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685■■ 木に竹を接ぐ
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news.goo.ne.jp/.../20110724-567-OYT1T00216.html




小学六年生と言えば随分昔のことだが、担任の先生から隣りの大国中国と付き合う時代がやがて必ずやって来るだろう、その時日本は地理的に最も恵まれた好条件を活用して世界で最もこの国と緊密に付き合うようになるだろう、と聞かされたことを覚えている。

次に記憶にあるのは、四人組、紅衛兵による文化大革命という粛清の時代で、父が取り寄せて読んでいた紅衛兵を扱った機関紙に文化大革命に闘志を燃やし目を輝かせる若者の写真が載っていたことを覚えている。

その次に記憶にあるのは、山崎豊子の小説『大地の子』がテレビ放映された時で、話の内容と展開、そして新人上川隆也の迫真の演技に息を呑んだが、一方、日本の製鉄技術をこれ程までにこの眠れる大国に供与する驕った日本に対して、将来必ずやそのことが脅威となって帰ってくる時が訪れるだろうと感じたものだ。

そして、最近記憶に新しいのは新幹線の高速鉄道技術の中国への供与と、日本をはじめドイツ、フランス、カナダの技術を寄せ集めたお国芸のパクリを「中国の独自技術」と言い始め、挙句の果てにそれらを国際特許申請までしようとする厚かましさだった。

そんな折、中国浙洪省温州市で23日に200人以上が死傷する高速鉄道の追突事故が起きた。
そしてあろうことか、事故車両を重機で転げ回して解体し、追突した列車の先頭車両を穴を掘って埋めてしまったのには唖然を通り越して、世界が見ている中でこの国のしたたかさを通り越した奢りと、厚かましさを通り越した無恥を国際社会に晒した。

高速鉄道は車両と制御システム全体が連鎖した高度な技術によって成り立っていて、運行管理、制御システム、運転技術と危機管理教育、最高能力をセーブしての最高速度の設定、それら全てに十分な余裕が見込まれていなければならない。
だが、中国は独自の技術を強調する余り、安全性を無視して時速350キロでの高速運行をアピールしてきた。

毎日新聞に、今回の事故で停車していた車両はカナダ、追突した車両は日本の技術を基礎にしていて、制御装置は中国の独自技術とした上で、この「木に竹を接ぐ」やりかたに問題があるとの指摘がなされていた。
事故車両の詳細が放映され続けると、各国からパクった高度な技術部分と、自国による低度な技術部分が白日の下に晒され、それらの露見防止と事故原因の証拠隠滅を図る為に、選りに選って衆人監視の前で埋めて隠してしまった。
食品問題然り、領土問題然り、民族問題然り、自分さえ良ければいい、そんな小心者がつくる驕った大国ほど怖いものはない...。

by finches | 2011-07-27 04:08 | 信条
684■■ 感動の共有
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先週の日曜日に川釣りのための年間券を買った。
本来なら年間券は3月の解禁を待って購入し、再び9月に禁猟になるまで8月いっぱい使うことができる。
そんな漁期も終わりの近い頃になって年間券を買ったことで、毎日曜日その川に出掛けることにした。
川といっても近くを流れているわけではなく、きのうの走行距離も優に300キロを超えている。

吊り上げた魚をみんな持ち帰る餌釣りやテンカラ釣りとは違い、筆者の釣りはキャッチアンドリリース、釣りを楽しむだけで吊り上げた魚の体に触ることなく傷付けることもなく元の流れに戻してやる。
前者たちがすでに根こそぎ釣り上げたせいなのか、はたまた筆者が下手なのか、否それよりこの暑い時期の釣り自体に無理があるのか、涼しくて30分も車を走らせれば森の中の美しい渓流に辿り着ける北海道が今更ながら羨ましく思えてくる。

