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066■■ 白川郷・明善寺
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昨日、運転、川遊び...。
今朝、重度疲労...。

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10時、新富町改札...。
明石小学校、見学会...。

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by finches | 2009-06-21 07:47 | 無題
■■ 福島第一原子力発電所における津波想定高さの考察 01~09
01.はじめに

東日本大震災の発生から三週間が過ぎ、未曾有の被害をもたらした巨大津波は想定外であったと言われています。
しかし、万が一にも起こしてはならなかった原発事故が想定外として片付けられることは、決してあってはならないし許されることではないと思います。
そこで、想定外と片付ける前に、本当に津波の想定高さには誤りはなかったのか、本当に津波の高さだけではなく津波によって引き起こされるあらゆるリスクについて検討を重ねた結果、設定された数値であったのかを考えてみようと思います。

さて、筆者の手元には幾つもの研究論文があります。
それらの資料を基に津波の想定高さについて考えていきたいと思います。
そして、原発事故に想定外という逃げ道はないこと、これは専門家を含めた関係者達の責任による人災であることを解明したいと思います。



02.貞観津波

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近年の津波研究によってその被害の実態が科学的に解明され、その結果は歴史書やこの地方に伝わってきた津波伝説や伝承とピタリと一致するものでした。
そして、津波による堆積物などの詳細な調査から当時の津波の高さが想定され、浸水区域から震源地とマグニチュードや地殻変動の長さや範囲が計算され、それらを元に実際の津波を三次元でシミュレーションするところまで研究と解明は進んでいます。
当然、それらの研究は現実の津波対策、取り分け安全を最も優先すべき原子力発電所に於いては、その研究成果を真摯に受け止め実際の地震・津波対策に反映させる責任があったと思います。

さて、東北地方に於ける津波の研究論文を読み解いていこうと思います。
しかし、ただその全文を掲載したりリンクを貼る方法ではなく、また、分かり難い個別の論文を取り上げて解説するのでもなく、それらの複数の論文の趣旨を先ず咀嚼した上で、分り易いことばに置き換えて説明を加えながら考えていこうと思います。

平安時代の貞観(じょうがん)11年(869年)に三陸を襲った貞観津波という巨大津波があります。
この津波は1990年に箕浦幸治・現東北大学教授らにより貞観津波の堆積物が発見されたことで明らかになりました。
その津波は平安時代に編纂された歴史書 『日本三代実録』 の記録に登場し、光を伴った鳴動と共に大地震が起き、次いで押し寄せた津波は平野の奥深くまで侵入し陸奥国府の城下まで達し、千人を越す犠牲者が出たことが書かれていますが、その歴史書の記録に残る津波を地質学的に実証した点で、箕浦教授らの発見は正に画期的なものでした。



03.津波災害は繰り返す

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1990年に箕浦東北大教授らによる仙台平野での津波堆積物の発見から869年貞観津波の存在が地質学的に実証されました。
もともとこの地域は多賀城跡の考古学的発掘調査が長年にわたって行われてきた関係で、その地層に含まれる砂層の存在はそれより前から分かっていたものと推察されます。
箕浦教授らはその砂層と泥炭層がつくる地層をジオスライサーによる掘削と、放射性炭素によるその成分の年代測定をすることで、その最上部にある砂層が貞観津波によるものであることを解明し、同時にその下に先史時代の巨大津波の跡を示す二つの砂層を発見しました。

この時に発見された最下層の砂層は今から3000年前のもので、869年貞観津波までの間には800年から1100年の周期で貞観津波に匹敵する巨大津波が仙台平野を襲っていたことが新たに分りました。
その後も更に箕浦教授の研究は進み、『貞観津波と低剛性地殻破壊による巨大地震津波再来周期(2001~2002年)』と、『貞観津波による津波被害の定量的評価(2005~2007年)』という二つの論文を発表されました。
そして、箕浦教授は上の論文の前者の一部を書き直され2001年に『津波災害は繰り返す』として、東北大学広報誌 『まなびの杜 No.16 (2001年)』に寄稿されています。

ここで箕浦教授の論文についてその発表経緯を説明しているのは、貞観津波の堆積物を発見した1990年の時点では貞観津波による浸水範囲と津波の遡上高さはまだ解明されていませんでしたが、2001年の時点では巨大津波が仙台平野に押し寄せ、それが繰り返される周期が指摘されていたことを時系列で知ってもらう為です。
言い換えれば、今から十年前には近々必ず起こる巨大津波の予想が箕浦教授の研究で明らかにされ、それは全ての専門家、研究者、東北大学学友、報道関係、そして原子力安全委員会、原子力安全・保安院、経済産業省、自治体、政府、東京電力、東芝、土木学会、原子力学会、それら全ての関係者がこの研究成果を共有することが出来ていたということです。

さて、箕浦教授の指摘を受けてか否かは分りませんが、複数の組織が協力してこの貞観津波の解析が更に進められました。
それは平安時代に起きた貞観津波という巨大津波をただ研究することが目的ではなく、近々起こる大地震とそれによる津波の高さと浸水範囲を予測し、防災に役立てようとする国家プロジェクトであったと推察さらます。



04.巨大津波の警鐘

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Research for tsunami hazards assessment-Historical data to estimate the tsunami source



箕浦東北大教授の『貞観津波と低剛性地殻破壊による巨大地震津波再来周期(2001~2002年)』によって、凡そ1100年の間隔で仙台平野に巨大津波が襲来している可能性が指摘されました。
続いて同教授は平成17,18,19年度の研究成果報告書『貞観津波による津波被害の定量的評価(2005~2007年)』を発表されました。

時期を同じくして文部科学省研究開発局の委託により、東北大学大学院理学研究科,東京大学地震研究所,産業技術総合研究所の協同による『宮城県沖地震における重点的調査観測』が実施され、こちらは平成17,18,19,20,21年度の五ヵ年に亘って行われました。

後者の二つは基本的な部分では貞観津波における浸水域の特定や津波の遡上高さ、破壊プレートの大きさや地震規模の解明など、時期を同じくして内容がリンクした研究のようにも見え、東北大学大学院理学研究科がその中心研究機関となってはいますが、箕浦東北大教授の名前はその中にはなく、全く独立した調査・研究であったようです。

その後産業技術総合研究所は、これらの研究で得られた成果を元に『仙台平野の堆積物に記録された歴史時代の巨大津波-1611年慶長津波と869年貞観津波の浸水域-(2006年)』と、『石巻・仙台平野における869年貞観津波の数値シミュレーション(2008年)』という二つの論文を発表しています。

もう一つ論文ではありませんが、2007年に開催された『地震・津波に関する原子力防災と一般防災に関するIAEA/JNES/NIEDセミナー』において、東北電力の橋本康男氏による『女川原子力発電所における津波に対する安全評価と防災対策』という大変興味深いテーマでの発表がされています。
 [筆者注記] IAEA:国際原子力機関、JNES:原子力安全基盤機関、NIED:防災科学技術研究所

このセミナーでは『Research for tsunami hazards assessment-Historical data to estimate the tsunami source』と題する今村文彦東北大学教授の発表も行われていますが、箕浦東北大教授の『貞観津波による津波被害の定量的評価(2005~2007年)』における理工学的解析を共同で行ったのがこの今村文彦東北大教授というのも大変興味深いところです。

筆者も箕浦幸治東北大教授の『津波災害は繰り返す(2001年)』と、東北電力・橋本康男氏の『女川原子力発電所における津波に対する安全評価と防災対策(2007年)』の存在はネットで知りそれらを手に入れていました。
ところが、入手したこれらの資料からはその発表された年と場所、更にはその目的が分からず、これらの中だけで結論付けられている一部の結果だけを取り上げることには躊躇と抵抗があり、その元となった文献,調査資料,論文などを探してきました。
現在、津波の想定高さにおいての報道や、週刊誌などで取り上げられている出典元の資料は概ねこれら二つだと思います。



05.巨大津波の襲来履歴

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Wikipedia/File:2011Sendai-NOAA-TravelTime-Ttvulhvpd9-06.jpg
[NOAAによる東日本大震災津波の予想到達時間試算]



