<   2011年 06月 ( 16 )   > この月の画像一覧
673■■ めだか-六月
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狭いベランダにあった水鉢は、いま庭の飛石の脇にある。
その水鉢の中を千キロの旅を全員無事に乗り切った7匹のめだかと、生まれたての1匹の小めだかが元気に泳ぎ回っている。
ベランダと違い日陰をつくってやるために、これまた千キロの旅をしてきた南天の鉢植えを、太陽の動きに合わせて日に三度移動するのが日課となった。

今は亡き東京の友人が割り箸の先を器用に削って作ってくれた餌やりの先に、餌を軽くひと掬いして毎朝与えている。
平らに削った餌やりの先には赤い丸印が描かれているが、これは餌を載せ過ぎないように、餌を透かして赤い丸が見えるようにとの作り手の配慮で、朝餌をやる度にそんな彼の人柄を懐かしく思い出す。

彼からもらったものでもう一つ忘れられないものに朝顔の種がある。
松本ブルーと呼んでいるその朝顔はそれはそれは綺麗なブルーの花だった。
彼が亡くなった後、我が家にあったその朝顔の種を蒔いた。
花を咲かせたくさんの種を取り、その種を彼を知る気のいい人たちに分けようと思ったからだ。

彼が亡くなる前、夏になったらクロールを教わる約束になっていた。
だが、夏を待たずに突然の訃報が届いた。
めだかを飼うのを勧めたのも彼だった。
松本ブルーを増やすことは叶わなかったが、水鉢を元気に泳ぐめだかたちは彼の生まれ変わりであり、マツモトメダカと思っている。

水鉢にはこれから睡蓮が花を付けるだろう。
睡蓮の花が咲いたら美酒を手向け、めだかたちと杯を傾けたいと思う。
そしてその時そこに、松本ブルーが咲いていたら、どんなに美しいだろうかと思った...。

by finches | 2011-06-30 06:13 | 時間
672■■ 森と川と海

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山女がいるという山に入った。
細くなった山奥の川にまで、これでもかと言わんばかりに無粋な工事がなされ、所々に僅かばかり残る自然の岩肌からかつてそこにあった美しい渓相を想像した。
狭い道はうねるように川から離れたり近付いたりしながらうも、谷筋に沿って分水嶺へと向かっていた。

いつバスが来るとも分らないようなバス停の名を追いながら、桃が付く地名を探した。
不思議なもので県境を越えると柿の名の付く地名がある。
こちらには鮎で知られる清流が流れるが、無粋な工事の爪跡は何処も同じで、その美しい地名が泣いている。

山奥まで植林された森は杉と檜ばかりで、時折伐採されて坊主になった山があったり、間伐の手が入れられた山があったりするが、視界に入るほとんどは鬱蒼とした手付かずの森が続いている。
これらの木を伐採している現場は林道を更に入った奥で、車が走る道からはほとんどそれを見ることはない。

桃が付く地名はバス停からは分らなかった。
もっと開けた所を頭に描いていたが、そこを流れる渓流は細く狭く木々が生い茂り、期待していた渓相とは違っていた。
分水嶺を越えこれまた美しい名を仰ぐ川の源流域を下ると、視界の先には光る海が広がった...。

by finches | 2011-06-28 23:17 | 時間
671■■ 江戸一目図屏風がある町
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繰り返し襲ってくる睡魔に音をあげ、東京から680キロ離れた場所の、とある城下町に宿を取った。
日の落ちた街道からは幾つもの橋が望め、その幾つかを渡った。
それは一本の川ではなく、幾筋もの川が出合い、次第にその川幅を増しているようだと、暗闇の中から時折聞こえてくる川の音と反射する微かな光からその流れを思い描いた。

城跡を背に建つホテルは新しくはなかったが、その街を代表するホテルの一つなのだろう、ホテルマンの行き届いた心遣いにその古い城下町の人柄を感じた。
夕食は地元の人で賑わう店で美味い料理を肴に冷たいビールを堪能した。
店の女将や隣りに座り合わせた地元の二人連れとも、ひと時の会話を楽しむことができだ。

翌朝チェックアウトしたのは6時を少し回っていた。
エレベーターの押しボタンが、やけにボタンボタンしていて面白く、写真に収めた。
ぼやけているが、アクリルの分厚いボタンを押し込むとそこに豆電球のやさしい灯りが点った。

睡魔に襲われなければこの城下町を訪れることはなかったかもしれない。
しかし、この町には鍬形蕙斎の描いた『江戸一目図屏風』があることを後で思い出した。
その屏風のことを書いた時、無性にその絵を見たくその町に行きたいと思ったものだが、そのことを筆者の脳は記憶していて、数多の選択肢の中からこの町へと筆者を導いたのではないか、そう思えてならない...。

by finches | 2011-06-28 04:30 | 時間
670■■ 東京ー六月
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住み慣れた世田谷を後にして夜の東京をゆっくりと走った。
世田谷通り、玉川通り、青山通り、内堀通り、晴海通りと走り、築地川南支川門跡橋跡を左折して聖路加ガーデンのある明石町に向かった。
予定より5時間近くも遅れ、ホテルにチェックインしたのは9時を回っていた。

