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1002■■ 蕗の薹

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夜露に濡れた中に、朝靄に霞む中に、霜に覆われた中に、健気に小さな顔を覗かせる蕗の薹。
蕗の薹が一日のうちで最も美しいのは、露が靄が霜が朝日に上気し輝き出す瞬間で、そこには生命の神秘漂う美しさがある。

蕗の薹は毎日少しづつ大きくなり、そして、そっと開き始める。
そして、ふと気が付くと、あたり一面に蕗の薹は顔を出している。
この毎朝違う様相を見せるそれらの変化を、毎朝異なる光と空気の中で眺める。
時にはコートを羽織り、時には傘をさし、時には雪が積もるのさえ気にせず、じっと眺める。

その初々しい蕗の薹を家人が蕗味噌にした。
初春を感じさせるその爽やかな苦味が、体の中を真っ直ぐに降りていった...。

by finches | 2014-02-02 09:00 | 季節
998■■ 鏝
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東京京橋の西勘本店は左官鏝を扱う老舗で、それらは店の奥に鎮座している。
勿論値段もいい。

鍛冶屋が作る鏝と違い昨今のホームセンターに並んでいるものは、プレスで打ち抜いた板に柄を溶接したものばかりで、それは数百円から手に入る。
それらは使い捨てで、柄が取れたらお仕舞い、新しいものに買い替える。

そこには良い道具を手入れして使い続けるという文化はもうない。
腕の立つ職人が持つ手入れの行き届いた使い込んだ道具が如何に美しいものか、それらが生み出す仕上がりが如何に研ぎ澄まされているか、それさえも知らない職人が使い捨ての道具を使い野帳場の仕事に身を削る。

素人が高価な鏝を揃えるのは流石に愚か、然りとて数百円の鏝で済まそうとも思わない。
我が家にあった鏝の中から三本を選んで手入れをしてみた。
モルタルや漆喰が付着し、厚く錆びている代物ばかりで、それらを削り落とすことから始めた。

ところが使ってみると滑りが違う。
どうせ安物には違いなかろうが、以前とは全く違う風格も出てきたから不思議なものだ。

それらを、家人は、綺麗だと言う...。

by finches | 2013-11-10 10:37 | 持続
968■■ 包丁納め

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凍えるように寒いか、冷たい雨が降るか、そんな日が繰り返される中、小春日和とはいかないまでも一瞬寒さが和らいだ一日の到来に正月用の寒ブリを下ろしたばかりの包丁を研いだ。
日陰は空気も水も冷たかったが、荒研ぎから仕上げまで4つの砥石を使って丁寧に研いだ。

自分の包丁を持ってかれこれ15年近くになる。
だから、包丁を自分で研ぎ始めたのもその頃からということになる。

その頃の包丁は今では使っていない。
今使っている柳刃は大阪で買い求めたもので、出刃は地元の野鍛冶が作った両刃という一風変わった代物だ。

砥石は既に8つ所有しているが、近いうちにもう1つ増えることになりそうだ。
研ぎについて記載のある本も何冊か所持しているが、その上にわざわざ図書館からその手の本を借りて読んだこともあった。

だが、これまで今一ちゃんと研げていると言えるのか自信がなかった。
片刃の包丁の砥石への当て方は分かっているが、今一つ砥石に当たる刃の微妙な角度が違うようで悶々としていた。

ところがこの度初めて研げたと実感する瞬間に出合った。
仕上がりはまだまだ未熟だが、全ての基本である研ぎの入口に立てたことは確かなようだ。

お陰でその日を包丁納めとした為に、折角の寒ブリのさくも下ろすことが出来ずにいる。
だが、大晦日の今日、納めを解いて一回だけ使ってみようか...。

by finches | 2012-12-31 06:38 | 嗜好
965■■ 湯たんぽ

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突然湯たんぽを使ってみたくなった。
そこで、当然昔ながらのブリキの湯たんぽを探した。