きのうは早朝から一本の支流で釣りを楽しんだ後(但し、釣果は無し)、三本の支流を見て回った。
渓相はいいが狭い、護岸,砂防の手が入り過ぎている、流れが速過ぎる、深みがあって遡上ができそうもない、入渓ポイントが見つからない、そんな負の部分を克服して自分好みの場所を見つけそこを釣り上がるのは楽しく気持ちのいいものだ。
しかも北海道と違い熊避けスプレーも山刀もいらないところが何よりいい。

帰りに回り道をしてある駅を通るとSLの出発を待つ乗客たちで賑わっていた。
筆者もまだこのSLには乗ったことがないのにと思いながら通り過ぎ、真っ赤な鳥居を潜って峠道に出ると、真直ぐに続く道を景色を楽しみながら走った。
線路と平行して走る道の途中で信号機が鳴り始め、SLが来るなと車を止めた。
暫くすると杉林の向こうに黒い煙がモクモクと上がり、また暫くすると蒸気と汽笛の音が聞こえた。
そして、カメラを構える筆者の上を、これでもかと言わんばかりの黒煙と、蒸気と、けたたましい汽笛を鳴らしながら通り過ぎて行った。
もがき喘ぎながらも全身で躍動する自信に満ちたその勇姿に、筆者だけではなくそこで見ている全員が同じ感動を共有していた...。

by finches | 2011-07-25 07:57 | 時間
683■■ 道標

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車を走らせていて気になる景色や物に出合うことがある。
景色の場合は目に止まった瞬間から通り過ぎるまで車を止めるチャンスはいくらでもある。
だが、小さなデジカメでは上手く撮れるか心許無く、一眼レフはカメラバックから出さなければならない煩わしさから、また次の機会に撮ろうともう二度と出合えないかもしれない瞬間を先送りにし、そしていつしかそのことを忘れる。
物の場合は「あれっ?」と思った瞬間通り過ぎていて、それが何だったかを確かめに戻ることは景色以上に億劫で、奇遇な出合いであったかもしれないそのほとんどを自ら捨て去り、そしていつしかそのことを忘れる。

この道標(みちしるべ)もいつものように迷いながら通り過ぎたが、その場所を記憶に留めておいて帰り道に車を止めた。
石碑ではない、道祖神でもない、道標にはしては大きいと、通り過ぎながら瞬時に何であるかの可能性をあれこれ考えたが、どうにも気になりそれを確かめたくて立ち寄った。

昔からある道の中で街道は拡幅することが難しく迂回するようにバイパスが造られる。
昔からの古い道でもバイパスが造られることがあるが、その場合バイパスが完成すると旧道は蛇行する川に取り残された三日月湖のように切り捨てられたように置き去りにされる。
更に悪いことに元のまま旧道を残せばいいものを、バイパスに直角になるように旧道への分岐を付け替えるために、記憶にある風景の中での旧道への自然な流れが強引に捻じ曲げられ、その道がかつての道であったことすら記憶から遠退いていく。

幸いこの道標が立つ道は分岐していた二つの道の一方は昔のまま残り、もう一方が拡幅された為にかつての面影を残している。
だが、ここに道標がなければ広い方の道路は新しく造られたバイパスだろうと思ってしまったかもしれない。

道標から一方はある山への登山道を、拡幅された方の道が昔からある村々を繋いでいた道であることが分った。
そして、道標の裏には大正8年と刻まれていた。
手を加えずそのままの形で残し、それを未来に継承することの大切さをまたここで実感した。
手をかけない本物であるから、その周りの環境が変化してもそのものがそこにあった意味を読み取ることができる。
一つの道標を写真に収めながら、通り過ぎなくて良かったと心の中で思った...。

by finches | 2011-07-23 06:07 | 時間
682■■ 母の数独
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グリーンカーテンになる筈がそれにはまだ程遠いゴーヤと朝顔を見ながら夕食をとっていると、母がやって来て傍に座った。
特段用があった訳ではないらしく、なんとなくテレビの話になり、そろそろ家(うち)のテレビも映らなくなるが、別に買い替えは急がないというような取留めのない話になった。
ひょんなことから母が見ていたテレビが繋がっていたアンテナを取り外してしまったことから、いつも‘ながら見’を楽しんでいたテレビが映らなくなり、最初はそれをつまらなさそうにしていたが、いつしか諦めて最近は本を読んでいる姿をよく見かけるようになっていた。