地層に残る先史時代の二回の巨大津波の痕跡と、歴史時代の最も古い巨大津波である869年貞観津波の痕跡から、巨大津波の発生周期が凡そ1100年であることが解明されました。
文献に残る最も古い津波はこの貞観津波で、この津波が有史以後記録として残る最大規模の津波とされ、それから数えると今年は1142年目に当たり、いつ巨大津波が襲来しても不思議ではない正に秒読みに入っていたことが分り、そしてその警鐘は10年前には既に鳴らされていました。

ここで869年貞観津波以後、近年までに東北太平洋岸を襲った津波について少し触れておきます。
江戸時代になると津波の記録が多く残されるようになり、それによると1611年慶長津波が最初で規模も最も大きく、その慶長津波を含めて江戸時代には10回の津波の記録が残されています。
それらの発生周期を数字で追ってみると次のようになります。

 [江戸時代] 1611年慶長津波→66年→40年→46年→46年→30年→42年→8年→13年→5年(1861年文久津波)
 [明治時代] 1861年文久津波→33年→2年→1年(1897年明治津波)
 [昭和時代] 1897年明治津波→36年→19年→16年(1968年昭和津波)
 [平成時代] 1968年昭和津波→43年(2011年東日本大震災津波)

こうやって見ると2011年という年は約40年周期で繰り返される津波と、約1100年周期で繰り返される巨大津波の発生周期がほぼ一致してる年でもあることが分ります。

これらの中から取り分け大きな津波を整理すると次のようになります。
  869年 貞観津波
 1611年 慶長津波
 1896年 明治三陸津波 (大船渡で38.2m、仙台平野で5m以上)
 1933年 昭和三陸津波 (大船渡で28m超、仙台平野で3.9m)
 2011年 東日本大震災津波

869年貞観津波と1611年慶長津波の数値を考慮せず、また津波エネルギーが増幅される三陸海岸での数値は無視するとしても、1896年明治三陸津波と1933年昭和三陸津波だけの数値からして、5m以上の津波高さは想定していなければならないことが分ります。



06.貞観津波の高さ

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Numerial simulation of the AD 869 Jogan tsunami in Ishinomaki and Sendai plains



869年貞観津波と1611年慶長津波における津波の高さを整理しておきます。
先ず869年貞観津波ですが、出典ごとにその推定高さを並べてみます。

[貞観津波による津波被害の定量的評価(2005~2007年)/ 東北大学教授,箕浦幸治]
津波発生の理工学的解析を試み、貞観津波の数値的復原に成功したことで、仙台平野の海岸部では最大9mに達する到達波が7~8分間隔で繰り返し襲来したと推定、と述べられています。
更に、その結果は相馬市の海岸には更に規模の大きな津波が襲来したことを示唆している、と続いています。
更に別章には、相馬から気仙沼にかけての約6~12mという津波の復原データも示されています。

[石巻・仙台平野における869年貞観津波の数値シュミレーション(2008年)/産業技術総合研究所、他]
津波の遡上高さと最奥の津波堆積物の標高との比較表において、4.1mという数字が示されています。

[女川原子力発電所における津波に対する安全評価と防災対策(2007年)東北電力,橋本泰男]
調査の結果とした上で、2.5~3mという数字が示されています。
  [筆者注記] 具体的な調査内容についての明記はありません。

次に1611年慶長津波ですが、同じく出典ごとにその推定高さを並べてみます。
[貞観津波による津波被害の定量的評価(2005~2007年)/ 東北大学教授,箕浦幸治]
慶長津波の津波高さへの言及はありません。

[仙台平野の堆積物に記録された歴史時代の巨大津波-1611年慶長津波と869年貞観津波の浸水域-(2006年)/産業技術総合研究所、他]
記録によれば、宮城県岩沼市の阿武隈川沿いにある千貫山の麓に船が運ばれたらしい、との記述が見られます。

[女川原子力発電所における津波に対する安全評価と防災対策(2007年)東北電力,橋本泰男]
文献によるとした上で、6~8mという数字が示されています。
  
それでは前稿の空欄を埋めた上で、その他の東北沖を震源としないものも加えて並べると次のようになります。

 869年,貞観津波 仙台平野で9m
 1611年,慶長津波 仙台平野で6~8m(但し、根拠となる出典文献は不明)
 1960年,チリ地震 三陸沿岸で6m
 1968年,十勝沖地震 三陸沿岸で5m
 1896年,明治三陸津波 仙台平野で5m以上、大船渡で38.2m
 1933年,昭和三陸津波 仙台平野で3.9m、大船渡で28m超

これらのデータはそれぞれの算出根拠は異なるとしても、そのデータが示す通り貞観津波の高さが決して特異なものではないことが分ります。
即ち1100年周期で予想されている巨大津波への万全の備えとして、少なくとも原発においては貞観津波の高さに安全率を掛けた値を想定高さとすべきであったと考えられます。



07.東北電力の場合

b0125465_18282039.jpg[Photograph source]
女川原子力発電所における津波に対する安全評価と防災対策



東北地方沿岸に或る周期性をもって襲来する巨大津波の存在、その最大の高さは9mに達するものであることが東北大学箕浦教授の『貞観津波による津波被害の定量的評価(2005~2007年)』で明らかにされました。
また、同教授はその論文の発表に遡って2001年には東北大学広報誌・まなびの杜に『津波災害は繰り返す』を寄稿され、その中で既に巨大津波の周期性と最大高さについて言及されていました。
そこで、今回は原子力発電所における津波への対応はどうなっていたのかを一つの事例を基に考えてみようと思います。

それは2007年に開催された『地震・津波に関する原子力防災と一般防災に関するIAEA/JNES/NIEDセミナー』で、東北電力の橋本泰男氏によって発表された『女川原子力発電所における津波に対する安全評価と防災対策』の中に見ることができます。
全14ページのPowerPointによるプレゼンテーションで、実際の東北電力における津波対策を、上のセミナーのためにまとめられたものと思われます。
写真の左上から始まり右下で終わる全14ページですが、中身の12ページについてその内容を説明したいと思います。

[2ページ] 東北電力の持つ2つの原子力発電所、青森県の東通原子力発電所と宮城県の女川原子力発電所の位置と概要が示されています。

[3ページ] 女川原子力発電所の安全評価のフロー図が示され、既往津波高さの調査、支配的な歴史津波の選定、数値計算、予想最高水位と予想最低水位、と続いています。
そして、フロー図の最後に評価として、津波遡上による陸上構造物の被害なし、最低水位時の原子炉冷却用水量の確保、と結ばれています。

[4ページ] 文献調査として、多くの津波が三陸沿岸に来襲したことが挙げられ、日本で発生した869年貞観津波,1611年慶長津波,1896年明治三陸津波,1933年昭和三陸津波と、海外のプレート境界津波である1960年チリ津波が示されています。

[5ページ] 同じく文献調査として、南三陸地域でより大きな被害をもたらした1611年慶長津波,1896年明治三陸津波,1933年昭和三陸津波の比較がされています。

[6ページ] 同じく文献調査として、1896年明治三陸津波,1933年昭和三陸津波, 1960年チリ津波の比較がされ、女川原子力発電所周辺での津波高さが示されています。

[7ページ] 考古学的調査と堆積学的検証として、869年貞観津波と1611年慶長津波が比較され、ここで前者の津波高さが2.5~3m(調査結果)、後者は6~8m(文献による)とされています。
ここで示されている数字は箕浦教授の解析結果とは異なりますが、明らかに不利な材料を基により高い安全評価を導き出そうとしている姿勢が読み取れます。

[8ページ] 同じく考古学的調査と堆積学的検証として、869年貞観津波の浸水域想定ラインが示され、浸水域の範囲から津波高さが2.5~3mと見積られるとしています。

[9ページ] 数値計算のパラメーターが示され、それを基にしたシュミレーションから最高水位と最低水位を導き出すフローが描かれています。

[10ページ] 数値シュミレーションの結果として、海から原子炉建屋に至る断面が示されています。
そして、最高水位と敷地標高との関係と、最低水位とその状態での原子炉冷却用水確保の説明が明確に示されています。

[11ページ] 評価結果が次にようにまとめらています。
 →安全評価を実施し、その結果は国の安全審査によって確認されていること
 →1611年慶長津波を支配的津波としたこと
 →数値計算の結果、最高水位は敷地高さ以下になったこと
 →同じく、引き潮時の最低水位は取水口敷高を数分間下回るが、原子炉の冷却用水量は取水設備に十分確保できること

