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436■■ 悪夢からの帰還

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久々の東京に、全てが動いているなと改めて強い実感を覚えた。

昨日は3時半に起床し一仕事した後公園のベンチでブログを書き、7時半に朝食を取り、8時から「ゲゲゲの女房」を見て(普段はテレビは見ない)、八時半に木工所に出掛け、電話で数件の打ち合わせをし、急にも係わらず予定を工面してくれた来訪者と打ち合わせをし、銘木店からの桧を受け取り、東京での打ち合わせをセットし、資料の片付けをし、部屋を掃除し、夕食を済ませ、空港までのコンビニでコピーを取り、空港の駐車場に車を置いて最終便に乗り、帰宅したのは10時半を回っていた。

荷物は小型のデジカメ、iPad、髭剃り、書類、そして99%壊れているであろうハードディスク。
残り1%の望みを捨てていないのは、ハードディスクが動作しなくなる前に変調の兆しや異音が全くなかったこと、そのことからパソコン側の回路異常か、若しくは電源側の特定ボルトに限った送電回路の異常が考えられたからだ。

今朝、早速そのハードディスクを外付ハードディスクケースに繋いで電源を入れてみた。
果たして認識するかと動作を見ていたら、2つのパーティションに分けている両方共に正常に認識した。
データはどうかと開いて見ると、全てのデータはそのまま揃っていた。
やはり、パソコン側か電源側の異常でハードディスクが動かなくなったことが証明された。

二日前、筆者の頭はトラブルが生じている箇所の特定、原因、復旧の可能性、取るべき最善の方法、これらについてフル回転した。
だが、今全てが解決した。
ハードディスクを外したパソコンはもう使い物にならないが、別のパソコンに外したハードディスクを外付けして繋げば全てのデータは新しいパソコンに取り込める見通しもついた。

だが、今回のことで否応なしに始めたアナログでの仕事、そのことで改めてその必要性を考えさせられたことも事実だ。
悪夢からの帰還は喜ばしい、だがそれ以上にアナログへの帰還の方により意義があった今回の騒動かもしれない...。

by finches | 2010-07-31 06:13 | 無題
435■■ 夏の曇天

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パソコンが壊れ、昨日は全くのアナログ状態で仕事をした。
だが、アナログといってもそれは仕事だけで、ラップトップとiPadを使った調べ物には苦労はしない。
改めて、物事を考える上ではアナログでの思考が重要だと思い、もの事を調べる上ではデジタルへの依存が不可欠だと感じた。

今夜の東京行きの最終便のチケットが取ってある。
恐らく壊れているであろうハードディスクも外し持ち帰る準備は出来ている。
もし動作しなければこの1ヶ月間の全ての作業がデジタル上はゼロになる。
だが、そんなことはどうでもいい、壊れたことやバックアップをしていなかったことを悔やんでも仕方がない。
この辺の性格はサッパリしている。

久し振りの涼しい朝で、一仕事を終えて朝の公園にやって来た。
太陽のない曇天の空の下では、湖の傍の木のベンチに座り、ラップトップをそれこそ膝の上に開いて白鳥たちを見ながら文字が打てる。

東京は暑いのだろうなと思った瞬間、サルスベリの花が目に留まった。
以前暑い暑い夏があって、その時はどのサルスベリも綺麗な花を付けていた。
その時以来サルスベリは暑い夏に沢山の綺麗な花を付けると信じていたが、今年はこんなに暑いのにその花は然程でもない。
きっと度を越して暑過ぎるのだろう、花も参っているのだろう...。

by finches | 2010-07-30 07:44 | 無題
434■■ 夏の悪夢

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酷暑の中とうとう我慢も限界に達し冷房を入れた二日目に悪夢のような出来事が襲った。
デスクトップのモニターが突然消え、いつものウィンドウズのダウンだと思っていたらパソコンの電源は落ちていない。
仕方なく電源ボタンを押し込んで強制終了させた。

