カテゴリ:季節( 57 )
1004■■ 雪
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雲海からひとり頭を出す富士山を眺めながら、やはり富士は日本一の山だと思った。
一方でその厚くタイトな雲を見遣りながら、これが明日になれば地上に落ちてくる正体なのかとも思った。

一夜が明け今まさにその正体が雪となって降っている。
川面に消えてゆく雪を眺めながら、今朝は珍しく2杯のコーヒーを飲んだ。

亀島川は日本橋川から別れて途中桜川と合流して隅田川に注いでいる。
とは言っても桜川はもうないし、江戸時代そこにあった稲荷橋や高橋ももうない。

江戸時代、隅田川の河口の佃島辺りの海は江戸湊と呼ばれ、ここに全国から荷を満載した帆船が集まった。
そして、そこから小舟に積み換えられ、日本橋川や亀島川から更に奥の河岸へと運ばれた。

川面に舞い落ちる雪は江戸の風景を想像させた。
雪の中を往き交う人や舟の活気を...。

by finches | 2014-02-14 08:53 | 季節
1002■■ 蕗の薹

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夜露に濡れた中に、朝靄に霞む中に、霜に覆われた中に、健気に小さな顔を覗かせる蕗の薹。
蕗の薹が一日のうちで最も美しいのは、露が靄が霜が朝日に上気し輝き出す瞬間で、そこには生命の神秘漂う美しさがある。

蕗の薹は毎日少しづつ大きくなり、そして、そっと開き始める。
そして、ふと気が付くと、あたり一面に蕗の薹は顔を出している。
この毎朝違う様相を見せるそれらの変化を、毎朝異なる光と空気の中で眺める。
時にはコートを羽織り、時には傘をさし、時には雪が積もるのさえ気にせず、じっと眺める。

その初々しい蕗の薹を家人が蕗味噌にした。
初春を感じさせるその爽やかな苦味が、体の中を真っ直ぐに降りていった...。

by finches | 2014-02-02 09:00 | 季節
999■■ 心を育んだ小山
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網代に竹を編んだ弁当箱に葉蘭を敷き、そこに炊きたての玄米を軽くよそい、梅干とラッキョウと茄子の辛子漬をのせた弁当を作った。
それにリンゴも一つ添えた。

紅葉はもう終わっているかもしれない、そう思いながらもそれらを手に小春日和の小山に入った。
日々の温泉通いで山の色の変化には気を留めているが、美しい紅葉の瞬間にはなかなか立ち会えないものだ。

子供の頃にこの小山で見た紅葉の美しさが今も頭から離れない。
それは山が最も美しい瞬間に立ち会えた忘れられない体験で、今とは違う眼下に広がる素朴な景色とともに頭に刻み込まれた二つとない心象風景だ。

熟した木の実はまるでルビーのようだし、その極めつけの瞬間はまだこれから訪れるのかもしれない。
紅葉は終わったと決めつけるのはよそう。

人気のない山の斜面で書くブログもたまにはいい。
小鳥が鳴き、赤トンボがやって来て 腕にとまる。
時を経てここは今も大切な場所に変わりない...。


by finches | 2013-11-23 14:58 | 季節
997■■ 初湯たんぽ
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寒さを感じる今日この頃、朝の洗顔の水も日に日にその冷たさを増してきたように感じられる。
そこで昨夜から湯たんぽを使い始めた。

湯たんぽを使い始めて二年目になる。
こんないいものがあったのかと今更ながら思うが、ブリキ製で真鍮の口金のついたやつ、やはりこの伝統の型が一番だと思う。

今も椅子の足下にその湯たんぽはある。
それはほのかに暖かい。

湯たんぽのお湯は行きつけの温泉のもので、朝はそのお湯で顔を洗う。
一晩寝かせたお湯はまるで焼酎の前割りのように、一層そのまろやかさを増している。

家人はそのお湯での洗顔がたまらないと言う。
然もありなん...。

by finches | 2013-10-19 05:13 | 季節
995■■ 秋分の朝顔
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初めて経験するこの夏の暑さ、それは酢橙の枝につけた温度計の水銀柱を38度まで上げた。
その暑さのために新しく植えた草木も随分と枯れた。
たとえそれをまぬがれても、葉焼けした草木は弱々しくしな垂れ、その暑さが過ぎるのをただただじっと待っているように思えた。