筆者は僅かの番組を除き、常々テレビは中身のないくだらないものだと考えていたが、母も‘ながら見’から有無を言わさず解き放たれて、やっとその中身の空虚さに気付いたようだった。
そして、今度は別にテレビなどなくてもいいと極端なことを言い出した。

筆者は傍にあったiPadの電源を入れ‘漢字力診断’というソフトを一度やってみせた。
漢字の読みと書取りをそれぞれ10問行い、その採点と診断がなされるソフトで、次は母にやらせてみた。
「テレビやパソコンのトランプゲームより面白いだろ?」と聞くと、「面白い」という。

次に‘数独’の話をすると、新聞の日曜版で知っていてやったこともあるらしく、こちらはソフトを開いて一番簡単なレベルにセットして一通りの説明を終えると、背中を丸めて熱心にやり始めた。
自分で壁にぶつかるまで余計な説明も言葉もかけない。

筆者は料理を摘みながら、時に庭のゴーヤと朝顔を眺め、時に傍らの数独を見、氷を入れた赤ワインをゆっくり口に運んだ。
傍らで背を丸くして一心に数独をする母の染みのある腕が少しむくんでいるように見えた。
その老いた小さな姿に静かに目を遣りながら、やはり今この時期に一緒に暮らすことを選択した正しさを深く深く実感した...。

by finches | 2011-07-21 04:34 | 時間
681■■ 旧郵便局舎
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竹材屋がなくなっていることに時の流れの一面を実感した。
日頃からプラスチックの竹垣ばかりが目に付き味気ない時代になったものだとは感じていたが、これほど竹材屋が廃業していることは知らなかった。
然もありなん、サイディングが横行する既製品づくしの家には、もう本物の竹などお呼びがないのも当然だろう。

そんな正真正銘の天然竹を求めてやっと探し当てた竹材屋を訪ねた帰り、ちょいと足を延ばして旧郵便局舎を訪ねた。
青々とした田んぼが広がり、真っ青な空には真っ白い雲が浮かび、路傍には夏が似合う芙蓉が咲き、太陽は刺すように照りつけ、そんな澄んだ夏の空気の中にその建物は静かに建っていた。

完成は大正12年(1923年)、平屋建ての郵便局に八角形の二階建て塔屋が付いている。
この時代いづこにも残っている話だが、当時の郵便局長が地元の大工棟梁と東京の洋風建築を見学して回り、村に帰って建てたのがこの建物の歴史だ。
二階の窓の一つからは隣りの酒蔵の白壁と茶色の瓦が臨め、別の窓からは青々と続く田んぼが望めた。

誰もいない建物の中をゆっくりと見て歩いた。
土間の台所から裏の井戸に抜け、酒蔵の入口から木々の間から透けて見える八角形の塔屋を仰いだ。
そこには穏やかな時間が止まったようにゆっくりと流れていた...。

by finches | 2011-07-19 06:05 | 時間
680■■ 渓流の休日-七月
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二週間ぶりの休日を山奥の渓流で過ごした。
遅い出発に海はまるでそこが光を発しているかのように輝き、まだ七時前だというのに刺すようなその陽射しは真夏の使者に思えた。
歴史のある町を流れる川に沿って上流へと向かい、製材所が多い小さな町から更に支流へと入り源流域へと向かった。
農家の庭先に車を止めさせてもらい、一年振りになる身支度をすませるとゆっくりと水に入った。
流れは速く、川幅は狭く、木々は生い茂り、背の高い草は密生し、蜘蛛は粘りの強い強靭な糸を空中に掛け渡し、水中の石は行く手を阻み、とてもフライを投げられる状態ではなかった。

