カテゴリ:空間( 91 )
1001■■ 空間を遊ぶ
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写真に撮って改めて見ると、玄関の廻りにはいろんなものが無造作に置いてある。
薪ストーブもないのに薪用にと手に入れた柳の生木も、既にもう乾燥から朽ちへと向かっている。
この冬は北海道では卵形ストーブとして親しまれている薪ストーブを取り寄せ、メガネ石の代用にデラクリートの板を加工し、遮熱に気を使いながら煙突を繋ぎ、もう何度もその柳の薪を焼べた。

玄関前の柳も残り僅か五本になった。
玄関前の柳はいつしか空間を遊ぶ大きな剣山のような存在になっていて、大枝を差してみたり、小枝を鳥の巣のように重ねてみたり、こんな陶製のルーバーを置いてみたりと、思い付くままに楽しんでいる。
大甕に生けた南天と松は正月用の飾りだったが、まだ元気だからそのままにしてある。

木賊(とくさ)も根をつけた。
去年の夏の暑さで瀕死の状態だった蕗も可愛い蕗の薹をつけている。
柏葉紫陽花は今年もたくさんの花をつけ、見事な紅葉も見せてくれるだろう。
隣家の庭には今年も色取り取りの花が咲き揃うことだろう。

そんな季節に呼応してこの大きな剣山に何を生けよう...。
まだ寒い冬、芽吹きが始まったら考えよう...。

by finches | 2014-01-31 05:09 | 空間
996■■ グランルーフ
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東京のこんな都市的空間が好きだ。
光を透過するテフロンの膜材、スレンダーな鋼材の接合部のディテール、隠れて見えないがタイロッドも美しくおさまっているだろう。

かつてこの場所には12階のデパートが建ち、視界を遮っていた。
それが今このグランルーフに変わり、八重洲から丸の内へ風穴が開いた。

丸の内側の東京駅は創建時の姿に復元された。
まるでその復元と対峙するかのように、デパートの『壁』は消えた。

再開発により高度な集密化を図りながら、一方でスパッと『減算』する。
東京のそんな都市的ランドスケープが好きだ。

だがそこにはそれを、想い、創り、闘い、成した、人間が必ず、いる...。

by finches | 2013-10-14 10:32 | 空間
987■■ 東京

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久し振りの東京、なのに生憎の雨。
傘なしでも済みそうなくらいの弱い雨で、フランス人ならこんなの雨のうちに入らないだろう。

東京は中継地だが、今日一日と明日半日時間を取ってある。
大半の荷物は最終到着地に送ってあるとは言えども、細々したものもそれなりに集まると重い。
まして雨。

予定は大幅に狂う。
何より楽しみにしていた街の探訪ができない。

雨宿りにはいささか大き過ぎる空間だが、しばし雨宿り。
これを書いたらホテルに荷物を預け本屋にでも行こう。
どさっと買って送ろう。

コンサート開始は夕方。
風邪など絶対にひけない...。

by finches | 2013-06-13 11:28 | 空間
984■■ 障子と夕日
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どこでもいい、急に古い建物を見たくなった。
西に行こうが北に行こうが東に行こうが、南以外そこには歴史の面影を残す城下町がある。
だが、その日は以前に外からの家の構えに興味を抱いた、ある作家の生家を訪ねたいと思った。

到着するや玄関先の椅子に座って途中で買い求めたお萩と粟もちを、少し高台にあるその生家から山々と小川と田んぼを見下ろしながらいただいた。
田植えの終わった田んぼは、百匹近い野生の猿に荒らされて去年は田植をしなかったという話を聞いた。

また去年の小川の蛍はすごかったそうで、まるでその上を歩けそうなくらいの乱舞が見られたという。
護岸工事がされる前の小川はさぞ美しかったろうと尋ねると、それはそれは美しかったそうで、そのかつての情景を聞きながら、筆者の記憶の中にある,ある小川の護岸工事前と後の姿と重ね合わせた。