時間をおいて電源をいれても駄目、お決まりの電源コード抜きも試したが駄目、高温が原因だろうとケースを開けて扇風機で風を送るが駄目、これらを何度も繰り返したがハードディスクランプが点灯しないことに気付き、原因はハードディスクが動いていないことだと分かった。
 (まだハードディスクが壊れたとは恐ろしくて認めたくない)

直ぐに東京に戻る飛行機の空席を調べた。
空きはあるが前日料金は高い、当日の最終便に至っては普通運賃で、こんなものを往復買ったらパソコンが一台買えてしまう。
勿論レンタルパソコンも調べた。
だが、東京に別のパソコンを取りに戻っても、レンタルパソコンを借りても、壊れたと認めたくないハードディスクのデータが使えなければ作業はできない。
 (東京ではないのでバックアップも小まめに取っていなかった)

筆者の頭はフル回転、冷静に考えて機械に頼らず手作業でやろうと決断し、専門用具を置いている文房具店に直行した。
だが、お粗末な品揃えで「・・・はありませんか」と訪ねたら、モタモタとカタログを調べ忘れた頃に取り寄せになると伝えに来て、「どのくらい時間がかかるの」と聞くと、また要領の悪い説明の挙句に2週間かかると言う。
 (地方都市の衰退はこんな店員を置くこんな店があることだとつくづく思った)

お急ぎならインターネットで買えば2、3日で買えますくらい言えば、急いでいなけれが取り寄せを頼んだろうし、少なくともこの店員への評価は上がっただろう。
延いては、あの店は駄目だと思わせるか、あの店には良い店員がいると思わせるか、その違いは回りまわって大きいと思った。

結局2種類の定規と、5Bと6Bのハイユニを買って帰り、明日からの完全アナログ体制に向けて部屋を片付け、気分治しに温泉に入り、冷した赤ワインを1本飲んで休んだ。
そして、今朝は4時半に起床、起きると直ぐアマゾンに外付ハードディスクケースを注文した。
その品は明日には届く。

完全アナログ体制の筈が、まだ壊れたとは認めたくないハードディスクへの最後の悪足掻き、よしずから聞こえる音にふと目を上げると、久し振りの恵みの雨が降ってきた...。

by finches | 2010-07-27 20:59 | 無題
433■■ 夏の水路

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夏も本番、うだるような暑さが続いている。
その暑さに追い討ちをかけるように蝉がジージー、ワシワシ、ミンミンと忙しなく鳴いている。
陽射しはジリジリと肌を焦がし、玉のような汗が体温を下げようとこれでもかと毛穴から噴き出してくる。

田圃の稲も青々として随分と大きくなった。
その田圃の畦とかつての酒蔵との間に小さな水路があることに気が付いた。
その綺麗な速い流れを見て、きっとこの水路は春には芹が自生して、こんな所で採れる芹は美味いだろうなと思った。

このかつての酒蔵の周囲には水路が巡らされていて、汗が体温を下げるようにこの水路からの気化熱で酒蔵の壁を冷そうとしたのだろうと思った。
また、土壁の下に開けられた換気窓からは冷された空気を取り入れていたのだろうと思った。

今と違って昔の建物には先人たちの知恵が詰まっていた。
この朽ち果てようとしているかつての酒蔵を見ながら、そんな知恵までも一緒に風化し消えていくことを淋しく思った。
そして、戦後、文化を育むことを怠ってきたこの国の付けが、こんな全国に無数にある知恵の詰まった建物に関心すら持てない無数の大人子供を生み出し、結果、貴重な建物を朽ち果てるに任せている。
この小さな水路を見ながら、文化の衰退した今の国と、かつての誇れる文化ありし時代のことを考えた...。

by finches | 2010-07-27 07:04 | 時間
432■■ 夏とペリカン
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たった一週間前に梅雨明けした時は陽射しも空気も風も清々しく爽やかだった。
そんな光と風に誘われるようにサンドイッチと果物とビールを持って近くの公園までランチに出掛けた。
そんな爽やかな日が三日も続いたろうか、後は一気に夏の暑さが押し寄せて来て、もう暑くて部屋の中にはいられない。
エアコンを入れて部屋に閉じこもるのは折角の夏が勿体ないし、葦簀(よしず)を立て掛けそれはそれで涼やかで風情もあるが、兎に角暑くていられない。