次に、更に山道を奥へと向かい一つ分水嶺を越え、歴史のある有名な木造橋が架かる川の源流域を下り、再び山道を登って県境の分水嶺を越えて日本でも屈指の清流の源流域へと出た。
ここでも水中の石と蜘蛛の糸には難儀をしたが、どうにかフライを投げることはできた。
時間も悪い、手を浸けると冷んやりと気持ちいい水温も魚には高過ぎる。
玉のような汗が止め処もなく噴き出て、睫毛に落ちた汗が偏光眼鏡をワイパーの跡のように曇らせた。

水の中を歩いても魚の影さえなく、何度投げてもフライは流れを下るだけ。
こんな時は無理をせずマイナスイオン浴と森林浴をゆっくりと満喫すればいい。
そして、その空気の中でとる食事は至福の一言に尽きる。
竹皮に包んだおむすびはベストの背中に収納したせいで少しつぶれていたが、味はピカイチ。
流れ落ちる水音を聞きながら、これから釣り上るきっと釣れはしないだろうサラサラとした流れを見ながら、一つ、二つ、三つ、と頬張った。

帰路は新たな道を登り再び分水嶺を越え、歴史のある城下町を眼下に眺めながら走った。
重なる山々はまるで日本画のように色を変え、一面緑の水田はその山裾までまるで絨毯のように続いていた...。

by finches | 2011-07-18 06:12 | 時間
679■■ 鰹-七月
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昨日の朝、市場で活きのいい鰹を見つけた。
透かさず二本あったうちの大きい方を買い求めた。
我が家には鰹のたたきを作るための藁束が常備してあるくらいで、市場を覘くたびに鰹が上がっていないかと目を光らせている。

早速横に長い魚形の皿に大き目の蕗の葉を敷き、そこに神妙に鰹を置いて捌く前の儀式である写真を撮った。
朝食を素早く済ませると、手早く五枚に下ろしそれを更に削いで四本のさくに仕上げた。
一本は皮を剥いで刺身と冷汁用に、三本はたたき用にと分けてしまった。

粗(あら)や内臓もそのほとんどを甘辛く煮込んだ。
いつもの朝より遅くなったが、それでも9時には仕事をスタートできるのだから、たまには大きな魚を捌くのは体と心の両方の健康にいいと思う。

毎日が慌しくあっという間に過ぎるように感じる。
暑い夏は自分なりのサマータイムで臨んでいる。
朝は四時半スタート、夕方は六時半には仕事を終え、車を走らせ温泉に入りに出掛ける。
帰ると冷した赤ワインを飲みながらゆっくりと夕食を採り、十時過ぎには就寝する。

頭を使うこと、体を使うこと、嗜好に遊ぶこと、旬を感じること、自然の営みを観察すること、文を書くこと、本を読むこと、考えること、冷徹に社会を見ること、それらを同時に行えることが一月前とは違うところだろうか...。

by finches | 2011-07-14 06:23 | 嗜好
678■■ 照朝
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昨日の朝から縁側に腰掛けある句集を少しづつ読んでいる。
太陽が姿を現す前の風だけが爽やかにわたるひと時、開いたページにある句を取りとめもなく目で追っている。
それらは春の句であったり秋の句であったりと、なかなか今の季節が現れない。

ふと目を上げると太陽が木々の葉を照らし始めていた。
まだ影もつくれないほどの弱々しい光に浮かび上がった葉は、僅かだがそこだけが照るように明るく感じられた。
やがて光を増すにつれ、橙の木は灰色に汚れた白い塀にくっきりとした黒い影を投影した。

そして、光はそれが当る部分と当らない部分を明確に分け始めた。
薄皮をまとった玉葱はそれなりに美しいものだが、そこに光が当ると一層と輝き美しさを増した。
吊るした玉葱は今年送られてきた三回目のもので、日持ちのしない超早稲ものや早稲ものと違い、吊るして長い間その味を楽しむことができる。