毎朝、温泉から汲んで来た水で顔を洗っているが、ここにきて流石に冷たい。
その冷たさがシャキッとして気持ちのいいところもあるが、これからますます冷たくなると思うと、と考えるところもあった。

湯たんぽを使ってみようと思ったのは、温泉のお湯を湯たんぽに入れて眠り、朝はぬるくなったそのお湯で顔を洗ったら最高だろうと思ったからだ。
昨夜は湯たんぽ使用開始二日目、布団は温かいし、朝の洗顔も何とも気持ちがいい。

使用開始一日目の湯たんぽ係は家人が務めた。
3.6リットルの容量いっぱいに湯を入れるために計量し、それを2回に分けて沸かしていた。

使用開始二日目の湯たんぽ係は筆者が務めた。
計量は600mlのペットボトルで6回、薬缶は庭のガラステーブルの横にオブジェとして置いていた銅製の大薬缶を使い1回で沸かした。

この銅製の大薬缶、函館の名刹高龍寺の什器をご縁があっていただいたものだ。
一年余り何もせずに放置していた薬缶の中には雨水が溜まっていたが流石に銅の力は凄い、溜まり水は腐ることも汚れることも藻が付くこともなく、軽く洗っただけで直ぐに本来の薬缶としての機能を発揮した。

温泉の水はこの地方の名泉の中でもずば抜けた泉質だと筆者は思っている。
そのお湯を湯たんぽの中で一晩寝かせたことで、洗顔のお湯は一段と円やかさを増し、銅製の薬缶が確信こそないが何らかのプラス効果を付加しているように感じられた。

考えてみれば湯たんぽは昔の人が考え出したエコ商品だ。
お湯は暖を取るためのストーブの上に置いておくだけで沸いてくる。
そのお湯を無駄なく使う生活、それは正に循環型のライフスタイルと言えるだろう。

昔の人が普通に使っていたものが今一番使いやすい。
そこには足すことも引くことも必要としない淘汰された完成形がある...。

by finches | 2012-12-02 08:36 | 持続
940■■ 朝の水玉

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土日は水曜に迫った東京での勉強会のための資料のまとめ作業に没頭した。
とは言っても、土曜の朝は魚を買いに市場に行き、下処理と下ごしらえを終えると、新鮮な野菜を求めて三市にまたがるドライブに出かけたりもした。
日曜の朝は4時間の集中作業の後、バケットとチーズの簡単な昼食を終えるや、午後からの作業のための気分転換に温泉へと直行した。
帰ったら同じく4時間の集中作業をと考えていたが、思わぬ温泉効果からだるさと強烈な睡魔に襲われたが、それでも何とか2時間ほどは頑張って資料作りに勤しんだ。

今朝、まだレジメもない作りかけの資料を元に要する時間を計ってみた。
勉強会での発表の持ち時間50分に対して、17分を残してほぼ終わった。
早口で喋っての結果だから、もっとゆっくり喋り、ちょっと違う話を交えても50分で収まる大雑把な目途だけはついた。
後はレジメを完成させればいい。

疲れた時や気分転換が必要だと思うと、柿の木の下まで行ってみるか、庭に設えたガラステーブルまで行って戻る短い歩行を楽しむ。
この間に取り入れる新鮮な酸素から新たな活力が得られる。

雨が降ったのか、ガラスのエッジには幾つもの水玉がついていた。
シマヤブランも紫の小さな花をいっぱいにつけていた。
こんなささいなことに感動する新しい朝が好きだ。

東京での滞在は三泊四日、その朝はどんなだろうか。
宿は温泉のある川の傍のホテルに決めた。
隅田川も近い、朝の散歩が楽しみだ...。

by finches | 2012-09-17 07:21 | 時間
928■■ 立ち火鉢
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前稿で炭壺と消し炭のことを書いて、ある立ち火鉢のことを思い浮かべた。
筆者の朧な記憶の中にも、それが診療所であったか、バスか駅の待合であったか定かではないが、確かに立ち火鉢の映像は残っている。
ただ、それらはこれまで火鉢として一括りにされていて、立ち火鉢という独立した呼び名で考えてみることはなかった。
なぜなら、それらは火鉢自体の高さが高いか低いかの違いであって、どれも動かすことが出来て、冬の間だけ持ち出して来て、それは置いて使うものだった。
そして、それは立って使うものというより、椅子に座って使う、そんな冬の調度としての記憶だった。