初めて経験するこの夏の雨、それは獣のように恐ろしい雄叫びを上げて叩きつけ、草木も大地もそして人もその余りさにおののき、それが過ぎるのをただただじっと待った。
真夏日ということばが生まれて久しい。
そのことばと足並みを揃えるように、優しかった日本の夏の雨は南の国のスコールに変わった。
そして猛暑日ということばが生まれ、更に「これまでに経験したことがない」ということばが冠せられ、雨もスコールからとうとう音からまるで違う恐ろしささえ感じる雨に変わった。

夏に向けてヘブンリーブルーの種を幾十と蒔いた。
そのうち何割かが無事に芽を出し、それを何箇所かに分けて植え替えた。
そのうちまた何割かが無事に育った。

蔓を伸ばし始めた朝顔のために棕櫚縄を張った。
蔓は竹垣をはい、屋根まで上がり、柿の木のてっぺんまで伸びた。
だが花を咲かせることなく 暑過ぎる夏は過ぎた。

秋の彼岸を前にして突然ヘブンリーブルーは真っ青な花をつけ始めた。
竹垣、トマトの竹棚、屋根、柿の木のてっぺん、とにかくそこら中で。

今朝も何十もの真っ青な花が風に揺れている。
秋分、朝顔はまだ明け遣らぬ闇の中でその美しい青い花を開いたのだろう...。

by finches | 2013-09-28 06:55 | 季節
993■■ 眠り蝉
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蕗の葉と酢橙にたくさんの蝉の脱け殻が残されている。
蕗の葉だと地上に出てからの距離は50センチくらい、酢橙だと2メートルくらいになる。

前者の場合、地上に出た蝉の幼虫は羽化をすべく手直にあった蕗を選んだことになる。
後者は、同じく地上に出た幼虫はわざわざ離れた場所に立つ酢橙の木をその場所に選んだことになる。

酢橙の木に残る脱け殻の数の方が断然勝ることから、蕗の葉を選んだ方は本来の蝉道からは邪道なのだと思う。
まだ体の柔らかい幼虫が外敵を逃れ羽化を果たす確率、無事に羽化を終えてもまだ柔らかくフニャフニャの羽根を伸ばし飛べるようになるまでの危険、地上に落ちることなく確実に飛翔できる可能性、それらをして蝉の幼虫は程よい高さの灌木を選ぶのだろう。

早朝、無事に成虫となったクマゼミを酢橙の枝に見つけた。
手を近づけても微動だにしない。
しかし、数時間後に再び手を近づけると、今度は一声を残して飛び去った。

前者は、体温が上がらず動けずにいたクマゼミだったのだろう。
後者は、日が射し始め気温の上昇がクマゼミの体温を徐々に上げ、危険から逃避し得たその瞬間だったのだろう。

いつものことだが、自然は多くのことを考えさせはするが、最後にはきちんとその訳を教えてくれる...。

by finches | 2013-08-04 14:56 | 季節
990■■ 初蝉鳴く

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今年はまだ蝉の鳴き声が聞こえてこないと思っていたら、きのう日が落ちてヤマモモの木の方角に蝉らしき一声を聞いた。
実はその前兆はきのうの朝あって、庭の小径の石ころにじっとしている一匹のアブラゼミと出合った。
みかんの枝にそっと置いてやると、まだ羽が開ききっていない蝉は、ジージーと鳴きながら草むらに飛んで(落ちて)行った。

今朝も小径の小椅子の脚に蝉がとまっているのを見付け、そっとみかんの枝に置いてやった。
開ききっていない羽はきのうと同じで、この蝉は飛ぶことができないのかも知れないと思った。
飛べない蝉は、きっと鳴くこともできないのだろうと思った。

