方が断然使い易い。
しかも決った机に向かわなくてもいいという気安さや、大きなテーブルに様々な資料を広げて一緒に使える便利さがいい。
そして、電子辞書を手元に置いておけば鬼に金棒、図書館が傍にあるようなものだ。

話は替わるが図書館といえば、図書館のインターネットやAVのコーナーなども、ああではなく、本というアナログの資料とデジタル機器が一体になって縦横に検索できるようになるのがこれからの望ましい方向であり姿だと思う。
この世界中から検索できるということが重要なのだが、分っていない人が多過ぎるから困る。
もしそのようになれば、筆者ももっと図書館を利用するようになると思うのだが。

さて、今朝のテーマは『調和』だが、今朝も話が逸れに逸れて図書館まで行ってしまった。

構成がシンプルになるとそこには美しい調和が生まれる。
もちろん写真のタブレットとノートにはデザインの完成美がある。
だが、それはソフトとハードのアーキテクチャー、それら内面のデザインの美しさが表に出ているもので、思い付きだけで外面だけをあれこれと弄った他者とは全く異なる次元のものだ。

また、美しいものは使っていて楽しい。
楽しいと次々に新しい発想が生まれるから更に楽しくなる。
そして、空気さえも澄んでくるように思う...。

by finches | 2011-11-10 04:05 | 持続
736■■ 新しさと古さ

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一昨日のWindows PCからのiTunesとQuickTimeの切り離しに続き、昨日はそのPCから左のソフトを始めとする不要なソフトやデーターを可能な限り削除し、それによりOSの入っているパーティション、つまりCドライブの空き容量も36%まで拡大し、データの断片化もほぼ解消された正常な状態を取り戻した。
続いて実施した旧バージョンのQuickTimeのインストールにより、不具合が生じていたソフトも予想通り正常な状態に回復した。
これからは10年前に近い今の環境を維持しながら、スタンドアローンの片腕として大切に使っていこうと思う。

ところで、Windows XPが登場したのは今から10年前の2001年のことだが、それまでWindows9x系とWindows NT系に分かれて開発されていたものが初めて完全な状態に統合され、それらがXPとして生まれ変わった。
因みにXPとは、『経験、体験』を意味するexperienceに由来している。
このXPの登場により、それまでとは全く違う安定性と堅牢性がもたらされ、我がPCもこの10年大きなトラブルもなくハードな仕事をこなしてくれた大切な相棒だ。

昨日のブログの最後に、「古いものを無理やり新しい環境に合わせようとするのを止め、古いものをかつて最新だった頃の安定した環境に戻してやる、そうすることで古いまま使い続けることを可能にできる」と書いた。

新しくするのではなく、元の古い状態に近づけてやる、戻してやる、という発想に頭を切り替えたこと、そのことに気付いたことは思わぬ大きな成果だった。
そして、自分の目で冷静沈着にしっかりと見ることで、今本当に何が必要なのかが分ってくると思った。
そのことに気付いた小さな感動、それはこれからの生き方にきっと反映される大きな教訓だった...。

by finches | 2011-11-09 05:26 | 持続
735■■ ADSC支店
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この一年の間に古くなったパソコン2台を処分し、3台が壊れ、残るは2台だけとなった。
そして、2台のうちの一つにインストールしたソフトの具合も少しおかしくなり、新しいパソコンの組立に向け準備を始めていた。
小さな不具合というものは往々にして大きな不具合の前兆で、それを見逃すととんでもない不幸が待ち受けているものだ。

だが、ここに来て大型のデスクトップが1台増えるのも邪魔だ。
ソフトの具合がおかしくなった理由はそれに同期しているソフトをアップデートした為と考えられた。
ならば、ハードやOSに加え、そのソフト自体も最新のものにしなければ問題は解消されないことになる。
だが、そのソフトはこのままで十分ときているから困った。
それに、ソフトの更新に毎回付き合っていたらそれこそエンドレスで、その費用も馬鹿にならない。

そこで、発想を切り替え、古くなった今の環境に弊害をもたらす新しいものの方を取り除くことを考えた。
そして、音楽と映像をコントロールしているソフトと関連データの全てを新しいパソコンに移すことにした。
前置きが長くなったが、そんな訳でカスタマイズしたMacを注文した。

今朝書きたいと思ったのはこれから先で、Mac注文から到着までのことだ。
注文したのは10月31日、そして出荷の知らせは11月2日に届いた。
そこで、荷物の発送状況をネットで追っていて、その流れに興味を持った。

Macのカスタマイズは中国で行われ、11月2日はそれがクロネコヤマトの上海支店で受付られた日であることが分った。
そして、翌3日に上海支店を出た荷物は国際貨物便で上海浦東国際空港から羽田か成田空港まで空輸され、出荷から3時間後にはADSC支店の担当扱いになっている。
羽田か成田着が3日の19時、通関を経てADSC支店からの発送が5日の13時34分、そして筆者の手元へ届いたのが翌6日の15時28分だった。

この一連の流れの中で筆者の興味を惹いたのは、ADSC支店って一体何だろうということだった。
調べてみるとADSCとはApple Delivery Support Centerの略で、クロネコヤマトのアップルの荷物だけを取り扱う専用の支店で、どうも品川近辺にあるらしい。
なんだかADSC支店というのが怪しげに思えて調べてみたのだが、ネット検索をすると同じ興味を持つ人間が他にもいるもので、それには驚きそして苦笑いした。

そして、羽田空港の国際線の到着時間が先の時間と合わないことから、羽田国際貨物ターミナルやら、羽田空港と上海虹橋国際空港を結ぶ民間航空に対して、国際貨物便は上海浦東国際空港を使っていることやら、思わぬ方向にまで調べが進み楽しくもあった。

さて、昨日は慣れないMacと悪戦苦闘しながら、なんとかWindowsデータの移行を終えた。
古いものを無理やり新しい環境に合わせようとするのを止め、古いものをかつて最新だった頃の安定した環境に戻してやる、そうすることで古いまま使い続けることを可能にできる、そんなことを学んだこの度のMac購入だった...。

by finches | 2011-11-08 03:47 | 持続