部屋の中にいると熱中症になりそうで、トマトと胡瓜と本と蚊取り線香を持って自転車でいつもの公園にランチに出掛けた。
一週間前のお手製のサンドイッチと違い昨日は公園の入口にあるコンビニで買ったサンドイッチとビールを持ってのことだ。

蚊取り線香をつけ、陰を落とす楓の木によっかかってサンドイッチを食べながら冷えたビールをグビッとやる至福の時を楽しんだ。
食べ終わると少し本を読んで、尻が痛くなってくると白鳥たちに草を千切って投げてやったりした。
太陽の位置が変わり少し暑くなってくると次の場所に移動。
藤棚の下は涼しい風が吹き抜け最高だったが、そこでは水分補給だけにして次の場所に移動。
桜の木の下の木のベンチの下に蚊取り線香を置き、胡坐をかいて本を読んだり仰向けに寝て桜の葉の間から夏の空を仰ぎ見た。

木々の間からペリカンたちが湖を滑るように泳いでいるのが見えた。
ペリカンが泳ぐ姿は面白いが、彼らが空を飛ぶ姿はそれは悠然としていて実に美しい。
下から見上げると初列風切と呼ばれる羽根が黒く見え、それがまた飛ぶ姿をスッキリと見せる。
ペリカンは重心に胃があり大量の魚を胃の中に入れてもバランスを崩すことなく飛べるそうだが、それに加えて頭を前後にシフトすることで重心を変化させバランスを保ったり、両翼の羽根をエルロンのように動かすことで左右のバランスも調整できるそうだ。

正にペリカンは飛行機で、それも大型輸送機という感だ。
空を飛ぶ姿はそれはそれは見事なくらい悠然として美しいが、着水する時の水面すれすれの滑空もそれは美しく、勿論着水も見事なものだ。
だが、これが着地となると仲間のいる場所にあの大きな体で強引に降りるものだから、仲間たちは慌てふためきそれを避けようと大騒ぎになり、一方降りてくる方は我関せずと着地するのだからたまったものではないだろう。
だが、これが面白く見ていて飽きない。

お蔭で公園の滞在時間は6時間近くに及んだ。
出掛けに自転車で行くランチコースにするか、車で行く温泉コースにするかで迷ったが、後者の準備もできている。
部屋に戻ると今度は温泉コースセットを持って、近くの温泉まで昼間の汗を流しに出掛けた...。

by finches | 2010-07-26 04:13 | 無題
431■■ 夏の花火

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わざわざ夏の花火としたのは、冬の花火と頭に浮かんだからだ。
冬の花火を調べてみると、太宰治、渡辺淳一、安達洋子などがこのタイトルで小説を書いている。
どれも一読すらしたことはないが、この言葉からはどこか悲しい運命の暗示のようなものが感じられる。

もう一つ夏の花火とした訳は、近年一年中花火を上げている季節感のない遊園地などがある。
日が暮れて羽田に向けて降下する機内から何度もその季節のない花火を見たか知れないが、恐らく周辺に住む住民たちからは大切な季節感がとっくに失われてしまっているだろう。
一年中アイスクリームが食べられるのと同類の季節感の喪失は、取分け子供たちの感性を細らせるように思えてならない。

さて、子供の頃夜空を仰いだ記憶が消え去りそうなくらい見る機会がなかった故郷の花火を昨夜見ることができた。
昔見た港で上がるその花火の、ある情景の記憶だけが写真のように切り取られて頭の片隅に残っていたが、その頭の中の写真とは違って随分多くの人で賑わっていた。
暑い夜だったがそこに集まった大勢の人と夜空を焦がす夏の花火を堪能した。

最初、記憶にあった埠頭に行ってみた。
そこは花火を正面から見ることができる場所で、低い防潮堤が出来ていてその先の一等地は時間前から場所取りをした人たちで埋め尽くされていた。
次に、ゆっくり見ようと港の東に場所を移し、大きな空き地の土の上に胡坐をかいて見た。