[12ページ] 津波に対する防災対策(気象庁から津波警報が発せられた場合)として、海岸線の+3.5m地盤にいる作業員は+14.8mの敷地地盤に避難することや、保安員の召集と監視強化などが挙げられています。

[13ページ] 津波に対する防災対策(津波が発電所に来襲した場合)として次の3つが示されている。
 →原子炉等の主要機器やポンプを安全に制御
 →循環水ポンプは最低水位で自動的に停止
 →原子炉冷却用水は取水設備内に確保

これが東北電力の間違いなく襲来する巨大津波に対する原子力施設に対する安全評価と防災対策です。
これらの津波に対する姿勢は広報誌の記載にも見られ、一つの特別なセミナーの為にまとめられたものではないことが分かります。

 『女川原子力発電所における津波に対する安全評価と防災対策』
 →http://www.jnes.go.jp/content/000015486.pdf



08.東京電力の場合

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『女川原子力発電所における津波に対する安全評価と防災対策(2007年)東北電力,橋本泰男』から女川原子力発電所における東北電力の津波に対する考え方をもう少し見てみます。
写真の右上はその資料の10ページですが、数値シミュレーションの結果として敷地標高と設計水位の関係が断面図で分り易く示されています。

上半分には次の内容が示されています。
 →平均高潮位O.P.+1.43m
 →最高水位(設計高水位)O.P.+9.1m
 →敷地標高O.P.+14.8m
そして、最高水位は敷地標高以下になるとの結論が示されています。

同じく下半分には次の内容が示されています。
 →最低水位(設計低水位)O.P.-7.4m
 →取水口敷高より下の水位が濃青で、最低水位が薄青で色分けされています。
そして、最低水位時にも原子炉冷却用水は確保されるとの結論が示されています。

また、これら二つの断面図からは更に次のことが読み取れます。
一つ目は、最高水位で原子炉建屋への直接的な浸水のチェックが行われ、最低水位で原子炉冷却用水の確保のチェックが行われていることです。
二つ目は、海水面と海水ポンプ室はサイフォンになっていて、原子炉冷却用水の取水口の先は最低水位時でも水面下になければならないということです。

つまり原子力発電所の津波対策とは、津波の最高水位だけではなく最低水位のチェックが原子炉の冷却維持を担保する上でより重要であることが分ります。
この資料からは、O.P.+9.1m~O.P.-7.4mまで、即ち16.5mの潮位の変化に対する検討とその対策が必要だということを読み取ることができます。

次に、写真の下側に大きく断面図が描かれていますが、これは東京電力福島第一原子力発電所3号機の断面図です。
左側の赤い部分が原子炉でそれを覆う建物が原子炉建屋、右側の低い建物がタービン建屋となります。
タービン建屋の主階は地下1階にあり、原子炉を冷やす為の冷却ポンプなどの主要機械もこのフロアーに配置されています。

断面図の中に赤い3本の線がありますが、一番下の線がO.P.±0m、真ん中の線がO.P.+10mで地盤のレベルになります。
東京電力が発表している津波高さ14mはその真偽を確認する術がありません。
また、同じく東京電力が言うところの津波の想定高さ5.4m~5.7mもその算出根拠が示されていません。




09.岩手県の場合

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岩手県地震・津波シミュレーション及び被害想定調査に関する報告書



岩手県によって2004年に作成された資料があります。
それは『岩手県地震・津波シミュレーション及び被害想定調査に関する報告書(概要版)』で、全191ページに及ぶ報告書です。

その報告書は、明治以降を見ても明治三陸津波、昭和三陸津波、チリ津波などの大きな津波に見舞われていることをはっきりと説明した上で、国では2033年までに宮城沖地震が発生する確率が99%、更に明治三陸津波級の地震が起きる確立は20%と評価していることも伝えています。
そして、津波の高さが1986年明治三陸津波では大船渡で38m、1933年昭和三陸津波では同じく大船渡で28m、1793年宮城県沖津波では釜石の北の両石で9mであったことが既に発表されている論文のグラフによって示されています。

そして、これらの津波の検証を行った上で、起こり得る津波の予測計算を行い、建物被害,人的被害,道路被害,ライフライン被害などの予測が明らかにされています。
また、津波による浸水予測図と津波の遡上もCGで示されています。
それを見ると、この度の津波の比ではありませんが、それぞれの町の浸水の様子がかなり緻密に予測され、それらの情報は7年前には近隣県も国も専門家も、そして東北電力を始め各電力会社も共有していたことになります。

東京電力による原発事故は想定外なる主張は論外としても、今回津波の被害を受けた市町村がこれだけ詳細に各市町村の被害状況を予測した報告書が作成されているにもかかわらず、それを生かせなかったことが返す返すも残念でなりません。
周知されたそれらの情報があっても、地震発生から津波が襲来する短い時間での避難が如何に難しいことかを思い知らされます。

1990年に箕浦東北大教授により869年貞観津波の堆積地層が発見され、その後も同教授や産業技術総合研究所によって詳細な貞観津波の研究・解析が続けられ、2001年から2007年にかけて次々にそれらの結果は論文として発表されています。
今回少しですがその内容について紹介した岩手県による報告書もその中の一つです。
そして、それらの全ての資料は共有できていたのです。

 『岩手県地震・津波シミュレーション及び被害想定調査に関する報告書』
 →http://www.pref.iwate.jp/~hp010801/tsunami/yosokuzu/houkokusyo.pdf
by finches | 2009-04-02 01:15 | 無題
■■ 福島第一原子力発電所における津波想定高さの考察 10~12
10.研究員の指摘-東京電力と土木学会

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3月21日に東京電力の武藤栄副社長の会見が行なわれました。
その中で今回の津波を想定外とする根拠は、土木学会の指針に基づいて決められた5.4~5.7mの設定値の2.5倍近い津波の襲来によるものだということが強調されています。
今回の津波を未曾有と表現し、避けることはできなかった天変地変であったという印象を植え付け、詰る所東京電力側に責任はないという間接的な言い回しが見て取れます。

この土木学会の指針というのは『原子力発電所の津波評価技術(2002年)』のことですが、3月28日に上の記者会見を追うように、土木学会原子力土木委員会の津波評価部会によってそのPDFファイルが公開されています。
しかし、かなり慌てて作業をした模様で、流石に数百ページの資料の改ざんまではできなかったと思いますが、それ以外の部分には慌てて行った辻褄合わせの改ざんの痕跡が残されています。
例えばその一つに委員名簿の書き換えなどがあります。

ここからはリンクを貼った記事をお読みください。

『環境エネルギー政策研究所・客員研究員,田中信一郎氏(3月22日付)ペーパー』
 →http://www.isep.or.jp/images/press/report_0322.pdf

『原子力発電所の津波評価技術(2002年)』
 →http://committees.jsce.or.jp/ceofnp/node/5

『原子力土木委員会津波評価部会委員名簿』
 →http://www.jsce.or.jp/committee/ceofnp/Tsunami/tnmlist.html

衆議院議員・河野太郎氏のブログで、田中信一郎氏の記事を取り上げておられますが、記事の最後にあるリンク先から核燃料サイクル問題に関するビデオを是非ご覧ください。
 →http://eritokyo.jp/independent/aoyama-fnp035..html



11.ワシントンポスト

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先月の3月26日から27日にかけて国内の新聞各社のWeb版には同じ内容の掲載が続きました。
それは津波の専門家によって、福島第一原発沿岸に巨大津波が襲うリスクについての指摘と警鐘が既になされていたという内容でした。
時事や共同通信を始めとしてどの記事も根拠としているソースは同じと思われましたが、北海道新聞国際版だけはワシントンポストの報道としてそのことを伝えていたのが印象的でした。
しかし、北海道新聞がワシントンポストから紹介したのはその記事のほんの一部で、元の記事は全行にわたって専門家による巨大津波のリスクについての指摘を伝えるものでした。

ワシントンポストのタイトルは『Japanese nuclear plant’s safety analysts brushed off risk of tsunami』で、『日本の原子力プラントの安全アナリスト、津波のリスクを無視』と訳せます。
下にこの記事へのリンクを貼っておきます。

