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944■■ 追想Ⅲ-東京・南高橋
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南高橋
は亀島川に架かる第一橋梁で、昭和6(1931)年に完成した震災復興橋梁の一つだ。
この橋は明治37(1904)年に完成し大正12(1923)年に起きた関東大震災で損壊した両国橋三径間の破損の少なかった中央径間を、この南高橋として復活させたものだ。
だから、最初の両国橋から数えると108年を経過して今尚現役の橋ということになる。

明治,大正,昭和初期の古い建物の保存が叫ばれる昨今、同時期に建設された土木橋梁への関心は隅田川に架かる一部のスター橋梁は別として人々の関心の外にあるのが現実だろう。
だが、今尚この時期に建設された古い橋が人々の生活と密着した暮らしの中で、なくてはならない橋として立派に現役で機能していることを知って欲しい。

現代の橋と違って、これらの古い鉄の橋はどれも皆実に美しい。
加えて、鋼材を重ね合わせ、リベットで接合した手仕事の温もりが、人の暮らしや営みの身の丈のスケールと穏やかに呼応し優しく調和している。
それらの橋が土の中に埋められたり、味気ない同じような橋に架け替えられて行くのを見て歩きながら、これらの橋を何とか残せないものかと思い続けて来た。

特別な橋は別として、これまで寿命が来た橋は人知れず架け替えられて来た。
だが、不況による公共工事予算の緊縮から、古い橋を改修しメンテナンスして行くことで、その寿命を延ばそうというすばらしい試みが全国で始まっている。
隅田川を例に言えば、これらの古い橋を後200年は使い続けようという試みだ。

南高橋にもこの長寿命化工事の工事看板が立てられていた。
筆者は新川と鉄砲洲を繋ぐこの橋が好きだ。
ここにこの橋があることで街が時代と共に変貌しても、江戸を彷彿とさせる風情や情緒が残っているのだと思う。
200年後この街はどのように変わり、その中でこの橋はどのようにあるのだろう。
きっと、今以上に人々に愛され、凛と美しく輝いているに違いない...。

by finches | 2012-09-29 06:24 | 無題
943■■ 追想Ⅱ-東京・上野毛
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移転した公文書館に行くために久し振りに上野毛で電車を降りた。
結婚して新しい生活を始めたのはこの上野毛の隣駅,等々力から少し歩いた深沢だった。
東京でも世田谷は緑の多い所だが、その世田谷の中にあって深沢は群を抜いて緑の多い所だった。
上野毛にはたまに散歩がてら行ったが、当時上野毛には小さな木造のかわいい駅舎があって、階段を降りると昭和の初め頃を彷彿とさせるような小さなホームがあった。

上野毛から公文書館への道は急な坂になって多摩川へと落ちている。
これは国分寺崖線と言われる多摩川が武蔵野台地の縁端に作り出した河岸段丘の崖線だ。
この緑に覆われた斜面に沿って高級住宅が建ち並んでいるのも上野毛のもう一つの顔だ。

さて、その懐かしい坂を下ったところに公文書館はあった。
勝手知ったるで、入口のガードマンに利用目的を告げ、氏名住所と入館時間を記帳しバッジをもらった。
資料室ではメガネと手帳以外はロッカーに入れる。
筆記具は鉛筆以外使用が禁じられている。
公文書館ならではのルールさえ守ればそこは貴重な資料の宝庫、お目当ての資料を探し出すにはかなりの苦労を要するが、それはそれでまた楽しみというものだ。

その資料との6時間の格闘を終え公文書館を後にした。
二子玉川は街全体が新しく生まれ変わっていた。
かつての駅裏が新しい街へと美しい変貌を遂げていた。
その街をぶらぶらと見て歩きながら三種の皿を買い求め、予約の入れてある店へと向かった...。

by finches | 2012-09-27 08:35 | 無題
942■■ 追想Ⅰ-東京
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着陸時に窓を流れ去る雨粒に些か消沈したが、地上に着くと幸い雨も上がっていた。
最初の予定に決めていた公文書館に着くと、なんと移転、友人に電話して移転先を確かめた後、気を取り直して学会図書館へと移動した。
受付を済ませ、席にメガネと手帳を置き、徐に電動集密書架のボタンを操作すると目的の資料のある通路が開き、その通路に灯りが点った。
二時間と決めていたそこでの時間はあっという間に過ぎた。