今、蝉の鳴き声が聞こえている。
だが、一匹の蝉の鳴き声はまだ単調で、本来の鳴き声とは程遠い。
それを聞きながら、蝉というものは二匹以上が競演することで初音の調整ができるのだと分かった。

今、蝉の鳴き声は聞こえない。
だが、木々の枝々には無数の蝉が初音の準備を既に整えていて、リーダーテノールの一声を待っている筈だ。
そして、その瞬間大合唱が始まるに違いない...。

by finches | 2013-07-13 07:49 | 季節
989■■ 庭の小径
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鬱陶しいばかりの梅雨の長雨も時に清々しい感動を与えてくれる。

土を割り土をモッコリと持ち上げる双葉の力強さ、名も知らぬ無数の野草の健気な生命力、一本また一本と其々のペースで蔓を伸ばし始める朝顔の堅実さ、何時そんなに大きな実をつけたのか胡瓜の不思議、透明なカプセルの中に色の宇宙を宿すトマトの神秘さ、朝霧にシルエットを現す蜘蛛糸の妖艶さ、まだまだ言い尽くせないくらい無数の感動がある。


雨に濡れた庭の小径も日に何度も心に感動を与えてくれる。

自然摘果の柿や酢橙の青い小さな実が散らばっていたり、シダが突然勢いよく生長を始めたり、島の竹箸工房を訪ねた時に分けてもらったトクサから小さな芽が伸びているのに気付いたり、柿の二葉がそこら中から顔を出していたり、水鉢の中に生まれたばかりの子メダカが泳いでいるのを発見したり、番いの雉鳩が向こうから歩いて来たり、これまた数え上げれば切りがない。

不要なものの置き場、薄暗くてジメジメとしていて、決して近付きたくなかった場所、それがこの小径の辺りだった。
その場所が、今では静かな癒しの空間に変わった。
鬱陶しいばかりの梅雨の長雨も、この小径にはよく似合う。
梅雨明けももう間近、次は朝夕の水打ちだ...。

by finches | 2013-07-08 06:40 | 季節
986■■ 朝顔

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梅雨の合間に朝顔の種を蒔いた。
翌日は再び鬱陶しい梅雨空に戻り、二日間降り続いた。
フカフカの土に僅か1センチの深さに植えられた種はそんな雨に打たれたら一溜まりもない。
そこで、覆いを掛けてやった。

再び梅雨の晴れ間が訪れ覆いを外すと朝顔は一斉に小さな芽を出していた。
色は薄いベージュで、もともとそんな色なのか、覆いを掛けられ日の当らないモヤシ状態で発芽したせいなのか、兎に角そんなひねた色をしていた。

もっとよく日の当たる場所にポットを移してやった。
日の光を浴びて一日で随分と大きくなったが、色はまだ薄いベージュだった。
だが、今朝見るとその葉が薄緑に変わっていた。
きっと、夜の間に日を浴びてできた葉緑素で色が置き変わったのだろう。

ヘブンリーブルー、大きく育って青い花を咲かせてくれ...。

by finches | 2013-06-04 06:35 | 季節
983■■ 雉鳩と蓮華

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これまでこの硬く締まった土には草も生えなかった。
そんな硬い土に穴を掘っては野菜屑や木の葉を埋め、自家製の発酵液を散布しては土着微生物の活性化を促しポジティブに土づくりに参加してもらおう、そこに生える草はそのままの状態を保持することで土の温度は下がり根は土をふかふかにしてくれる、そんなイメージを頭に描きながらこの一年その硬い土と格闘してきた。

去年の秋の終わりにその硬い土に蓮華の種を撒いた。
白いタンポポや芙蓉の種も撒いた。
春か来たらその硬い土を可憐な蓮華の花が覆う様を思い描いた。

硬かった土は柿の木の周りからだんだん柔らかい土に変わり、まだ硬い土の部分からも小さな草が少しづつだが顔を出してきた。
蓮華は咲いた、だがその硬い土に根を伸ばすことはできないようで小さな体に小さな花をつけた。

雉鳩はそんな手塩に掛けた土の上を歩いてやってくる...。

by finches | 2013-05-11 08:06 | 季節