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045■■ ほお葉巻き
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今朝友人のブログにコメントを書いた。
校舎の3階の窓から撮った朴(ホオ)の花が掲載されていて、直径が10センチ近くあるそうだ。
朴の木は高木でその花は上を向いて咲くため、なかなかその花の様子を見ることはできないらしい。
またこの季節、木曽地方では 「ほお葉巻き」 という、米の粉を練った餅であんを包み、それを朴の葉で包んで蒸した郷土食がつくられるそうだ。

その友人のブログを覘いたら、今日三つ目の記事が上がっていた。
外は雨だし今日は特別もう一つ記事を書こうと決めた。
最初は今朝のブログを上げた後で、四季咲きのものをゼラニウムと言い、一季咲きのものをペラルゴニウムと言うらしいことが分かったり、ブログを読んだ妻が根切り虫の被害に遭った時、花を掴んだら根を残して土から上だけがポッカリ抜けたことがあったと言い出したり、ゼラニウムの続きでも書こうかと思っていたところだった。

だが、今日二つ目の記事は友人が取り上げていた朴の花を書いてみようと決めた。
本当は 「ほお葉巻き」 という美味そうな郷土食を書きたかったのかも知れない...。


朴の花/Wikipediaより
ほお葉巻き/“御菓子司 田ぐち”より
by finches | 2009-05-31 16:46 | 記憶
044■■ ゼラニウム
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多年草は冬に地上部分は枯れ春に芽を出すものを言い、ゼラニウムもこの仲間に入る。

我が家のゼラニウムは一度原因不明の瀕死状態に陥り、花はすべて落ち葉も数枚を残して枯れる寸前までいったことがある。
これは根に問題があると思い土を新聞紙に広げ、太陽の光をあて栄養材を混ぜての土づくりが功を奏したのか、何とかもち直し再び花を咲かせるまで回復した。
その後、我が家の三つの鉢は赤とピンクの花をつけ続けている。

ところで、この花について以前から不思議に思っていることがある。
三鉢揃って枯れる寸前までなった時以外、花が絶えたことがないことだ。多年草なのに...。
どうして春夏秋冬、一年中次から次へと花をつけることができるのだろう。多年草のくせに...。

肥料もほとんど与えないのにどうして咲き続けることができるのだろう。
この花の生命力にも感嘆するが、土にはどれ程の力が秘められているのだろうか。
それとも空気中から窒素をせっせと吸収しているのだろうか。

それにしても、上の一回を除き18年以上休みなく咲き続ける力は、やっぱりスゴイ...。

by finches | 2009-05-31 06:45 | 嗜好
043■■ 復興小学校余話 ・其四
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復興小学校は関東大震災で焼失したし117校が鉄筋コンクリート造の校舎に建て替えられたものをいう。
したがって、周辺罹災地域の中で島のように罹災を逃れた一角で、唯一神田区内で焼失を免れた佐久間小学校はこの復興小学校には入らない。

復興小学校は復興事業に後から加えられた佃島小学校の昭和6年完成を例外とすると、残りの全ては昭和5年までに完成している。復興図集にある全ての学校を見ても、昭和6年までに完成しておりその中に佐久間小学校の名はない。
現在、大正11年から昭和13年までに建設された鉄筋コンクリート造の小学校校舎で、自分で確認できている165校 (残りの数校は未だ確認できない) からこれら全てを除くと27校となり、その中には佐久間小学校も含まれている。

昭和9年完成の四谷第五や10年完成の高輪台小学校には明らかにインターナショナルスタイルの特徴が表れており、これらから類推すると佐久間小学校は昭和7・8年頃には完成していたのではないかと推測できる。
ただ、これも憶測の域を出ない。それは敷地条件が異なるからだ。
狭小敷地の場合 「コの字型平面」 を採る例が多く、また隣接する和泉小学校などとの建築的差別を避けることへの配慮も、当然念頭において設計が進められたものと推測されるからだ。

写真は佐久間小学校だが、典型的なコの字プランをしている。
左翼部の端に講堂が置かれ、写真では判読できないが花壇や砂場などが規格通り設けられている好例だと言える。 (講堂と道路に挟まれた長方形はプールではないかと思う。)
そして、この構成は敷地を替えても自在に変化できるように練られていた。

今回は早朝から少し頭を使った...。

by finches | 2009-05-30 06:55 | 復興
042■■ 復興小学校余話 ・其三
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復興小学校として括ることはできるが、夫々個性もあれば違いもある。
今となってはその全てを詳しく調べることは不可能に近いが、いくつかの特徴ある小学校についてもう少し踏み込んで調べてみたいという気持ちがある。
佐久間小学校もその中の一つだった。