再び目を上げると、もう太陽は地面全体を照らしていた。
そして、地上に突起する全てのものに平等な影を与えていた。
今日も快晴、暑くなりそうだ...。

by finches | 2011-07-12 07:23 | 時間
677■■ 青空の機影と清洲橋
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携帯で家人撮影





3月10日に市ヶ谷跨線水道橋を紹介した。
東北大震災さえ起きなければ、続けて甲武鉄道について書き進むつもりでいた。
だが、津波の想定高さという言葉に強い違和感を感じたことで調べを始め、得心がいくまでつなぎの小文をあげながら調べを続けた。
早いものであれからもう四ヶ月が経った。

好きな隅田川や下町散策に出掛けるのも自粛して、ひたすら調べを続けた。
そういえば図書館へもあの時から行っていない。
楽しみにしていた花見の誘いもお断りした。
だが、桜の頃に一度向島に隅田川を渡った。
その時隅田川はたくさんの屋形船が行き交い、両岸を満開の桜が埋め尽くした桜橋からの長閑な眺めは、まるで江戸情緒を彷彿とさせるような気がした。

一昨日、空港の出発ゲートで見送りを済ませ、片付けたい用で直ぐに空港を後にした。
短い用を済ませた帰り路でゆっくりと上がっていく青い機体に気付き、それを小さくなるまで追った。
その光景を眺めながらこちらに帰る日の朝に送ってくれた清洲橋の写真のことが頭に浮かんだ。
空いている清洲橋通り、穏やかで優しく美しい清洲橋、灯りを落としたユニークな灯具、早朝の清々しい空気、羽田に向かう期待、着いた先での悦び、そんなことを感じさせる写真だった。

さて、今日も暑くなりそうだ。
だが、梅雨のあの鬱陶しさに比べればまだ暑い方がましだ。
「さあ、今日も忙しくなりそうだ!」、暑さなどに負けてはいられない...。

by finches | 2011-07-11 06:58 | 時間
676■■ 朝顔-夏六月
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夏の日差しを遮蔽するグリーンカーテンを目指し日々けなげに伸びていくゴーヤの間に、朝顔が一つおきに植えられている。
だから、写真に写る朝顔らしからぬ葉、それらはみんなゴーヤのものだ。

蔓にしても葉にしても花にしても、それらが伸び,広げ,咲いていく様は、実に不思議で,神秘的で,魅惑的でさえある。
蔓はその先をまるで動物の触手のように伸ばし空間を弄り、巻きつく相手を正確に見定める。
そして、その細い触手のような蔓は一旦これぞと思う相手を摑むと確実に巻きつき、次にクルクルと小さな巻きを途中に作り、それはまるでショックアブソーバーのように緩衝装置として機能する。

葉は最初は気付かないくらい小さいが、そのうち赤ん坊のような小さな小さな葉の形が見えてくる。
そして、それは相似形に次第に大きさを増して行き、大人の葉へと成長する。

だが一番不思議で見ていて飽きないのは花だろう。
花弁は雌しべと雄しべを包むシェルターとしての役割を担っていることは言うまでもない。
花弁が開くメカニズムは、たたまれていたものを如何に広げるかということで、その違いがそれぞれに個性を生んでいる。
中にはどうしてそんな複雑な開き方をしなければならないのか、信じられないような動きをするものもある。
だが朝顔のように開く,たたむ、を繰り返す花になると、そのメカニズムの正確性にはより精緻さを必要とするように思える。

ある朝、朝顔のそんな一瞬を撮った。
無限に表情を変える中のある一瞬の形、それが妙に凛凛しく美しく感じられた。
花が今まさに口を開けようとする手前の一瞬、その皺一つない姿に生きている気高ささえ感じたほんの一瞬だった...。

by finches | 2011-07-05 04:55 | 時間