 →http://www.washingtonpost.com/world/japanese-nuclear-plants-evaluators-cast-aside-threat-of-tsunami/2011/03/22/AB7Rf2KB_story.html

この記事を短く要約することはその内容から出来ませんので、筆者の拙い訳ではありますが紹介したいと思います。



Japanese nuclear plant’s safety analysts brushed off risk of tsunami
   By The Washington Post
    By David Nakamura and Chico Harlan, Wednesday, March 23

 
『日本の原子力プラントの安全アナリスト、津波のリスクを無視』

福島第一原発を数年にわたり評価していた日本の政府機関は、津波の危険が原子炉にはあるという専門家委員の一人からの危惧を退け、発電所の安全を宣言していた。
著名な地質学者である岡村行信は日本にある16の他の原子力発電プラントと同じように巨大な自然災害に耐えるように、福島第一における準備の検討を原子力安全・保安院主催の2009年6月の会議の中で、津波に弱いことを警告した。

しかし、第一原発についての議論の中で東電 (直訳では公益事業会社:筆者注) と政府は、地震の脅威をより大きく印象付けようとしていると思い、岡村の指摘は東京電力の役員からあっさりと拒絶された。
その結果、第一原発の脆弱さをマグニチュード9.0の地震が日本の東北沿岸を襲った3月11日に明らかにした。

専門家たちは今、福島原発は設計通りに地震には耐えたと言っている。
施設の重要な非常電源装置を破壊し、原発の緊急事態を招き、その結果として放射線を拡散しているのは、20フィートを超える (地震の:筆者注) 後で起こった津波によるものだと言っている。
[中略]
「私はこれを調査するようもっと強く力説しなかったことを悔いている」と、政府の調査研究所の所長である岡村は言った。

第二次世界大戦以後の日本における最も大きな危機である三つの災害は、23,000人以上の死者と行方不明者を出し、その損害額は3,000億ドル以上と政府は見積もっている。
核危機の結果は最も広範で長期の影響をもたらしそうであり、それは核の安全基準と核エネルギーへの依存について各国に再調査させることになる。
[中略]

地震の頻発する島国日本ではエネルギーの30%を17の発電所にある54の原子炉に依存しているが、1995年に起きたマグニチュード6.9の阪神淡路大震災は核のセーフガードと建設基準の改善を要することを政府に促した。
新しいガイドラインは地域ごとの歴史的地震活動をベースにして、それぞれのプラントの基準をつくった。

2008年、原子力安全・保安院はエンジニア、地質学者、地震学者からなる委員会にセーフガードの再調査と修正を促すように命じた。
専門家たちはそれぞれの原発を審査するよう割り当てられたが、グループのメンバーの一人によると、何に焦点を当てるかは原子力安全・保安院によって大部分が前もって決められていて、それは地理的なものや歴史的記録のようなものに基づくものだった。

例えば東京の南西に位置する静岡県の浜岡原発では、審査委員たちは地震と津波によって起こるリスクを厳密に見るように求められた。
その(浜岡)原発は主要な断層線に沿って位置していた。
しかし、福島第一は東北海岸にあり、再調査委員会は大きな津波は起きそうもないという理由から、地震に焦点を当てるように指示されたと、委員会のメンバーの一人であり産業技術総合研究所で地震断層を研究している吾妻崇は語った。

福島第一を調査するように割り当てられた7人の委員会のメンバーの中には、誰も津波の専門家はいなかったと吾妻は語った。
2008年4月から2009年6月までそのグループによる22回の会合が持たれたが、原発に最も近い断層によって引き起こされる地震の被害についてほとんどが話され、津波のリスクについて審議されることはなかったと、吾妻は語った。

福島第一の委員会はその再調査を終え、そして2009年6月24日、40人からなるより大きい合同会議に答申を提出した。
そこに産業技術総合研究所に勤務している岡村(行信)がいたが、初めて地震以上に津波が危険であるという考えを主張した。
869年、岡村は委員会に巨大地震 (貞観津波:筆者注) が日本の東北地方の仙台沿岸を襲い、内陸に2マイル以上津波による波が到達したことを告げた。

一握りの日本の津波の専門家たちによって災害は寓話的 (日本三代実録を指すと思われる:筆者注) 以上に、地質学の地層や沈殿した堆積物に集められた証拠に基づく結論が出されたのはごく最近 (1990年:筆者注) のことだ。
「調査結果は出たが、ここには津波に言及するものはなく、私は何故と尋ねたい」と、吾妻のワシントンポストへのコピーには、岡村がその会議で東京電力担当者に質問したことが書かれていた。
ご存知の通り、それ (貞観津波:筆者注) は歴史的津波ですと、東京電力担当者は関連を退けた。
[後略]




12.第32回議事録

b0125465_18394554.jpg[Photograph source]
津波災害は繰り返す / 箕浦幸治



前稿でワシントンポストに指摘があった、再調査審査会の答申が提出された2009年6月24日の合同会議議事録の当該部分を掲載します。

最初に議事録にある発言者についての補足をしておきます。
  ○岡村委員
   岡村行信:独立行政法人・産業技術総合研究所,活断層・地震研究センター長
  ○東京電力(西村)
   西村功:東京電力、東京都市大学(旧武蔵工業大学)工学部建築学科教授
  ○名倉安全審査官
   名倉繁樹:原子力安全・保安院,原子力発電安全審査課

下に議事録本文へのリンクを貼っておきますが、本稿で取り上げたのは16~17頁です。

総合資源エネルギー調査会原子力安全・保安部会,耐震・構造設計小委員会,地震・津波、地震・地盤合同WG(第32回)議事録
    日時:2009年6月24日(水)10:00~12;30
    場所:経済産業省別館10階 各省庁共用1028号会議室
    →http://www.nisa.meti.go.jp/shingikai/107/3/032/gijiroku32.pdf


(前略)
○岡村委員
 まず、プレート間地震ですけれども、1930年代の塩屋崎沖地震を考慮されているんですが、御存じだと思いますが、ここは貞観の津波というか貞観の地震というものがあって、西暦869年でしたか、少なくとも津波に関しては、塩屋崎沖地震とは全く比べ物にならない非常にでかいものが来ているということはもうわかっていて、その調査結果も出ていると思うんですが、それに全く触れられていないところはどうしてなのかということをお聴きしたいんです。

○東京電力(西村)
 貞観の地震について、まず地震動の観点から申しますと、まず、被害がそれほど見当たらないということが1点あると思います。 あと、規模としては、今回、同時活動を考慮した場合の塩屋崎沖地震でマグニチュード7.9相当ということになるわけですけれども、地震動評価上は、こういったことで検討するということで問題ないかと考えてございます。

○岡村委員
 被害がないというのは、どういう根拠に基づいているのでしょうか。 少なくともその記述が、信頼できる記述というのは日本三大実録 (日本三代実録:筆者注) だけだと思うんですよ。 それには城が壊れたという記述があるんですよね。だから、そんなに被害が少なかったという判断をする材料はないのではないかと思うんですが。

○東京電力(西村)
 済みません、ちょっと言葉が断定的過ぎたかもしれません。 御案内のように、歴史地震ということもありますので、今後こういったことがどうであるかということについては、研究的には課題としてとらえるべきだと思っていますが、耐震設計上考慮する地震ということで、福島地点の地震動を考える際には、塩屋崎沖地震で代表できると考えたということでございます。

○岡村委員
 どうしてそうなるのかはよくわからないんですけれども、少なくとも津波堆積物は常磐海岸にも来ているんですよね。 かなり入っているというのは、もう既に産総研の調査でも、それから、今日は来ておられませんけれども、東北大の調査でもわかっている。 ですから、震源域としては、仙台の方だけではなくて、南までかなり来ているということを想定する必要はあるだろう、そういう情報はあると思うんですよね。 そのことについて全く触れられていないのは、どうも私は納得できないんです。