一人になると座敷に座りそこからの景色を飽きることなく眺めた。
燕が入って来るからと言いながら開けてくれた障子は両側に引き分けられていたが、それが四本引きの障子であることに気付いた。
四本引きとは障子の溝が4本切ってあるもので、全開すると障子3枚分の開口が得られる。

その様をどうしても伝えたくて写真1枚という方針を今朝は曲げて、2枚の写真を掲載した。
引き分けた2/4の開口と、片側に引き寄せた3/4の開口の開放感の違いはこれ程ある。

冬、山に日が落ちる頃、夕日が二つの座敷の奥まで明るく照らすそうだ。
山に沈むその美しい夕日を、座敷の奥から思い描いた...。


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by finches | 2013-05-14 06:33 | 空間
919■■ 蜘蛛の巣
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何日か前の朝霧の小さな水滴が蜘蛛の巣のシルエットを鮮やかに浮き上がらせ、それが余りに綺麗だったので写真に収めた。
それは言葉に出来ないくらい幻想的で、霧滴は蜘蛛の巣の糸の一本一本をまるで透明な空間に浮遊するオブジェのように浮き上がらせていた。

これまで蜘蛛の巣は、二次元の網糸を空間上に広げた状態で保持するために、その最外周の糸を何点も周囲の枝や葉から引っ張っているものだと思っていた。
勿論、もっと複雑に入り組んでいるものもあったが、それは破れの補修を繰り返す中でそうなるのだと思っていた。

一重の蜘蛛の網が風に揺れているのを見ても、風が抜ける構造、糸の粘り、そしてしなやかな柔軟さが風に抵抗し風の力を吸収しているものだと思っていた。
だが、霧滴が作り出した蜘蛛の巣のシルエットは一重の単純な網ではなく、それが面外方向のどちら側への変形に対してもメインの網を保持するために、垂直に張られたメインの網をそれと直交する面外方向に吊り構造で引っ張っているメカニズムがそこにあることを知った。

蜘蛛の糸についてはマサチューセッツ工科大学の研究がある。
蜘蛛の糸は絹のように見えても実は鋼鉄や強靭な炭素繊維よりも強いそうだが、引き裂かれた後も巣全体が落ちずに済むのはどうしてなのかというものだ。
その研究によると、蜘蛛の糸には2種類あって、1つは巣の中心から外へ向かって螺旋状に張られている粘着糸の横糸で、伸縮性が高く湿り気があってベトベトして獲物を捕らえる役割を果たし、一方、車輪のスポークのように巣の中央から放射状に伸びる縦糸は、乾いていて堅く巣の構造を支えているそうだ。
そして、クモの糸の分子構造は不定形タンパク質と秩序立って並んだナノスケールの結晶という独特の組成をもっていて、ここに外圧がかかると弾性変形の範囲を超えると次にたんぱく質の変性が起こり、これらが複雑に作用し横糸と縦糸が衝撃吸収の際に異なる役割を持つことで巣の一部が破れても穴が広がらないということだ。

蜘蛛の糸の優れた組成はこの研究で分かるが、それより何よりその成分の異なる糸を巧みに操り、頼るものは最初の始点しかないにも係わらず、空中の空間に三次元の網を掛け渡し、更にそれが三次元に補強されているのだから凄い。
お陰で、筆者の自然観察に蜘蛛の巣が加わった。
だが、ほどほどにしておかないと歩き難くて仕方がない...。

by finches | 2012-07-20 08:21 | 空間
832■■ 豊かさの共存
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当時中学生だった記憶にこの建物ははっきりと残っている。
外観もそうだが、屋上の木々が何だか不思議に思えたことをはっきり覚えている。
この建物は旧海運会社の事務所兼住宅として大正4年(1915年)に完成したもので、左側の建物はそれよりもっと古い明治33年(1900年)完成の現役郵便局となる。