現存する復興小学校については多少分かってはいたが、残りのほとんどは名前も場所も分からなかった。
そんな雲を掴むような手探り状態で調べを進める者にとって、やっかいなことがある。
それは統廃合により創立年時の古いものがその校名のみを継承し、別の場所に移動している場合だ。
小学校の中にはその沿革史の中で統合前の夫々の学校の歴史を後世に残そうとしているものもあるが、この佐久間小学校が統合された和泉小学校の沿革史には一切統合前の歴史が記されていない。
創立年の古さよりその歴史の中身こそ受け継がれるべきと思うが...。

校名も場所も変えたヤドカリ状態を打破するには、想像連鎖・仮説のたて方・書籍との出合い・運、それらがそのものに辿り着けるか否かを左右することとなる。
佐久間はなくなり和泉になり、和泉は佐久間の場所に移動しその歴史と連鎖の糸を切っていた。

そんなこんなで佐久間小学校の発見は自分にとっては小きな一歩だった...。

by finches | 2009-05-29 07:38 | 復興
041■■ 復興小学校余話 ・其二
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関東大震災により当時の神田区は全域が罹災するが、その中にあって罹災から免れた一角がある。
そしてその中にあった佐久間小学校だけが、神田区の小学校14校の中で残存する。
その一角は神田区の東、下谷区と浅草区に近い場所に位置し、ここだけがまるで罹災しなかった周辺地域の飛び地のように四角く抜けている。

残存した佐久間小学校は木造校舎だった為に、復興小学校117校の建設に引き続き進められた小学校校舎の鉄筋コンクリート造化で建て直されたことになる。
因みに、東京市ではこの様な小学校を改築小学校と呼んで復興小学校とは区別している。

現在、佐久間、今川、和泉の3校が統合され、佐久間小学校のあった場所に和泉小学校と名を変えて建っている。佐久間小学校の創立年は不明だが、今川が明治41年、和泉が明治33年創立であることから、最も古い和泉の名が残されたものと推察される。

調べてみると、和泉小学校の脇に 「防火守護地」 の石碑があることが分かった。
佐久間町内の人々は結束して避難よりも延焼を防ぐ努力を優先し、幾度も襲い掛かる火焔と丸一日以上にわたり戦い、この町を火災から守った様子が千代田区史に記されているそうだ。
これでやっとこの一角だけがぽっかりと、島のように白く抜けていることに合点できた。

だが、防火守護地の石碑より、関東大震災の大火を潜り抜けた歴史をもつ、佐久間小学校を残して欲しかった...。

by finches | 2009-05-28 07:20 | 復興
040■■ 復興小学校余話 ・其一
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小学校校舎の鉄筋コンクリート化は関東大震災後の復興事業に端を発するものではない。
復興小学校は震災前に始まっていた鉄筋コンクリート化の流れの中で、偶発的に起きた大災害によって補給規程の改正を経ながら限られた期間の中で収束したと考える方が正しいだろう。

東京と函館の鉄筋コンクリート造校舎が共に大災害からの復興をその背景にしていたことで、復興小学校として十把一絡げにしていたが、全国の主要都市で進められていたこの取り組みは概して復興とは無縁であり、それとは異なる時代背景、特に小学校教育の変遷の過程を背景に持つことを知ることで、より興味深いものになってくる。

神戸市の須佐小学校が最初の鉄筋コンクリート造校舎だが、これが建設された大正9年の都市人口を見ると、神戸は東京・大阪に続く全国第3位というのが興味深い。
この大都市という人口及び経済的基盤は確かにその背景としてあるが、どうして神戸で全国に先駆けて鉄筋コンクリート化が推し進められたのだろうか。
そこには一人の市会議員による積極的な推進があった。

まだまだ書きたいが、今日はここまで...。

by finches | 2009-05-27 08:10 | 復興
039■■ 復興小学校余話
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別のブログで函館の弥生小学校の保存問題をその設計者・小南武一を通して考えてきた。
調べていく中で東京の復興小学校を知り、両者が復興事業ということで共通していることに興味を抱いた。
しかし、東京での小学校校舎の鉄筋コンクリート造化は関東大震災後の復興事業として始まったのではなく、その2年前から既に進められていた。
また、この動きは東京に始まったものではなく、神戸、横浜、大阪に於いて既に進められていた。