この町にこれ程多くの人がいたのかと思った。
この同じ一つのものに感動し共有できる人たちがこの風土を守れない筈はないと思った。
だが、花火が終わり再びそれぞれの現実に引き戻されていく中で、同じものに感動できる心も引き潮のように引いて行くように筆者の目には映った...。

by finches | 2010-07-25 04:27 | 記憶
430■■ 大暑の汗

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その町の名は昔から知っていた。
だが、最近は味噌を取り寄せている家人の口から頓にその町の名を聞くことが多くなった。
筆者がその町を訪ねているのはそこにある製材所が目当てだ。
そして、そこを訪ねるのも昨日で4度目となった。

3度目は梅雨の大雨の時で、雨の中の急な訪問に驚かせ仕事の手を止めさせたが、僅か15分足らず会話を交わした後、土砂崩れで通行止めになっている道路を避けて帰路についた。
その途中和紙を作っている場所へも向かったが、余りの雨に細い山道に危険を感じ途中で引き返した同じ道を、昨日は再びその場所へと向かった。
求めている色と風合いと厚さの和紙に出合えれば、是非使ってみたいとの思いに期待も膨らんだ。

昨日は大暑、その町も腕時計の温度計は37度を示していて、少しの時間町の旧道を散策しても汗が噴き出し、製材所で立ち話をしていても球の汗が容赦なく噴き出した。
ふとこれまで無造作に積まれていた何本もの大木が少なくなっていることに気付き、きっと製材されたのだろうなと思っていると、正にその大木が製材されている最中に出合いその様子を飽きもせずに眺めた。
木理を読みながらの手際のいい作業、大木を自在に操りながら台車ごと滑るように切断していく。

もう一つ思いがけない収穫があった。
行きがけに立ち寄った別の製材所で栗の乾燥材がないか駄目元で尋ねてみた。
前回訪ねた時はもう一杯やっている「おじいちゃん」だったが、昨日は「矍鑠たる老人」で颯爽と栗の木の場所へと案内してくれた。
これが栗、これは欅、これは桜、これは朴、生き生きと手際よく説明してくれた。
お蔭で栗を入手する算段もついた。

抜けるような青い空には入道雲が聳え、山の緑はどこまでも鮮やかに空の青と混じることなく続いていた...。

by finches | 2010-07-24 07:32 | 時間
429■■ 村野藤吾-天井の謎

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5つの楕円がある低い天井の先にはこのホールの大空間が待ち構える。
その天井はこんな風に5つの二重の長方形が間接照明に照らされ妖しく浮かび上がっている。
この建物は今から16年前に改修が行われたが、そのせいか幼い時の記憶にあるあの幻想的な天井とは何だかちょっと印象が違う。
スポットライトもあんなにあったっけと思うし、照明の色もこんなに白くはなかったような気がするし、灯りがつくり出す影もこんな斑ではなくもっと滑らかで幻想的だったように思う。
兎に角このホールに入りこの天井を見る度に、その何とも不思議な感覚にウットリしたことは間違いない。

この建築が生まれたのは1937年(昭和12年)だが、村野が全国に残した多くの劇場の中でも、その空間に身を置いて感じるその研ぎ澄まされた感性は群を抜いているように思う。
村野は1963年(昭和38年)に完成した日比谷の日生劇場で初めてアコヤ貝を天井に使い、その後も生涯このアコヤ貝を使い続けたが、それはそれで村野の手になると厭らしくもなく見事なまでに昇華した美しさを秘めている。
しかし、その26年前に完成したこの建築の天井は硬質石膏だけで出来ているにも係わらずその表情は無限に豊かで、それも偏にこの縁を丸く取って角を消した5つの二重の長方形を置いたことで生み出されていると思う。

この天井はカーブしながらプロセニアムアーチの上のスピーカーが納まっている曲面部分へと繋がっているが、この部分も何とも上手く処理されていて感心一入だ。
まだまだある、5つの二重の長方形はだだ単に天井に開けられているのではないこと、天井の丸い空調噴出口が絶妙な配置とプロポーションを見せていること、天上から吊り下げられた電球のペンダントが壁に美しいシルエットを映し出すこと、などなど論うときりがない...。

by finches | 2010-07-23 06:38 | 空間
428■■ 村野藤吾-天井の謎

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さて、今朝はこの写真で何か書けるのだろうかと些か自信がないところからのスタートだ。
無理にそんな写真を選ばなければいいのだが、今朝はどういう訳かこの写真が目に留まったのだから致し方ない。