この事務所兼住宅ビル、一見、3階まですべて事務所のようで、住宅は屋上にあるのだろうと思いきや、これが全く違う。
事務所として使われたのは1階だけで、2階と3階すべてが住宅になっていて、しかも全部が和室だというから驚く。
そして、あの不思議に思えた木々は屋上庭園のもので、そこには茶室まであるというから更に驚く。

今でこそ屋上を植栽したり東屋や茶室を造るなど珍しくもないが、大正4年にそんな発想をした人間がいた驚きと同時に、この街に吹いていたモダンな風を感じる思いがする。
中学生の筆者にはこの交差点がとてもエキゾチックな場所に思えた。
そこには古い建物や神社や市場や船着場があって、自動車やバイクや自転車や人が行き交う活気があって、貨物船や連絡船の汽笛の音があって、海からの潮の匂いがあって、それらがこの交差点を混在が醸し出すエキゾチックで不思議な雰囲気にしていた。

変わり果てたと思い記憶の中に封印していた場所だったが、来て良かったと思った。
交差点を囲むように4つの古い建物が残り、そこに新しい活気が生まれていたことが何より嬉しかった...。

by finches | 2012-02-23 04:36 | 空間
830■■ 狭間から見えた景色

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日曜日に歩いた道程を地図で見てみると、一つの目標に向かって歩いているつもりが大きくずれていたことが分った。
だが、その遠回りのお蔭で偶然の発見や思わぬ出合いもあったのだから、満更道を間違えるのも悪くはない、寧ろ楽しいくらいだ。

街歩きはそんな各駅停車のような自由気ままな歩き方がいい。
途中で出合った学校を戦前のものだろうと予想したら、実際は戦後のものだったりと当たり外れはあるものの、後で調べてみるとその学校には博物館まであることが分ったりと、そこを訪れることがあるかは別にしても、筆者の頭の中の引き出しにそのことが大切に仕舞われたことは事実だ。

地勢的に見た街並みの生い立ち、歴史的に見た街並みの成り立ち、個々の建物の歴史、それらを想像し関連付けて街や建物を見るのは楽しいことだ。
旧名を記した石柱からはその由来が分り、そこから過去を想像してみることもできる。
だから、石柱一本であっても街の中に脚色のない事実だけを残すことは大きな意義がある。

一旦は通り過ぎたものの、明治期のものらしい建物を写真にだけは収めておこうと戻りシャッターを切った。
二枚目をと思った瞬間、狭間の向こうに見える放物線アーチに筆者の興味は釘付けとなった。
あった、あった、こんな所にも昭和初期の学校が残っていると嬉しくなり、煉瓦の建物はそっちのけで狭間の主の方へと向かった。

その建物は学校ではなく、筆者が目標として探していた正にその建物だった。
あった、あった、こんな所にあったのか。
さて、この続きは次稿に...。

by finches | 2012-02-21 05:03 | 空間
796■■ 荒れた竹林

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前稿で妖艶と形容した孟宗竹の竹林が終わり、そこからまたしばらく登ると道の両側に真竹の群生が現れた。
南斜面という条件は共通していたが、その形相は随分と違っていた。

竹ばかりを見ていて余り記憶には自信がないが、孟宗竹の方は道の下斜面にその群生はあり、上斜面は竹もあるにはあったが、ほとんどが常緑の雑木だったように思う。
一方、真竹の方は道の両側にその群生はあって、立ち枯れも多く、竹同士がぶつかり合う音も聞こえていた。

これまでに見た竹林から、真竹は人が手入れをしてやらないと、そこら中から生えてきて、それこそ手のつけられない藪になってしまう印象がある。
藪になると下まで光も届かず、風で竹同士がぶつかり合い擦れ合って、仕舞いには写真のように竹林は荒れてくる。

その荒れた竹林を見て、函館本線を札幌に向かう車窓から見た光景と重なった。
それは、雪の重さで倒れたのか、風で倒されたのか、兎に角夥しい数の倒木が美しい景色の中で異様に映ったことだ。
増え過ぎた同一の種を容赦なく淘汰する自然の姿、その冷徹さに畏敬と畏怖さえ覚える。

