カテゴリ:無題( 215 )
1006■■ 燻製
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どこでも、ということはないだろう。
いつも、ということもないだろうが...。

日曜日たまたま訪れた開店直後のスーパーは既に買い物客で賑わっていた。
瑞々しい野菜、新鮮な魚、量り売りのブロック肉、そんなコーナーが設えられ、そのいつもと違う趣向に活気付いているようにみえた。
筆者もその雰囲気に釣られるようにベーコンブロックをカゴに入れた。

ベーコンブロックは燻し色をしていたが、切り口から冷燻だと思われた。
大きなバラ肉全体を薫煙したものをブロックに落とさなければこうはならない、即座にこれは使えると思った。
薫煙をかけ直せばもっと美味くなる、と想像も膨らんだ。

よく使うチップは、ナラ,クルミ,サクラ,ヒッコリー、このあたりが多い。
手元には温燻用にヒッコリーとリンゴ、 冷燻用にクルミとナラがあった。
それらからヒッコリーを選んだ。

いつもよりもかなり長い3時間燻煙をかけた。
出来は上々。
厚めのベーコン、これを焼くとたまらなく美味い...。

by finches | 2014-03-07 08:12 | 無題
1005■■ 古本屋
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高校時代、街には3軒の書店があった。
それらは子供や学生から大人までが利用する街では大きな書店で、いつも大勢の客で賑わっていた。
そして、これらとは別に雑誌を主に扱う店や、兎に角雑多な書籍で溢れている店や、古本や古書を扱う店など、それら小さな店と大きな書店とが程よい距離を保って共存していた。

その中でも一軒不思議な雰囲気の店があった。
その店はアーケードのある二つの商店街を繋ぐその中間辺りにあって、商店街の名前こそあるがアーケードのない、どこか裏寂れた雰囲気の漂う通りに面していた。

その店は通りを挟んで斜向かいに一対あった。
斜向かいに建つ二軒其々にどんな本が置いてあったかは憶えていないが、少なくとも片方には透明なビニールに包まれた怪しい本が並んでいた。

あれから長い年月が流れ、怪しい片方は昔の面影を残す錆びた看板をそのままに、店を閉じていた。
そして、一方は今尚現役の古本屋として、一人二人と少ないなりに人の出入りがあった。

初めて見るその空間はどこか懐かしく、まるで遠い昔にタイムスリップしたように感じられた。
蔵書を増やすために行き止まりになった通路を、行きつ戻りつしながら全てまわった。

そこはまるで図書館のようで、思わず店主に岩波文庫『大君の都』はないかを尋ねていた。
そして筆者は岩波の棚で見つけた『西田幾多郎歌集』を手に店を出た。

今、『大君の都』が手元にある。
その店で思わず尋ねなければ、手に入れることはなかったかも...。

by finches | 2014-03-01 11:29 | 無題
1003■■ 復路機中にて
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出発の朝この地では珍しい濃霧に覆われたが、東京では春の陽気に汗をかいた。
二日目は朝からの冷たい小雨が、夕刻を前に雪に変わった。
三日目は一枚着込めば丁度いい、そんな冬らしい寒さに戻った。

慌ただしい二日半ではあったが、予定は卒なくこなせた。
新しい出会いもあったし、発見もあった。
そして、いつものように、新しい発見は新たな疑問を生んだ。

だが、新しい疑問に立ち向かい、悩み考え調べるのは楽しいことでもある。
遠路遥々調査を依頼した図書館の丁寧な対応と、惜しみない協力には随分と助けられた。
法務局でも調査の意図を告げると、通常なら閲覧に辿り着けないであろう資料まで出してくれた。

最後に訪れた図書館では新たな知見に震えた。
それは筆者の予想を否定し、新たな方向を予見させるものだった。
だがそれは、筆者が明らかにしようとした「未来」を終焉させることを暗示していた...。

by finches | 2014-02-02 17:43 | 無題
1000■■ 大晦日
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頼んであった煙突が北海道から届いた。
煙突は地元のホームセンターでも買えるには買えるが、北国のものは作りが一味違う。
灯油であれ薪であれストーブには煙突が付きものだが、人々の暮らしと一つになったその長い歴史が、煙突ひとつをしていい加減さを許さない、それがもの作りに表れている。

梱包を解き安価な薪ストーブに煙突を繋いでいった。
メガネ石は手持ちの材料で代用した。
昔小学校にあった石炭ストーブの煙突のことを思い出しながら、何とか形になった。

薪割りをしてから2年近く乾燥した柳はよく燃えた。
時折薪が爆ぜる音を聞きながら、セイゴの燻製を焼きながら、低い木の椅子に座って炎を見ている。
静かな大晦日、正月を迎える準備も年賀状を除き万端整った...。

by finches | 2013-12-31 14:52 | 無題
994■■ 階段の小物たち
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階段にはいろんなものが置かれている。
古い煉瓦、白い大理石、赤い陶板、籐編みのパネル、古い碍子、故宮の瓦、梟の置物、額絵、本、などなど。

栗板の上には小さな小物たちが並んでいる。
家人がカンボジアで買った楽器たち、鳥笛、遥々千葉で買い求めた竹刀、階段の灯りの製作を頼んだ作家からいただいたガラスのオブジェ、函館の坂上のギャラリー店主からいただいた招き猫、アクリルのオブジェ、東京の粋人からいただいた万年筆のピン飾り、家人がくれた和紙紐、などなど。

友人がくれた首長の花器には薄がよく似合う。
同じ友人がくれた小額の中では天女の顔が微笑んでいる。
別の友人がくれた額絵の招き猫は、ひとつは左手ひとつは右手を上げている。
どれもこれもみんな、大切な宝ものだ。