市民記念館として全市民に愛されている村野藤吾の建築はこれまでに何度も取り上げているが、この写真もその建物一階の客席部分となる。
緑色の光を放つ醜悪なデザインの非常口灯部分がホワイエに繋がる入口で、そこを入るとちょうど2階席がある下で天井が低くなっている。
この天井が低い部分には間接照明にぼんやり照らされた角を持った5つの楕円形の穴があいていて、一歩客席に足を踏み入れた瞬間扉の向こうとは全く違う異質な空間に迷い込んだような印象を抱かされる。

この低い天井の先には劇場の吹き抜け空間が広がり、その天井にはこの楕円形の穴の列と90度向きを変えて、今度は角を丸く大きく落とした二重の長方形が同じく間接照明に妖しく照らされ前方から後方へ5つ並んでいる。

この空間の仕掛けは村野藤吾によって考え尽くされたもので、同じ5という数を繰り返し、楕円と長方形という違う形を使い、楕円には角を与え長方形からは角を消し、そして楕円と長方形の列は直角な関係にあるが夫々の形の長軸方向は揃えられている。

これらの十字を切るような配置が一体となって、2階席が乗っている低い天井というイメージは消え、大空間と一体となった心地よいスケールの空間として感じられるから不思議で堪らない。

今朝書いたことは全て心象風景の中にある記憶を何十年も経って、今の自分の言葉に置き換えているだけに過ぎない。
そう考えると「三つ子の魂百まで」は性質のことを言うが、同じように「三つ子の感性百まで」もあるのではないだろうか。
子供はそれを上手く言葉には出来ないが、心の中では大人の比ではない多くのことを感じていると、我が身を実験台にして実感する。

浅く薄く信条のない建築を言葉で語ると滑稽だ。
だが、この建築にはあらゆる所に建築家が込めた言葉が隠されていて、その謎を考え解いていく楽しさはまた一入だ...。

by finches | 2010-07-22 07:41 | 空間
427■■ 千疋屋のマスクメロン

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桐箱に納まった日本橋千疋屋のマスクメロンのネットの美しさに茫然自失となったと言えばオーバーかも知れない、しかし今までに見たことのあるどの網目模様よりもそれは美しいと思った。
この美しいネット(網目)は一つ一つ丁寧に行われる球拭きによってより一層美しく仕上げられたものだそうで、筆者の興味は当然この球拭きなるものへと飛んだ。

マスクメロンのようなネットメロンに見られるネットとはかさぶたのようなもので、果実が成長する時に果肉と表皮の伸長の違いによって生じるひび割れを塞ぐ役割があるそうだ。
そして、玉拭きとは野菜用の殺菌剤を薄めて布に滲み込ませ、メロンの表面を拭いて軽く傷をつけネットの盛り上がりを良くする方法だということを知った。
また、これを行うことによって一旦出たネットの盛り上がりも良くなり、これを何回か繰り返すことでネットが成長するらしい。

千疋屋のマスクメロンは「球拭きとよばれる「マッサージ」を施して出来た、「美しい網目を持った球形」」と謳われている。
否々、それだけではない筈だ。
これ程きめ細かく且つ均一にバランスよくネットを入れるには、ただ布で拭く程度で成る筈はなく、もっと繊細にして手間をかけた工程があることは素人目にも一目瞭然だ。

マスクメロンは麝香(じゃこう)の香りが強いことから、フランス語で麝香を意味する「Musk」が当てられたことも知った。
最後にその味だが、食べる3時間前に軽く冷したその味は言わずもがな。
一つある心残りは、透けるように薄く切った美味い生ハムを巻き、それを肴によく冷した白ワインを飲むのを忘れたことだ...。

by finches | 2010-07-21 06:57 | 嗜好