次に向かったのは八丁堀、写真は亀島川に架かる高橋から撮った南高橋で、その先の水門を抜けると隅田川に繋がる。
右岸の船溜まりはかつての桜川の河口跡で、かつてそこには稲荷橋が架かっていた。
南高橋右岸を少し入ると鉄砲洲稲荷があり、その横には鉄砲洲公園という復興小公園がある。
筆者は亀島川左岸の新川からこの鉄砲洲界隈が好きで、江戸の川が残っていることで街は大きく様変わりしていても、どこか他の場所にはない風情と情緒が残っている。

最近まで鉄砲洲公園に面して鉄砲洲小学校という小さな復興小学校があった。
その学校が取り壊されてから初めてそこを訪れたが、新しい校舎がそこにはあった。
その校舎を見ながら過去の色んなことが頭を廻り、新しい色んなことが頭に浮かんだ。

そして、その新しい校舎を横目に、目的の勉強会へと向かった...。

by finches | 2012-09-26 12:53 | 無題
941■■ 温泉と彼岸花

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東京での疲れがどっと出て、日曜日は昼食を取りがてら初めての温泉に出かけた。
これまで、筆者が使っている少し古い地図にある温泉を訪ねてみると、幾つもが既に廃業していたり、道の駅の温泉へと大きく様変わりしていた。
昨日初めて訪れた温泉も既になくなったものと思っていたが、いつも行く温泉で源泉の隠れた名湯があると聞き訪れたものだ。

その温泉はある駅の近くにある旅館の温泉で、その線路と川を挟んで走る道路はこれまで何度となく通っていたが、その駅が何処にあるのかさえ分からずにきた。
昨日はその駅を目指して地図を見ながらその川沿いの道を走ったにも係わらず、その駅の所在は全く分からずに大きく行き過ぎた。
戻る途中にあった橋を渡り旧道らしき道に入り、一軒の民家でその駅の場所を訪ねた。

その旧道を進むと小さな駅があり、そこから見ると、確かに川の向こうにいつも通る道路も見えた。
温泉旅館は木造二階建てで寂れた情緒があり、その源泉の湯はゆっくりと疲れを癒してくれた。

旅館の女主人が狭いから止めた方がいいと言った方角を帰り道に選んだ。
旅館の脇の坂を登ると直ぐに視界が開け、黄金色の田んぼが広がっていた。
青い空には白い入道雲が見えたが、それはもう夏のものではなかった。
車を止め外に出ると、湯上りの頬に秋の風が清々しく、ふと見ると黄金の稲穂に混じって幾つもの彼岸花が真っ赤な花をつけていた。

この瞬間が彼岸花が最も美しい時だ、と思った。
そして、そんな景色が何より旅の疲れを癒してくれた...。

by finches | 2012-09-24 07:28 | 季節
940■■ 朝の水玉

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土日は水曜に迫った東京での勉強会のための資料のまとめ作業に没頭した。
とは言っても、土曜の朝は魚を買いに市場に行き、下処理と下ごしらえを終えると、新鮮な野菜を求めて三市にまたがるドライブに出かけたりもした。
日曜の朝は4時間の集中作業の後、バケットとチーズの簡単な昼食を終えるや、午後からの作業のための気分転換に温泉へと直行した。
帰ったら同じく4時間の集中作業をと考えていたが、思わぬ温泉効果からだるさと強烈な睡魔に襲われたが、それでも何とか2時間ほどは頑張って資料作りに勤しんだ。

今朝、まだレジメもない作りかけの資料を元に要する時間を計ってみた。
勉強会での発表の持ち時間50分に対して、17分を残してほぼ終わった。
早口で喋っての結果だから、もっとゆっくり喋り、ちょっと違う話を交えても50分で収まる大雑把な目途だけはついた。
後はレジメを完成させればいい。

疲れた時や気分転換が必要だと思うと、柿の木の下まで行ってみるか、庭に設えたガラステーブルまで行って戻る短い歩行を楽しむ。
この間に取り入れる新鮮な酸素から新たな活力が得られる。

雨が降ったのか、ガラスのエッジには幾つもの水玉がついていた。
シマヤブランも紫の小さな花をいっぱいにつけていた。
こんなささいなことに感動する新しい朝が好きだ。

東京での滞在は三泊四日、その朝はどんなだろうか。
宿は温泉のある川の傍のホテルに決めた。
隅田川も近い、朝の散歩が楽しみだ...。

by finches | 2012-09-17 07:21 | 時間
939■■ 朝の時間

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一週間後に迫った東京での勉強会のために予習を始めている。
蒐集した資料は机の上に積まれているが、一年以上それらから遠ざかっていたことで、却って違う視点で物事を考えられるようになった。
だから、今朝も勉強会でのテーマからは大きく逸脱したところであれこれと調べを続けている。