○名倉安全審査官
 事務局の方から答えさせていただきます。
産総研の佐竹さんの知見等が出ておりますので、当然、津波に関しては、距離があったとしても影響が大きいと。 もう少し北側だと思いますけれども。地震動評価上の影響につきましては、スペクトル評価式等によりまして、距離を現状の知見で設定したところでどこら辺かということで設定しなければいけないのですけれども、今ある知見で設定してどうかということで、敷地への影響については、事務局の方で確認させていただきたいと考えております。
多分、距離的には、規模も含めた上でいくと、たしか影響はこちらの方が大きかったと私は思っていますので、そこら辺はちょっと事務局の方で確認させていただきたいと思います。 あと、津波の件については、中間報告では、今提出されておりませんので評価しておりませんけれども、当然、そういった産総研の知見とか東北大学の知見がある、津波堆積物とかそういうことがありますので、津波については、貞観の地震についても踏まえた検討を当然して本報告に出してくると考えております。
以上です。
(後略)
by finches | 2009-04-02 01:06 | 無題
■■ 福島第一原子力発電所における津波想定高さの考察 13~15
13.第32回議事録

b0125465_15525634.jpg[Photograph source]
津波災害は繰り返す / 箕浦幸治



2009年7月13日の第33回合同会議議事録を掲載します。
第32回合同会議議事録において、はじめて産総研の岡村行信氏(筆者注 産総研:産業技術総合研究所)により指摘された869年貞観地震とその地震の直後に仙台平野を襲った巨大津波、東北沿岸では巨大津波が歴史的に繰り返されてきたという事実、そして近く予想される同規模の巨大津波のリスクへの共通の認識、巨大津波襲来に対する備えと対応の検討、それに対する東京電力の考え方、そしてそれらに加え更に踏み込んだ岡村氏の巨大津波への危惧と指摘が続いたことが議事録に残されています。

議事録は産総研の岡村氏の最初の質問から始まっていますが、それは東京電力(西村)による3~7頁に亘る説明に対するものです。
議事録は岡村氏の発言を中心にまとめた関係上、前後関係の分り難い部分があれば、下にリンクが貼ってありますので議事録本文でお確かめください。
斜めに読み流していただいても構いませんが、産総研の岡村氏が執拗に巨大津波の危険性と、そのことについての審議を継続するように訴えておられることが核心部分だと思います。

また、最後の部分で敢えて東北電力(橋本)の説明に触れたのは、拙稿で以前に取り上げた『女川原子力発電所における津波に対する安全評価と防災対策(2007年)』を発表されたのがこの東北電力の橋本泰男氏であるからです。
東北電力の橋本氏は産総研の岡村氏が指摘された869年貞観津波について他の出席者の誰よりも熟知されていた訳ですが、議事録に産総研の岡村氏の指摘に言及する発言が見当たらないのが残念でなりません。
恐らく説明者の立場、質問を受ける立場で出席されていた為に、意見を述べることもできず、産総研の岡村氏と東京電力や原子力安全・保安院との議論を歯痒い思いで傍聴されていたのではないかと推察します。

さて、前稿に続き上の写真は箕浦東北大学教授の『津波災害は繰り返す』の中に描かれている869年貞観津波のイラストですが、二つの赤丸は上が女川原子力発電所で下が福島第一原子力発電所の位置を示しています。
前者は津波を重視し後者はそれを軽視したとしたなら、それは津波の想定高さ以前の何処か認識の甘さ、否、明らかな間違いが根底にあったと考えます。

下に議事録本文へのリンクを貼っておきますが、本稿で取り上げたのは7,13,14,29頁となります。
前稿に同じく最初に議事録にある発言者についての補足をしておきます。
   ○岡村委員
    岡村行信:独立行政法人・産業技術総合研究所,活断層・地震研究センター長
   ○東京電力(西村)
    西村功:東京電力、東京都市大学(旧武蔵工業大学)工学部建築学科教授
   ○名倉安全審査官
    名倉繁樹:原子力安全・保安院,原子力発電安全審査課
   ○纐纈主査
    纐纈一起:東京大学地震研究所教授
   ○東北電力(橋本)
    橋本康男: 東北電力

総合資源エネルギー調査会原子力安全・保安部会,耐震・構造設計小委員会,地震・津波、地震・地盤合同WG(第33回)議事録
    日時:2009年7月13日(月)14:00~16:30
    場所:経済産業省別館10階 各省庁共用1028号会議室
    →http://www.nisa.meti.go.jp/shingikai/107/3/033/gijiroku33.pdf

(前略)
○岡村委員
貞観ですけれども、確かに地震動をどういうふうに推定するかというのは難しいとは思うんですが、ここでは佐竹ほか(2008)の断層モデルをそのまま、そこから地震動を計算されているんですが、そもそもこういう地震って何なんだということを今の知見で考えると、やはり連動型地震と言われているものだろうと考えるのが妥当だと思うんですね。 それは、17世紀ですか、千島海溝で起こったとか、2004年のスマトラ沖地震がそういうものに相当すると考えているわけですけれども、そういう地震というものは、要するにもう少し短い間隔で普通に起こっている震源域が、複数の震源域が同時に破壊する、そういうことで起こるのだろうと言われているわけですね。

そういうふうに考えると、やはりここは、塩屋崎沖地震というものが1つある。 もう少し北に行くと宮城県沖地震というものもある。 そこをまたぐようなところでこの貞観の地震というものは考えざるを得ない。 津波の情報だけではですね。 そうすると、やはり今わかっている震源域のところは連動の範囲に含まれるのではないかと考えるのが、今の知識では妥当かなと私は思うんですよね。 だから、これだとちょっと外れますよね。塩屋崎沖地震よりちょっと遠いところに貞観の震源モデルを考えて、それとは別のものだというイメージで今、話をされているんですけれども、別にしていいとはなかなか考えにくいのではないかと私は思います。

○纐纈主査
いかがでしょうか。

○東京電力(西村)
御指摘ありがとうございました。 それぞれの地震をどのように同時活動させるかということは、なかなか難しいところだと我々思っているところですが、まずここで申し上げたいのは、塩屋崎沖自体が、それぞればらばらだったものを、同時活動を見るということを今回やっているということ、それから、貞観の地震も、波源モデルということもありますので、本来、もう少しばらばらしていたのかもしれないということはあるかと思いますが、仮にこういったものを考えた場合、目いっぱい見たとしてもということで今回ちょっと見てみたということです。

御指摘のように、例えば今回の貞観の地震と塩屋崎沖をつなげるかどうかということについては、ちょっと我々もそこまでできるかどうかというところがまだ十分な情報がないのかなと思いますが、そうは申しましても、今回ごらんいただきましたように、まず、こういったそれぞれの地震を考えても、Ssのレベルから考えますと、まだ余裕があるということを踏まえてこのようにさせていただいていると考えています。
ただ、まとめの中でも申し上げましたように、貞観の地震についてはまだ情報を収集する必要があると認識しておりますので、引き続き検討は進めてまいりたいと思ってございます。
(後略)

(前略)
○岡村委員
最初の中間報告の案で、また貞観の話ですけれども、どちらも23ページに貞観のことが書いてあって、ここでは、新たな知見の波源モデルを震源断層と仮定した上で地震動を計算したと。それで、小さいということしか書かれていないんですね。

先ほど私が申し上げたのは、それでは足りないのではないですかということを申し上げたつもりで、要するに塩屋崎沖地震、それも連動させているということですけれども、貞観はそれ全体を含むものである可能性があるということなので、それで十分とは思っていないというつもりで言ったんです。 それは、東京電力さんも、それでまた検討するとお答えになったと私は理解したので、そのことを少し何か検討していただきたいと思います。

○名倉安全審査官
済みません、逆にお聴きしたいのは、これは、今さまざまな研究機関において、こういった知見をいろいろと、調査結果が今どんどん得られているような状況でありまして、今後、いろいろな知見が得られていく中で、その時々に応じた対応をすべきということであるのか、それとも、今の中間報告における検討の中でそれをやるべきとおっしゃられているのか、そこのところはどちらということで理解すればよろしいでしょうか。

○岡村委員
この中間報告の性格をどう考えるかだと思うんですね。 ただ、現状でわかっていることは、先ほど申し上げたことなわけですね。 そこからどういう地震動が考えられるかということは、まだ研究としては全く行われていない話ではありますけれども、ただ、そういう海溝型地震に関する知見というものを考えると、それなりのものを考えるべきではないかというのが私の意見です。 だから、それをここに入れていただけるのかどうかということだと思います。