本を読むには暗い階段だが、上り下りはいたって楽しい。
時々、小物たちを並べ替えたり、文庫や新書の順序を入れ替えたり、階段に座って眺めるだけでも楽しいものだ。

未完成の階段はまだまだこれからも進化する予定だ。
それをあれこれ考えるのが、また楽しい...。

by finches | 2013-09-06 06:26 | 無題
992■■ 影

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昨日の柿の木の温度計は38度を示し、噴き出す汗にひとり得心をした。
その夏の強い陽射しが毎朝白塀に鮮明な影を創り出す。

それぞれの色を持つ竹も棕櫚縄も朝顔も黒い影に同化し、それぞれのシルエットも同一平面に転写される。
竹は吊り橋の主塔のよう、棕櫚縄はメインケーブルとハンガーロープのよう。
ならば、朝顔は何に喩えよう。

明石海峡を跨ぐ吊り橋はメインケーブルから、デコレーションライト用ケーブルがハンガーロープを伝い下りている。
朝顔は正にこれだ。

そのケーブルがどっち巻きだったかは忘れたが、朝顔の弦は間違いなく左巻きだ。
暑い陽射し、目を射るその強さ、だが、それがあって黒い鮮明な影が結ばれる。
夏本番、それにしても暑い...。

by finches | 2013-07-21 10:16 | 無題
991■■ 糠床
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絶妙の味加減を安定維持していた糠床、その味を迂闊にも狂わせてしまい、その味の復活にあれこれ挑んだものの、とうとうその味は戻らず諦め新しい糠床を作ることにした。
新しい糠床を仕込んでちょうど四日目の朝、初めて蓋を開け掻き混ぜ、味を整える試し漬けに入った。

容器はホウロウから『1995年 未熟樽』と墨書されたわが家の木樽に替えた。
蓋の密封度はホウロウに劣るものの、木肌を通して呼吸できるその素材は、冬は温度を保ち夏は下げてくれる、まさに生きている優れものだ。

古い糠床は八朔と八朔の間の固い土を浅く耕してそこに埋めた。
糠床の微生物が今度はいい土を作ってくれる筈だ。
循環型のライフスタイル、心の持ちようで全てを豊かに変えてくえる。

打ち水を終えた庭の小径を眺めながら文字を打つ朝のひと時。
今日も暑くなりそうだが、柿の木の下は涼しい海風が抜けてゆく...。

by finches | 2013-07-14 07:55 | 無題
988■■ 東京

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昨日、台風が温帯性高気圧に変わったことで、東京以西は随分と気温が上がったようだ。
一方、東京は久方振りに梅雨に舞い戻ったように、終日小雨が降り続いたが、その酷暑からは解放された。

今朝、外を見ると一つ二つと傘の華が、クルクルと回るように、スーっと滑るように、同じ方向に移動していた。
そこで、朝の散策と外での朝食は取り止め、ゆっくりと部屋で過ごした。

雨は止んだ。
散策を兼ね、ゆっくりと八重洲に向けて歩いた。

途中、遅目の朝食をとった。
老舗の心地よいサービスと苦めのコーヒーが、一日の始動の力をくれた...。

by finches | 2013-06-14 10:24 | 無題
981■■ 窓下の景色

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風化花崗岩をクラッシュして小粒にしたものを散砂などと名付けて売っている。
花崗岩が風化した土は真砂土と呼ばれるが、その土を掘ってふるいにかけると天然の風化花崗岩の豆石が採れる。
クラッシュして人工的に作られたものと違って、天然のものには柔らかな味わいがある。

その天然の豆石を幾つもの円錐形の山にして置いていたが、それが伐採木を乾燥させるための格好の支点となり、最後には比較的口径の大きい数本を残して玄関先のオブジェにした。
今は、その井型に組んだ伐採木の間に自然に落ちた柿の枝と、剪定で間引いた蜜柑の枝を挿している。

隣人もやって来る人もきっと不思議に思っていることだろう。
筆者としては花を活けているつもりなのだが、きっと万人にはそうは見えないだろう。

我が家で『松本ブルー』と呼んでいる朝顔をここに植えたいと思っている。
無数の青い花が創り出す空間、それはきっと幻想的な世界だろう。
Heavenly Blue、それは一人の亡き友人が好きだった花だ...。

by finches | 2013-04-14 11:32 | 無題
979■■ 薪割り
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長年の念願だった薪割りを楽しんでいる。
念願だったのだから楽しんではいる、だがしかし、それはかなりの重労働を強いられる。

それは先ず伐採木を30センチの長さで輪切りにするところから始まる。
結果、1本の伐採木から5~6本の薪割り用の丸太が得られる。
チェーンソーで切れば簡単なのだが、生木を鋸で切るのは結構しんどい。

チェーンソーがないのかと言えば、あるにはある。
だが、たとえ不本意に伐採木になったとはいえ、命を半ばにして経たれた柳の無念さを慮る時、切るのにもそれなりの構えと言おうか作法があるように思う。

当然、丸太を薪割機で割るなど、愚の骨頂と言うか邪道以外の何物でもない。
そんな楽をしてはならない。
やはり、薪割りには斧を使わなければいけない。

鋸で挽き、斧で割ってみると、その木の癖がよく分かるものだ。
咲き始めた春の花を横目に、薪ストーブもないのに薪を割ることは是か愚か分からない。
だが、薪が先にあってもいいように思う。
この薪に似合った小さなストーブを探す楽しみもある...。

by finches | 2013-03-26 12:58 | 無題