山は自分の足で登って来る者だけにその真の姿を見せてくれる。
美しい部分、豊かな部分、生まれようとしている部分、終わろうとしている部分、傷ついている部分、病んでいる部分、危険な部分、怖い部分、それらを全て見せてくれる。
そして、山はそれらに気付く繊細さや感性も鍛えてくれる。
妖艶な竹林と荒れた竹林の共存、その両者を内包する小さな里山の自然から、また一つ大きなものを教わったように思う...。

by finches | 2012-01-18 03:59 | 空間
795■■ 妖艶な竹林
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記憶に残る美しい竹林がある。
それは神戸の灘高校近くでの打ち合わせを終え、阪急御影まで歩いた時に出合った。
記憶ではその竹林を抜けて香雪美術館に立ち寄ったように思う。

山城に登る途中で出合った竹藪を見て、その竹林の記憶が蘇った。
孟宗竹の群生は竹薮というには余りにも美しく、妖艶な竹林こそが相応しい言い方だと思った。
その竹は一本一本が瑞々しく色も濃く、まるで竹林全体が微かな光を放っているようにさえ感じられた。
それは、御影の竹林で思った、かぐや姫が出て来ても不思議ではない、正にあの時と同じ不思議でそこだけ異質な空間が奥へと続いていた。

手入れをするには余りに急峻な斜面で、人の手が入っているとは思えなかったが、立ち枯れもなく、まるで一夜にして伸びたような揃っての初々しさがあった。
山道には竹の落ち葉が厚く積もっていた。
広葉樹の落葉は踏むと割れるような感触があるが、竹の落葉は踏むとクッションのように優しく沈み実に気持ちがいい。

同じ竹藪でも暗く薄気味悪いものもある。
そして、人気のない山道を一人歩くことには不安がないでもない。
だが、それらに勝る未知の出合への期待、それがあるからやめられない...。

by finches | 2012-01-17 05:49 | 空間
765■■ 軽い屋根

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テンセグリティはバックミンスター・フラーによって提唱された概念で、ケネス・ネルソンの彫刻に引張材と圧縮材がまるで浮遊するような、均衡したその形態を見ることができる。
テンセグリティは圧縮材が互いに接触しておらず、ピンを介して張力材とのバランスで成立する構造システムで、これをある構造家のことばを借りれば、「非接触で不連続な圧縮材が張力の海に浮かぶ自碇したシステム」となる。
その構造家はテンセグリティをサラブレッド(純種)とするなら、その概念を構造物に反映したテンセグリック構造をハイブリッド(雑種)と位置づけている。

何のことか分らないだろうが、この250字を書くのに筆者は昨朝と今朝、5時間あまり様々な文章を読み漁った。
その中には興味深い論文もいくつか見つけたが、その内容を掻い摘んで書くのは朝からちと荷が重く、そそくさと上の250字に纏めて終わりにした。

写真の屋根はそのテンセグリック構造のあるシステムで構成されたもので、顕微鏡で見た時の細胞と細胞核のように見える一つ一つがこのドームを構成する構造単位となっている。
各細胞の細胞膜に当る部分が圧縮材の鋼パイプ、細胞核に見える中央の点と圧縮材の端点とを繋ぐハイテンションロッドが引張材で、この張力材(引張材)が集まる中央の点で膜屋根を支える構造になっている。

まあ、重い話はこれくらいにして、とにかく軽々とした屋根は気持ちのいいものだとしておこう。
今朝、前稿の予告に反して『軽い屋根』は中止にしようかと思いながら朝食へと外に出た。
すると、この冬初めての粉雪が舞っていた。
寒い筈だ。
だが、それはまるで『軽い』に合わせたような、そんな雪に思えた...。

by finches | 2011-12-16 05:35 | 空間