だから、地震動に関しては、よくわかっていないということもありますから、今後検討するということでもいいのかもしれないですけれども、ただ、実際問題として、この貞観の時期の地震動を幾ら研究したって、私は、これ以上精度よく推定する方法はほとんどないと思うんですね。
残っているのは津波堆積物ですから、津波の波源域をある程度拘束する情報はもう少し精度が上がるかもしれないですが、どのぐらいの地震動だったかというのは、古文書か何かが出てこないと推定しようがないとは思うんですね。 そういう意味では、先延ばしにしても余り進歩はないのかとは思うんですが。

○名倉安全審査官
今回、先ほど東京電力から紹介した資料にもありましたけれども、佐竹ほか(2008)の中で、当然、今後の津波堆積物の評価、それは三陸の方もありましたが、それから、多分、南の方も今後やられる必要があると思いますが、そういったものによって、位置的なものにつきましては大分動く可能性があるということもありますので、そこら辺の関係を議論するためのデータとして、今後得られる部分がいろいろありますので、そういった意味では、今、知見として調査している部分も含めた形でやられた方が信頼性としては上がると私は思っていますので、そういう意味では、その時々に応じた知見ということで、今後、適切な対応がなされることが必要だと思います。 その旨、評価書の方に記載させていただきたいと思います。
(後略)

(前略)
○岡村委員
このモデルは、津波堆積物の分布域まで津波が浸水するというか、それを説明するためのモデルなんですよ。 要するに、どこにおいても滑り量とかいろいろファクターを変えていけば、ある程度のものはできるわけですよね。 ですから、福島沖を含むようなモデルで、例えばもう少し幅を狭くするとか、沖側の部分をもう少し狭くするとかというような形で延ばせば、多分、津波の浸水域を合わせることはできると思うんですよね。 このモデルをつくるときにはいろいろなファクターがありますから。

○纐纈主査
多分おっしゃるとおりだと思いますが、それだと、常識的なスケーリングとかなり離れてしまうので、地震動のモデルとしてはあり得ないものになってしまうのではないかと思いますけれども。

○岡村委員
それは、そこまで断言できるほど解析されているのかわからないですが、どうしてそういうふうに思われるわけでしょうか。

○纐纈主査
断層面サイズが大きくなれば、滑り量もそれに比例して当然大きくなりますから。

○岡村委員
いやそれほど、このモデルも、例えば大体同じ範囲で、5m、7m、10mといういろいろな計算をしているわけですよね。 そのぐらいの差でかなり変わってくるということですから、私は、一応、モデルはみんな議論しましたけれども、少しずらして震源域を含むような形にすること自体はできるのではないかと思います。 それは、やってみないとわからないですが。

○纐纈主査
御本人がそうおっしゃっているのでは、そのとおりかもしれません。

○名倉安全審査官
事務局からよろしいですか。
今回の中間報告におきましては、東京電力の方は津波の評価をまだ提出しておりません。 そういうこともありまして、本報告で津波のところもやってくるはずですし、その中で、こういった知見も踏まえた場合の評価といったものが一体どういうふうにできるのか。 その場合に、東京電力が設定した津波の解析条件ではありますけれども、そういったものに対して、津波堆積物のところ、要は得られているところの結果、そこら辺、ちょっと検討できるかどうかということはありますが、少しそういったもの、津波の波源を設定するときの考え方等との整合性もとった上で、地震動評価上何か影響があるのかという位置付けの検討は、少し必要なのかなと思っております。
(後略)

[筆者:注記]
15ページより『女川原子力発電所敷地周辺の地質・地質構造及び基準地震動の策定について』の説明が東北電力(橋本)により行われ、その中で貞観地震に触れた次の質問が岡村氏よりなされます。

○岡村委員
あともう一点、またしつこいようですけれども、貞観ですが、貞観をどう扱うかというのは、やはりここも先ほどの福島と同じような問題があると思いますので、そこに全く触れないというのはちょっとどうかと思うんですけれども。
(後略)



14.ウォールストリートジャーナル

b0125465_12443552.jpg[Photograph source]
http://www.houseoffoust.com/fukushima/model.html



想定外の巨大地震の、想定外の巨大津波による、想定外の津波高さのための、想定外の原発事故、ならばその想定値とは一体幾らだったのかを解明したくなり論考を重ねています。
しかし、もう一つ忘れてはならないことがあり、本稿ではそれを取り上げます。
それは、原子炉のオーバーヒートを防止する為に復水器で熱交換(冷却)を行う為の海水を汲み上げるポンプの設置レベルをどうしてあのような低い場所にしていたのか、非常用電源はどうして海面レベルとほぼ同じ地下1階に置かれていたのか、何重にも用意されていたバックアップの全てがどうして同時にダウンしたのかといったことです。

以前に3月23日のワシントンポストに掲載された『Japanese nuclear plant’s safety analysts brushed off risk of tsunami (日本の原子力プラントの安全アナリスト、津波のリスクを無視)』 を取り上げましたが、同じ3月23日のウォールストリートジャーナルには 『Japan Ignored Warning of Nuclear Vulnerability (日本は原子炉の脆弱性への警告を無視)』 という記事が掲載されています。

それによると、日本では数ヶ月前から原子炉の新しい冷却技術についての協議が行われていて、それは福島第一原発を襲った非常用電源の全てが失われたことによる事故を、軽減もしくは阻止することができたかも知れないとした上で、しかしながら日本の原子力当局と東京電力は現行技術で臨む方針を変えず、既存原子炉の脆弱性を無視する選択を行っていたというものです。

下にこの記事へのリンクを貼っておきますので、正確にはそちらをお確かめください。
Japan Ignored Warning of Nuclear Vulnerability   
   By THE WALL STREET JOURNAL
    By Norihiko Shirouzu and Peter Landers,Wednesday,March 23


   →http://online.wsj.com/article/SB10001424052748703410604576216481092750122.html

今や原子炉は第7世代のESBWRの開発が進められています。
ESBWRはEconomic Simplified Boiling Water Reactorの頭文字を取ったものです。
このESBWRには上の原子炉の新しい冷却技術が使われていて、非常時の炉内蒸気の凝縮、即ち炉圧上昇の抑制を行う非常用復水器を備えています。

非常用復水器は福島第一原発で採用されていたような何重にも電気的にバックアップを行うような 『動的』 な装置に対して 『静的』 な装置と呼ばれ、例え何重にもバックアップされていてもそのシステム自体が同一であるが為に電源供給が止まった途端に全てがダウンするという今回のような事態から、過剰に電気的なものに頼らずシステム全体の安全を保持するものです。
そして、コストが安くメインテナンスが容易というメリットもあります。

実はこの非常用復水器ですが、福島第一原発の1号炉には使われていて、実際にバックアップ機能が失われた後もこのシステムは機能したことが分っています。
上の写真は左側が福島第一原発1号炉の図面で、中央が原子炉、その下のドーナツ状の二つの円がサプレッションプール、左上にある2つの円が非常用復水器です。
写真の右側は福島第一原発1号炉と同じMARK1型という原子炉の模型で、足元のドーナツ状のものがサプレッションプールです。
 [筆者注記:青く塗った冷却水は筆者による加筆]

福島第一原発では原子炉を冷却するための水を確保するために地下水の試掘を行った記録が残っています。
現在福島第一原発の冷却水は坂下ダムからパイプによって送水されています。
1号炉の運転開始が1971年、坂下ダムの完成が1973年、2号炉の運転開始が1974年、これだけを見ても冷却方法と冷却水確保の歴史を読み取ることができます。
そして、もう一つのことをここから読み取ることができます。

それは、2号機以降は潤沢に冷却水が確保されたこと、そして既に1号機が完成していることで互いの発電による電源のバックアップが可能になったこと、原子炉の国産化への移行に際しGE (1号炉の製造メーカー) とは一線を画するより高度な国産技術による独自の安全対策の構築、これらが1号炉に備わっていた 『静的』 な非常用復水器の設計コンセプトから離れ、独自の何重にも巡らされた電気に依存した同一バックアップシステムを構築し、それ故に 『新しく古い技術』 の導入を軽視したのだと思います。