だが、この脱線こそが大事だと思っている。
一本道を突き進むような調べ方とは違い、物事を俯瞰して見、考えることで、より広く深くその本質に近付き、捉えることができるようになる。
今朝もそんなことをやっていて、ふと東京での朝の時間を懐かしく思い返した。
手探りでまだ暗いリビングのスタンドを点けソファに座り、カーペットの上に所狭しと資料を広げ、電子辞書を横に置き、頭に浮かぶことをiPadでどんどん検索する、そんな朝の時間のことを…。

調べる行為に対してその環境というものは大切で、そのリビングは決して広くはなかったが、壁までの距離、天井の高さ、窓の位置や大きさ、サイドテーブル代わりのスツールやオットマン、それらが調度いいスケール感を保っていたのだと思う。
そして、ソファーがカーペットにめり込む数ミリの高さの違いが、最も落ち着ける楽な姿勢を作り出してくれていたのだと思う。

ソファーの座り心地が前とは違うと感じていたが、それはカーペットから木の床に変わり、数ミリの沈み込みがなくなったせいだということに、今朝これを書いていて気が付いた。
今朝はモックアップとして作られた椅子に座り調べを進めた。
そして、新たな発見や感動がある度に、柿の木の下に行ってその数を増した落ち柿を眺めた。
落ち柿を照らす朝日は、新しい影と光の帯を長く伸ばしていた...。

by finches | 2012-09-14 07:12 | 時間
938■■ 秋-九月

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柿の枝に吊るした温度計は21℃、道理で肌寒いはずだ。
だから、今朝は長袖,長ズボン,靴下という万全な出立ちだ。
このところこのブログを書くのは旧車庫の一階、その土間に斜に設えた簡易なテーブルが定位置になっている。
北側のシャッターと南側の窓を開け放ち、ちょっとレトロな灯りが二つ点いている。
二時の方向にある窓からは柿の木が見える、そんなロケーションだ。

さて、このところ朝の日課に変化が生じている。
メダカの餌やりに加えて、小鳥への餌やりと、脱落して落下する柿の実の片付けと、踏み石の周りの柿の落葉の片付けだ。
メダカはこの夏の猛暑で子メダカのほとんどが死んだ。
やって来る小鳥は雀に雉鳩にハクセキレイだが、常連は雉鳩とハクセキレイ、彼らは雀と違い傍を歩いても逃げたりしない。
雉鳩に至っては食べ終わると、柿の枝の定位置に陣取って仲良く羽繕いまで始める。
但し、ハクセキレイは虫を食べているようで、餌に釣られてやって来る訳ではなさそうだ。

落柿には青柿もあれば半熟柿もあるが、後者は始末に悪い。
落下すると潰れて半熟の実が飛び散り辺りを汚す。
そんな実を片付けていて甘酸っぱい匂いが漂っているのに気付いた。
それは腐敗の匂いではなく発酵の匂いだと思った。

その匂いを嗅ぎながら、遠い昔こんな落柿が木の股の窪みに雨水とともに溜まり、それが自然に発酵して酒になり、それを動物が見つけて飲み、それを今度は人間が見つけて飲み、そして、果実から酒を作ることを覚えていったのだろうと思った。

落柿と落葉は一部を土の上に残し後は土に穴を掘って埋めてやる。
後は微生物がせっせと土作りをしてくれる。
朝の日課は増えたが、日に日に土が生まれ変わって行くようで、なんだかわくわくした気分になってくる...。

by finches | 2012-09-12 07:08 | 季節
937■■ 海の見える城下町
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二週間の単位で一緒に過ごす家人とのここでの暮らし、それは一年春夏秋冬を三カ月の単位で分けると、筆者は一つの季節を六つに見ていることになり、家人は一つ飛ばしに三つに見ていることになる。
だから、途切れることなく行き過ぎる季節も、家人からすれば大きく変化したものに感じるようだ。

この二週間で家人が一番よく口にしたのは、稲の実りへの感動のことばだった。
毎夕山間の道を温泉通いしていると、その道沿いに広がる田んぼの変化に否応なく目が行く。
それはそれぞれの季節で美しいものではあったが、刈り入れを間近に日々黄金色に近付いて行く稲穂は殊更に美しい。
それは、自然の美しさに加え、実りへの感動と収穫への歓びと期待が加わるからだと思う。