疲れていたし、何より冷たいビールと食事がしたかった。
勝鬨橋を通って隅田川を渡り、月島川を過ぎて月島に入った。
もんじゃ横丁は人々で賑わっていたがそれらを横目に、薄暗く夜の帳が下りたに入り、佃大橋を通って再び隅田川を渡り元の明石に戻った。

そして、鉄砲洲川跡に灯りを点す一軒の寿司屋の暖簾をくぐった。
冷たいビールと寿司を摘みながら、長かった一日の息をついた。
カウンター越しに寿司を握る主人との時々の会話も楽しんだ。
ビールから上がりに替えると、主人から「江戸っ子のような、粋な食べ方だねえ」と声をかけられた。
「粋な」ということばに驚いたが、一方妙に嬉しい気がした。
そして、力が抜けた自然体での所作がきっと粋に映ったのだろうと思った。

隅田川側に取った34階の部屋からは一方に隅田川、一方に明石小学校の建設現場が見下ろせた。
両者を見下ろす角部屋の偶然が何とも不思議であり、何より相応しいとも思った。
眼下には新緑美しい六月の東京と、悠然と流れる隅田川の黒い帯があった...。

by finches | 2011-06-26 08:18 | 時間
669■■ 鉄紺
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好きな店の主人が声をかけ集まってくれた気のいい人たちと好きな街での最後の夜を過ごした。
長い人生の中で出合った店は多いが、これほど自分の嗜好に合うところはないと言っても過言ではない。
雰囲気、料理、客、そのどれも逸級と感じるが、その根底にある「もてなす」という心遣いが主人の人柄と無理なく一致し、他では味わうことができない心地よい逸級の時間がゆっくりと流れている。

どの店も特段の理由がない限り、床の高さは道の高さに揃える。
その方が入りやすいし、何よりバリアフリーでもある。
だが、この店には敢えて低い階段が設けられている。

その階段の下と上には鉢植えが置かれ、それらから既にこの店の「もてなし」は始まっている。
床を上げたことで席に座ると主人とも外を歩く人とも目の高さが揃う。
大きなガラス越しに見える向かいの鳥肉店の夫婦とも同じ目の高さで、この周りとの自然でさり気無い順応が普段は意識することもない、安堵し安らぐ空間を作り出している。

店の名を鉄紺と言う。
紺は藍染の中でも濃い色を指すが、その中でも深い色合いがあって焼いた鉄の形容がされる色を鉄紺と言う。
良い名だ。

客は店を選ぶが、同時に店も客を選ぶものだと思う。
常連ずれしない人たちと初々しく励む主人がいて、そこに鉄紺色の空間と時間がある。
また訪れるだろう。
だが、その時は来客として迎えられ、昨日までの日常の延長ではなくなることが無性に寂しい。

この店と人との出会いは大袈裟ではなく東京という街がくれた最高の贈りものかもしれない...。

by finches | 2011-06-17 04:06 | 時間
668■■ ラヂオ
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北欧の国とはアイスランド、デンマーク、スウェーデン、ノルウェー、フィンランドを指す。
そして、その中のデンマーク、ノルウェー、スウェーデンの三国を指して、特にスカンディナヴィアと呼ばれる。
デンマークとスウェーデンの間の海峡には長い橋が架かっていて、コペンハーゲンの南でスウェーデンのマルメと繋がっている。

筆者にとってデンマークと言えばやはり家具が先ず頭に浮かぶ。
ビーチやオークを使った白木の家具には洗練された美しさがあり、使い心地、耐久性、それらは共に高い。
今月、18年目にして初めて椅子座のクロスの張り替えを頼んだが、それだけしっかりしている。

次に浮かぶのは灯りだろう。
この国の灯りは日本のかつての暮らしの中にあったそれに似ていて、なんとなく懐かしく温かい気持ちにさせてくれる。
そして、そのデザインが一味も二味も違って感じられるのは、器具をあの手この手とデザインしようとするのではなく、灯りをデザインしようとしている点にあるように思う。

次に浮かぶのはオーディオだろう。
写真はバングアンドオルフセンの古いラジオで、周波数帯が違う為にNHKのテレビ放送くらいしか聴くことはできない。
だが、音楽をこのラジオの周波数帯に合わせ飛ばして聴くのはとても楽しい。
ステレオに慣らされた耳には、シングルスピーカーから流れる音も新鮮に感じられる。

このラジオ用の変圧器は梱包を済ませた。
さて、今日は忘れずにこのラジオをくるむプチプチを買って来よう...。

by finches | 2011-06-16 05:43 | 時間
667■■ バーの粋
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場所を書けなくて口惜しいが、二輌編成の電車が走るこの街が好きだ。
駅前の商店街は規模こそ小さいが活気があって、踏切を渡ると風呂屋もあるし、駅名になった神社もある。
電車の音はすっかり街の音になっていて、耳に優しく心地良ささえ感じる。