もし、この1号機の非常用復水器が原子炉の暴発を食い止めていたらと思います。
しかし、残念ながら短い時間の非常事態をサポートするもので、親や子のシステムも失われた状態で、この孫のようなシステムだけで原子炉の暴走を止めることはできなかったのでしょう。

『Japan Ignored Warning of Nuclear Vulnerability』 では ‘Retrofitting older plants’ について触れられています。
日本はこの ‘Retrofit’ についての考え方が文化国家において最も遅れている国でしょう。
この古いものを改修して使う、古いものを再生する、この大切な文化を日本はもう一度考え直さなければならないことを、この ‘古くて新しい’ 非常用復水器は語っているように思います。



15.地震随伴事象

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東京電力と原子力安全・保安院は津波に対してどのような検討を行い、その結果からどのような数値を導き出し、それをどのように安全・防災計画に反映してきたのかを考えてみようと思います。
因みに津波のことは地震随伴事象と呼ばれ、このキーワードで検索するとより多くの資料に辿り着くことができます。
津波の想定高さを調べていて、泊原発(北海道、北海道電力)、東通原発(青森県、東京+東北電力)、女川原発(宮城県、東北電力)、福島第一及び第二原発(福島県、東京電力)、浜岡原発(静岡県、中部電力)、柏崎刈羽原発(新潟県、東京電力)、これらの中で福島第一及び第二原発だけが津波の検討に係わる資料を見つけることができませんでした。

女川原発に関しては原子炉設置の安全性について書かれた中に津波への記載が見られ、東通原発に関しては原子炉設置許可の申請概要の中に、より具体的にT.P.+6.5mという数字を見ることができます。
そして、このT.P.+6.5mは東通原発の現施設概要にも公表されていて、誰でもその数字をホームページ上で確認することができるようになっています。

さて、次に具体的な津波の想定高さについて見ていこうと思います。
公表されている各原発において基準にしているレベルをそのまま明記します。
相互の基準レベルの取り方に違いはありますが、津波想定高さと敷地地盤面高さとの相対的な高さ関係はそのまま比較することができます。

 東通原子力発電所 (東北電力)
   建屋地盤レベル T.P.+13m
   津波想定レベル T.P.+6.5m
   両者のレベル差 6.5m
   [筆者注記] この発電所は東電と東北電力の施設ですが、東北電力の主要施設として扱いました。

 女川原子力発電所 (東北電力)
   建屋地盤レベル O.P.+14.8m
   津波想定レベル O.P.+9.1m
   両者のレベル差 5.7m
   
 柏崎刈羽原子力発電所 (東京電力)
   建屋地盤レベル T.M.S.L.+5m
   津波想定レベル T.M.S.L.+3.24m
   両者のレベル差 1.76m

 福島第一原子力発電所 (東京電力)
   建屋地盤レベル O.P.+10m (設計図面に記載が見られます)
   津波想定レベル O.P.+5.7m (東電の発表だけでその算出根拠は不明です)
   両者のレベル差 4.3m
   [筆者注記] 東京電力内部資料にはもう一つ別な、3.1mという津波想定レベルが存在しますが、こちらについては改めて取り上げます。

ここでの趣旨は建物地盤レベルと津波想定レベルの差が、東北電力の東通原発では6.5mだから十分だとか、東京電力の柏崎刈羽原子力発電所では1.76mだから十分ではないとか、そのようなことを言っている訳ではありません。
その判断はそこにある諸々の与条件で判断されるべきものだと思うからです。

問題は津波想定レベルの設定の仕方にあると思います。
現在はアクセスできなくなりましたが、以前は福島第一発電所のホームページの建物概要の中には、過去に起きた最も大きな津波を考慮した対策がなされているという旨の説明がされていました。

上の写真は9mの津波が福島第一原発の直ぐ北に位置する相馬から仙台平野を襲った869年貞観津波の想定域と、東京電力が固執していた塩屋崎沖地震の想定域(下のピンクの部分)とを合成したものです。
赤い丸は上が女川原発、下の二つが福島第一及び第二原発の位置を示しています。
 [筆者注記] 塩屋崎沖地震については第32回議事録、第33回議事録を参照ください。

東京電力(西村)と原子力安全・保安院の名倉安全審査官は、この塩屋崎沖地震だけをあくまでも検討の対象とし、産業技術総合研究所の岡村行信氏は、どうして貞観地震と切り離して考えるのか、この沿岸には塩屋崎沖地震、宮城沖地震、三陸沖地震とそれぞれの地震が繰り返されており、それらを繋ぐ範囲に亘る大地震もまた歴史的には繰り返されており、それがこの貞観地震と考えるべきだと繰り返し主張されていました。

上の写真から塩屋崎沖地震と貞観地震の震源が近いこと、貞観津波を考えるならば福島第一でもその津波の被害は予想可能であったことが分ります。
それは隣接する女川原子力発電所における津波への対応、即ち津波想定高さ9.1mからも明らかではないかと思います。
by finches | 2009-04-02 01:05 | 無題
■■ 福島第一原子力発電所における津波想定高さの考察 15~16
16.想定高さは3.1m

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柏崎刈羽原子力発電所の 『地震随伴事象に対する考慮 津波に対する安全性について(2008年12月)』 のような、福島第一原発に関する同様のレポートの存在を確認することは出来ませんでした。
しかし、869年貞観津波をはじめとして、明治三陸津波や昭和三陸津波の津波高さについては既に示した通りです。
また、これらの津波高さの記録を実際の原発建設に反映した女川原発と東通原発という二つの事例が、同じ東北地方にあることも既に示した通りです。
そして、その他のどの原発でも海水の最高水位の把握も然ることながら、原子炉の冷却に直接且つ重大な影響を及ぼす最低水位の把握はより重要で、それらの正式レポートをそれぞれの原発では見ることができます。

本稿では東京電力の福島第一原発における津波の想定高さについてまとめてみようと思います。
様々な資料に目を通したことで分ったことですが、先ず基本的に言えることは、原発の主要な検討課題は地震対策にあるということです。
上のレポートのタイトルにもあるように、津波はあくまで地震随伴事象という従属的扱いで、福島第一原発の場合は正に津波を甘く見て対策も対応も誤った典型的な例だと言えます。

そして、もう一つ言えることは、その地震に対して原子炉建屋の支持地盤を如何に安定した硬い岩盤に置くかが第一義に考えられ、このレベルからタービン建屋のレベルが決り、同時に海面からのそれらの標高が必然的に決り、その標高に対して津波による最高水位と最低水位による影響の検討がなされるという流れを見ることができます。
そして、その前提には海からの荷揚げの問題、冷却水として海水を取水しているという冷却システムの構造的な問題から、海面からそれ程高いレベルには建設できない、否、建設したくないという思惑があることが分かります。

福島第一原発の場合、津波に関しては3つの情報があります。
一つ目はこの度の原発事故後に東電が発表した、5.4~5.7mという想定津波高さです。
そもそも5.4mでも5.7mでもなく、5.4~5.7mというところに先ずその信憑性が疑われますが、想定の甘さが重大事故を招いたことで慌てて作り上げた数字に思えてなりません。

二つ目は福島第一原発建設の記録映画の中に残されています。
上の写真はその映画からの2枚ですが、上は建設前の30mの台地が続く建設予定地で、下はその台地を20m掘り下げ建設されようとしている第1号及び第2号原子炉を背後に持つ福島第一原発の透視図です。
この記録映画の中に 「(前略)この地は過去数百年に亘って地震や台風、津波などによる大きな被害を受けたことがない(後略)」 とナレーションが続き、港の堤防と護岸の為のシュミレーションが水槽実験で繰り返されている様子が映し出されています。
この水槽実験の波の高さが正に津波の想定高さであり、25トンの消波ブロックというナレーションから、その大きさは凡そ3mであることが分り、現在の港の写真からも想定していた波の高さは3mくらいではなかったかと推察できます。

三つ目は東京電力の内部資料の中に見ることができます。
それは2005年4月に出されたTEPCO REPORT VOL.109で、タイトルは 『平成17年度「経営計画」』、その中に 『発電所の津波対策』 が取り上げれています。
それによると、発電所の津波に対する検討手順として次のように書かれています。