日曜日、後三日の滞在を残す家人を連れて少し離れた温泉へと出掛け、その足を海の見える城下町まで延ばした。
海岸は埋め立てられ、国道は車の喧騒で溢れていたが、一歩入った旧道は静かな佇まいを今に残し、時折聞こえてくる中学校の運動会の声援以外は時々のつくつく法師の鳴き声くらいだった。

藩主の旧宅ではゆっくりと時を過ごした。
鎌倉と見紛うような山門からの眺めに驚きながら、古刹のひんやりとした空気に息を付いた。
石垣や土塀が往時の区割りを今に残し、そこには連綿と続く人々の暮らしが今もあった。

帰路、降り始めた雨の中を走りながら、その日最初に見た写真展のこと、工事中の橋を写真に撮ったこと、干拓地の樋門に立ち寄ったこと、古刹の石段から鬱蒼とした葉がまるでその景色を見せようとしているかのようにポッカリ開いた先に見えた古い歴史のある島のこと、そんな幾つものことを思い浮かべ反芻した。
そして、いい時を過ごせたことに感謝した...。

by finches | 2012-09-10 08:07 | 時間
936■■ 図書館で借りた一冊の本

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二週間後に迫った東京でのある勉強会の為に久し振りに手元の資料に目を通し始めた。
図書館で集めた資料や論文のコピーはサイズも区区で、その整理には難儀をする。
書棚に立てておけるものはまだ良いが、大型の横版になると平置きする以外に上手い保管方法も思い浮かばない。
それぞれのコピーの右上には書名・出版年と蔵書図書館名を記した付箋を貼り、関連付けてのグループ分けもしているが、それらが縦に重なるとどうにも始末が悪い。
そんな資料を全てテーブルと床に広げ、改めて見直している。

ある目的を持って何度も読み返した学術論文もひとつの結果を得るに至った上で改めて読み直すと、その論考の構築のためにあった参考文献の中身を実際に確かめてみたくなってくる。
例えば、『※※史』によれば、日本で最初の鉄筋コンクリート造校舎は神戸市の須佐小学校、などという件に対して、それが実際その本の文脈の中ではどのように扱われ表記されているのか、筆者が次に知りたいその背景に必ずある筈の我が国の教育施設転換期の均衡した思潮への言及が見られるかも知れない、などと期待も膨らむ。

『※※史』について国立国会図書館のサーチエンジンでデータベースを検索してみると、国会図書館以外に3つの市立と15の県立図書館が所蔵していることが分かった。
そして、その内の一つに我が県立図書館の名前もあった。
その本は巡回車サービスにより市立図書館で受け取れたが、30分の距離を車を飛ばして県立図書館まで出向いた。

久し振りに訪れる県立図書館は改装を終え綺麗になっていた。
その図書館なくして今の筆者はないと言っても過言ではない、その図書館は筆者にとってそんな存在だった。
その図書館で初めて利用者カードを作り、初めて一冊の本を借りた。
それは筆者にとって、自分の起点との対話の場所から、その中で本と静かに対話する場所へと変わった瞬間だった...。

by finches | 2012-09-07 07:55 | 時間
935■■ 酢橘―九月

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このところ小鳥の為に庭に木の実を撒いてやることが毎朝の日課になった。
雉鳩の番いが毎日その実を食べに来ているが、食べている横を歩いても逃げなくなった。

子供の頃に鳩を飼った経験があるが、その目が余り好きではなかった。
今も鳩の目は好きではないが、ちょっと小さめに感じる雉鳩の目は嫌いではない。
それは表情のない鳩の目と違い、どこか目の奥に表情があるように感じられるからだと思う。

さて、高温多湿な日本は微生物の宝庫で、自家製の発酵液を土に撒くことでそれに含まれる麹菌や乳酸菌などが土着菌と協同して土質の改良を行う、そう信じてささやかな土づくりに挑みそれを楽しんでもいる。
木の周りの草をそのままにしておくことで、根元の土の表面温度を下げる効果もある。
これらはどれも本から得た知識をただ実践しているだけだが、水も肥料も何もやらなくても甘い実を付ける自然の柿を見ていると、そもそも自然の循環の中で全ては回っていけるのだと思えてならない。

酢橘の木の周りもこんな風に草ぼうぼうだ。
草が青々としているということは土には水分があるということで、逆に十分な水を与えないことで酢橘は長く根を張り自ら水を求めようとする筈だ。
この酢橘、来月になれば待ちに待った収穫もできそうだ...。

by finches | 2012-09-05 08:35 | 季節