今新たな仮説をたてて考えている。
それは小南武一がこれら一連の動きを知っていただけではなく、実際に見ていたのではないかという仮説だ。
小南が不燃化遂行のために技手として函館に招聘されたのは大正14年だが、その2年前に起きた関東大震災を銀座の服部時計店の工事現場で体験し、その後の復興事業とその中で行われた復興小学校の建設を実際に見ていたと思うようになってきた。
また、函館赴任前に郷里の兵庫県に当然足を運んだと考えられ、その時に神戸と大阪で進む小学校校舎の鉄筋コンクリート造化を自分の目で間違いなく見ていたと思う。

一方、函館で図書館の不燃質化に取り組んでいた岡田健蔵も、図書館建設の為に行った視察の旅の中で、この小学校校舎の不燃質化の動きを間違いなく感じ取っていたと考えられる。
岡田健蔵の悲願であった図書館建設に続き、函館で次に小南が取り組むのが新川小学校だったことがこれらを如実に物語っている。

言うまでもなく、鉄筋コンクリート造によって...。

by finches | 2009-05-26 07:13 | 復興
038■■ 猫
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ヘビとヒグマ以外なら動物は総じて好きだし、中でも和猫が好きだ。
その中でも茶トラか三毛が好みだが、あまりうるさくはない。
だが、目の細いやつ、顔の細いやつ、痩せて貧弱なやつはイヤだ。
やっぱり猫らしい顔をした少し太めがいい。

パイナップル入りのトムヤンクンを除けば好き嫌いはない。
中でも気取らない家庭料理、大皿料理がいい。
料理は総じて好きで、味は培った記憶と感で決める。
My包丁を何本か所有するが、出刃以外はほとんど一尺の柳刃一本で済ませる。
長いので油断すると手を切っていることもよくある。
良く切れるので、しまったと思った時はもう後の祭り。

和包丁を扱うと、これを研ぐのもまた楽しみとなる。
感性も研ぎ澄まされるようにと願いつつ砥石に向かうが、そうは問屋が卸さない。
そんなこんなで趣味とは言えない小趣味だけが増えていく。
動物ネタ、料理ネタ、趣味ネタで書くつもりはないが、三回に一回の箸休めの時にはタブーの箍も緩めたい。

さあ、また復興小学校に戻らねば...。

by finches | 2009-05-25 06:52 | 嗜好
037■■ 城東小学校 ・其八
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復興小学校には唱歌、図書、手工、裁縫、作法、理科、家事などの特別教室が設けられた。
中でも設備を要した理科室と手工室については細かな規格が示されている。
当時の小学校を卒業すると多くの生徒が仕事に就いた時代を考えると、この特別教室のほとんどが社会での実践につながる教育の場であったことが想像される。

手工室をとってみても現在と異なる様々な工具が用意され、高等科に至っては板金細工や簡単な冶金・旋盤の設備を備えるものまであった。また、音が発生する手工室は1階の翼部に置くことが推奨され、設備配管や配線の効率化に加えて塵処理までも考慮して、その2階に理科室を置くことが書かれている。
加えて手工室は2面乃至3面の採光が求められ、明るく快適な場所として用意されたことが窺える。

さて、今と当時とはその授業形態も異なるが、綺麗に整理整頓され子供達への出番を待つ道具類に、この学校に潜在する力と図工(美術)を担当する若い先生の教育者としての豊かな感性と資質を感じた。
その一方、函館には教育委員会と市長によって今まさに壊されようとしている弥生小学校という由緒正しい学校がある。
この弥生小学校の見晴らしの良い階にある床の間付きの和室のことを思った。

そして、明るい日差しが射し込むあの和室で裁縫や作法を教え習う昔日の光景に想いを馳せた...。

by finches | 2009-05-24 07:31 | 空間
036■■ 城東小学校 ・其七
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復興小学校の鉄筋コンクリート造校舎の設計規格の中には、当然廊下や階段についての記載もある。
教室などの規格が採光を中心とした教育環境や衛生面を重視しているのに対して、こちらは避難時の安全を最も重んじている。
今でこそ数多の設計資料を参考にしたり、関連法規に準じておけば最低限の設計くらいならできるだろうが、当時は過去から脱皮し新しい規範をつくろうとするなら、それは限られた洋書の中に求めるしかなかった。

階段についての記載を興味深い思いで読んだ。
それによると、ニューヨークの学校建築家スナイダー氏の実験に基づき、非常時に於いて全校舎を開けた時に、3分以内に退出できるよう設計規格が決められたそうだ。
1920年代という時代、どこか哀愁が漂う美しい時代。この宝石のように輝いた時代の一方で、日本という国の礎をつくるべく技術者による様々な取り組みが模索しながら続けられていたことを改めて知った。

復興小学校によって益々1920年代に引き寄せられて行く...。

by finches | 2009-05-23 07:25 | 空間