  ① 敷地周辺で過去に発生した津波に関する文献調査・聞き取り調査
  ② 敷地に影響を与える可能性が否定できない津波の選定
  ③ 津波の数値シミュレーション
  ④ 発電所の敷地高さ・取水設備との比較

そして、2004年インドネシア・スマトラ島沖地震津波、1933年昭和三陸地震津波、1993年北海道南西沖地震津波など、大規模な津波の発生にも言及がされています。
そして最後に書かれた発電所における津波評価を見ると、各原子力発電所の設置許可時での評価が次のように示されています。

  ① 福島第一 上昇側評価結果O.P.+3.1m 下降側評価結果O.P.-1.9m
  ② 福島第二 上昇側評価結果O.P.+3.7m 下降側評価結果O.P.-1.9m
  ③ 柏崎刈羽 上昇側評価結果O.P.+3.7m 下降側評価結果O.P.-3.4m

柏崎刈羽原発の値が上の 『柏崎刈羽原子力発電所 地震随伴事象に対する考慮 津波に対する安全性について』 内の数値と一致しない理由は分りませんが、これらの数字が設置許可時、即ち申請書類に書かれたものであることは明らかだと分ります。

ここに挙げた福島第一原子力発電所における津波に関しての3つの情報のどれが信頼に足るかは明らかだと思います。
筆者は設置許可時の数値が低いことを言っているのではなく、福島第一原発に襲来する巨大津波の可能性の指摘を無視した東京電力と経済産業省の責任と、責任を回避する為に上の数値を隠し姑息にも新しい数値を捏造する姿勢を問題にしているのです。
そして、これらの事実を知りながら、匿名ですらその事実を公表しようとしない全ての専門家をはじめ関係者の、人としての姿勢を問題にしているのです。


上の記録映画にリンクを貼っておきます。
  『黎明―福島原子力発電所建設記録 調査篇―』 (企画:東京電力、製作:日映科学映画製作所、1967年、26分)
  →http://143.mediaimage.jp/0687/reimei.wmv
  
  『福島の原子力』 (企画:東京電力、製作:日映科学映画製作所、1977年〔1985年改訂〕、27分)
  →http://143.mediaimage.jp/0687/fukushima-genshiryoku.wmv

  『東京電力のTEPCO REPORT VOL.109』
  →http://www.tepco.co.jp.cache.yimg.jp/company/corp-com/annai/shiryou/report/bknumber/0504/pdf/ts050405-j.pdf



17.おわり

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福島第一原子力発電所における津波高さの評価値は最大水位でO.P.+3.1m、最低水位でO.P.-1.9mという数値が確認できた唯一の記録でした。
このTEPCO REPORT VOL.109に明記されている数値意外に、原子力安全・保安部会の合同会議において建設申請時以降の研究の進歩により、その最新成果を駆使した津波想定高さの再検証がなされ、必ずやその記録が存在しているものと考えていました。

また、それは福島第一原発建設時(1967年)の津波評価から35年を経過して出された、土木学会『原子力発電所の津波評価技術(2002年)』を基に、普通であれば必ず再検証が行われていると考えたからです。
建設当時にはなかった土木学会の指針に照らして、現施設がその基準をクリアして安全であるか否かを検証することは、専門家及び専門技術者による専門会議をして最低でも実施されていると確信していました。

しかし、後者においては確たる資料の存在を確認できないまま、福島第一原発の記録映画の存在を知り、その中で建設予定地が過去数百年に亘り津波の被害を受けていないとの解説から、予想通り少なくとも原発建設時点には巨大津波どころか津波に対しての防災上の配慮に、特段の注意が払われていなかったことを確信し、TEPCO REPORT VOL.109に明記された最大水位O.P.+3.1m、最低水位O.P.-1.9m、これこそが福島第一原発における津波想定高さそのものだと確信しました。

福島第一原発においては、この建設時点の津波高さの評価値を見直し、修正を行う機会は以下の時点で幾度もありました。
 ① 1995年 『仙台平野で869年貞観津波の堆積物の発見(箕浦幸治,現東北大教授)』の発表時点
 ② 2001年 『津波災害は繰り返す(箕浦幸治,東北大教授)』 の発表時点
 ③ 2002年 『貞観津波と低剛性地殻破壊による巨大地震津波再来周期(箕浦幸治,東北大教授)』の発表時点
 ④ 2006年 『仙台平野の堆積物に記録された歴史時代の巨大津波-1611年慶長津波と869年貞観津波の浸水域(産業技術総合研究所)』の発表時点
 ⑤ 2007年 『貞観津波による津波被害の定量的評価(箕浦幸治,東北大教授)』の発表時点
 ⑥ 2007年 『女川原子力発電所における津波に対する安全評価と防災対策(東北電力,橋本泰男)』の発表時点
 ⑦ 2008年 『石巻・仙台平野における869年貞観津波の数値シミュレーション(産業技術総合研究所)』の発表時点
 ⑧ 2009年 『原子力安全・保安部会の地震と津波に関する合同会議(第32回)における巨大津波の指摘(岡村行信, 産業技術総合研究所,地震研究センター長)』の時点
 ⑨ 2009年 『原子力安全・保安部会の地震と津波に関する合同会議(第33回)における巨大津波の再指摘(岡村行信, 産業技術総合研究所,地震研究センター長)』の時点

新しく建設される原発に要求される様々な検討課題も、現実の対応が困難な既存原子炉施設には寛大というか、これらの問題から明らかに目を逸らそうとしたものと思います。
更に1100年に一度の巨大地震とそれによる巨大津波を、40~50年をその寿命と考えていた施設の防災計画に反映することなど、合同会議を主催する経済産業省にとって東電は大切な天下り先であり、委員の質問に答える東電社員は東電の肩書きを持つお抱え大学教授であっては、巨大津波発生の統計的確立からして、全く真剣に検討する対象に値しなかったものと推察します。
 [筆者注記:議事録(no.32no33)を読んでも全く議論になっていないのが分ります]

最後に土木学会の『原子力発電所の津波評価技術(2002年)』と原発事故の後の土木学会の取った不思議な行動に触れて終わりにしようと思います。
3月22日付の田中信一郎氏(環境エネルギー政策研究所・客員研究員)のペーパーでこの『原子力発電所の津波評価技術』と、その作成に関与した津波評価部会の委員名簿に関して触れられています。
そして最後の付記には、そこに明記された委員は、2011年3月22日に閲覧した2007年8月現在のもので、閲覧日翌日の3月23日に更新され現在は2011年3月現在の名簿に置き換えられていると書かれています。
しかし、筆者の手元には同じ2011年3月付のこれとは異なる名簿があり、閲覧時期の違いによって明らかに複数の名簿が存在していたことが明らかだと思います。

また、この『原子力発電所の津波評価技術』を閲覧できる土木学会のページには、この作成に関与した津波評価部会の2003年から2011年までの議事録が閲覧できるようになっていますが、この20の議事録の内の17において作成日が同一のものが4グループ存在しています。
加えて不思議なことに2008年11月20日の議事録に至っては、場所と出席者が全て抹消されています。
 [筆者注記: 議事録作成時期が同じものが複数存在しているのは、田中信一郎氏が指摘された2007年8月の名簿を2011年3月の名簿に更新したことで、その新名簿と整合するように議事録内の出席者の部分を書き直した為と推察されます]

この土木学会の不思議な動きを念頭に改めて3月22日付の田中信一郎氏のペーパーをお読みになると、この原発事故の背景にある東京電力,経済産業省,土木学会,大学教授,専門家,工事発注者,工事受注者、それらの原子力事業に群がる忌まわしい構図が見えてくると思います。

東京電力は津波の想定高さを5.4~5.7mとし、福島第一原発を襲ったその3倍の規模の津波を想定することは不可能だったと説明しています。
しかし、歴史的津波が示しているように、また東北電力が女川原発で行った同じ立ち位置で津波の高さを想定していたならば、それは最低でも9mを越えるものであった筈であり、だとすればそもそもの想定高さは想定しなければならなかった津波高さの1/3でしかなかったことになります。
このことを忘れてはならないし、そのことは今後の補償において必ず償っていかなければならない、東京電力と経済産業省とお抱え専門家たちに課せられた、決して逃げることの許されない重い責任だと思います。
by finches | 2009-04-02 01:00 | 無題