その踏切から線路沿いに歩くと一軒の小さなバーがある。
名をバッカスと言い、創業51年になるまるで時間が止まったような店だ。
扉を開けると水槽の鮒が迎えてくれる。

高齢のバーテンダー。
座り心地の良くないカウンターのハイチェアー。
マティーニのオリーブが挿されているのは楊枝。
コルクのコースター。

どれも筆者の嗜好からは外れるのだが、そのバランスの悪さとちぐはぐさが何とも心地いい。
決して美味いとは言えないカクテルもこの人がつくるから許せるし微笑ましくも思える。
昨夜三人でいつもの席に座った。

年を取られたなあ、と思った。
手際の衰えは流石に隠せないが、矍鑠とし凛とした身なりと真横にキリッと締めた蝶ネクタイが決っていた。
そんな夜のひと時、磨き込まれたボトルたちもいつもよりキラキラと輝いて見えた...。

by finches | 2011-06-15 09:04 | 嗜好
666■■ 家具の妙
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『移住計画 from 東京』の実行日へ向けてカウントダウンが始まった。
パソコンを置いた四角の机、食卓の丸テーブル、2台のイージーチェアー、これら以外はほぼ片付いた。
先陣をきって今朝ピアノが部屋を出て行く。

四角の机はビーチとブラックグレーの天然リノリウム貼りで、使い込んだ趣が出てきた。
丸テーブルは同じくビーチとグレイグリーンの天然リノリウム貼りで、今では廃版となっているこの色が気に入っている。
イージーチェアーはオークとブラウンレッドのレザーで、この椅子には何時間座っていても疲れることがない。

空になった書棚とチェストのコントラストが面白いと思い写真に撮ってみた。
ビーチの書棚と赤いチェストはそのシンプルさが気に入っている。
赤いチェストはIKEA製で、今は新宿に移っているACTUSがまだ渋谷の公園通りの上にあった時に買ったもので、小さな傷がそこらじゅうについていて随分と年季が入っている最も古い家具だ。

IKEAのチェストを見ていて、これが日本製だったら数年で具合が悪くなるか、ここまで使っていても最後はゴミになっていたと思う。
シンプルとチープは違う。
形だけ見掛けだけの偽物ばかりのシンプルが氾濫しそれがまかり通る世の中で、本物のシンプルにはもの作りへの真摯な思想が存在する...。

by finches | 2011-06-14 06:10 | 嗜好
665■■ ブラックシリカ
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ブラックシリカを頂いた。
ブラックシリカの和名は黒鉛珪石で、世界で唯一北海道の上ノ国町で産出される希少な鉱石だ。

倭人が北海道に定住したのは平安時代の終わり頃だが、15世紀初頭になると蝦夷地支配を目的として道南十二館と呼ばれる館が造られた。
東は現在の函館空港近くの志苔館から西は上ノ国町の花沢館まで、十二の館が渡島半島南端の海岸線に分布していた。
そして、そのうちの箱館、松前、上之国は蝦夷地を代表する港だった。

数年前友人たちと上ノ国の天の川を釣りで訪れた時、山の上の花沢館について説明を受けたことがある。
だが、当時はこの地方の歴史についての知識がとんとなく、人がヒグマに喰われた話の方にゾッとして聞き入りながら、緑に覆われた山上の館跡の方向だけを見遣ったことを覚えている。

さて、その上ノ国でこのブラックシリカは採れる。
ブラックシリカが採れる場所は雪が積もらず、動物が集まり、川魚が大きく育つと言われてきたそうだ。
また、この石、アイヌの人たちの間では『痛み取りの石』として珍重された。

この石を使って幾つか試してみたいことがある。
そして、いつかその結果についても書く日が来ると思う...。

by finches | 2011-06-11 05:28 | 時間
664■■ 函館有情ー夕日
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どこで見る夕日も美しいと感じるのは、その景色の中にその時々の心理が重なっているからだと思う。
その日あったことや出会った人のこと、近い思い出、遠い記憶、そして今の気持ち、それらが沈みゆく夕日に重なり心に感じる美しさを増幅させるのではないだろうか。

尾根から見る分水嶺に消えゆく夕日、里から見上げる山に沈む夕日、海を照らしながら山並みに沈む夕日、海に溶けるように落ちてゆく夕日、街や橋を刻々閃光の鏡に変えながら消えてゆく夕日、夕日にはそんな様々な表情がある。

2年前まで函館のこの夕日の中には2基のゴライアスクレーンがあった。
どこからも見ることができた函館のランドマークが消えた今、焦点を失った函館ドックの先に広がる海の、そのまた向こうの山並みに沈む夕日だけが変わらずにあった。

港からの夕日、入舟の漁港からの夕日、外国人墓地からの夕日、どれもそれぞれに美しい。
だが、一番は穴間からの夕日だろう。
今では立ち入りが禁止されているかつての海水浴場、そこに漂う人々で賑わっていた動の哀愁と、そこから見る静の夕日とが重なった美しさがそこにはあるように思う。
そんな穴間からの夕日を思い出し懐かしんでいると、その海を真っ赤な夕日を背に港へと向かう青函連絡船の美しい写真が目に浮かんだ...。

by finches | 2011-06-09 04:20 | 時間