六月と雖も函館ではまだストーブが手放せない。
そんな函館の千歳坂の傍に出来たギャラリーでこの不思議な立ち火鉢と出合った。
土間に固定されたその不思議な物体に、思わず「これは何ですか」と訊ねた。
そして、その建物が旧質屋であり、この立ち火鉢は質屋の待合というか受付の土間にあったものだと分かった。
質屋の待合には椅子などは必要なく、そこは立ったまま手早く用を済ませる場所であったのだろうと想像した。
床に固定された立ち火鉢も、そんな場所の使い勝手を反映しているように思えた。

質入れの時は手を焙りながら質屋店主の値踏みを待ち、質出しの時は火箸で灰を均したり炭を立てて暖を急いたり炭を寝かせて灰を被せたり、そこにはそんな情景が見えるような気がした...。

by finches | 2012-08-09 06:01 | 記憶
919■■ 蜘蛛の巣
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何日か前の朝霧の小さな水滴が蜘蛛の巣のシルエットを鮮やかに浮き上がらせ、それが余りに綺麗だったので写真に収めた。
それは言葉に出来ないくらい幻想的で、霧滴は蜘蛛の巣の糸の一本一本をまるで透明な空間に浮遊するオブジェのように浮き上がらせていた。

これまで蜘蛛の巣は、二次元の網糸を空間上に広げた状態で保持するために、その最外周の糸を何点も周囲の枝や葉から引っ張っているものだと思っていた。
勿論、もっと複雑に入り組んでいるものもあったが、それは破れの補修を繰り返す中でそうなるのだと思っていた。

一重の蜘蛛の網が風に揺れているのを見ても、風が抜ける構造、糸の粘り、そしてしなやかな柔軟さが風に抵抗し風の力を吸収しているものだと思っていた。
だが、霧滴が作り出した蜘蛛の巣のシルエットは一重の単純な網ではなく、それが面外方向のどちら側への変形に対してもメインの網を保持するために、垂直に張られたメインの網をそれと直交する面外方向に吊り構造で引っ張っているメカニズムがそこにあることを知った。

蜘蛛の糸についてはマサチューセッツ工科大学の研究がある。
蜘蛛の糸は絹のように見えても実は鋼鉄や強靭な炭素繊維よりも強いそうだが、引き裂かれた後も巣全体が落ちずに済むのはどうしてなのかというものだ。
その研究によると、蜘蛛の糸には2種類あって、1つは巣の中心から外へ向かって螺旋状に張られている粘着糸の横糸で、伸縮性が高く湿り気があってベトベトして獲物を捕らえる役割を果たし、一方、車輪のスポークのように巣の中央から放射状に伸びる縦糸は、乾いていて堅く巣の構造を支えているそうだ。
そして、クモの糸の分子構造は不定形タンパク質と秩序立って並んだナノスケールの結晶という独特の組成をもっていて、ここに外圧がかかると弾性変形の範囲を超えると次にたんぱく質の変性が起こり、これらが複雑に作用し横糸と縦糸が衝撃吸収の際に異なる役割を持つことで巣の一部が破れても穴が広がらないということだ。

蜘蛛の糸の優れた組成はこの研究で分かるが、それより何よりその成分の異なる糸を巧みに操り、頼るものは最初の始点しかないにも係わらず、空中の空間に三次元の網を掛け渡し、更にそれが三次元に補強されているのだから凄い。
お陰で、筆者の自然観察に蜘蛛の巣が加わった。
だが、ほどほどにしておかないと歩き難くて仕方がない...。

by finches | 2012-07-20 08:21 | 空間
914■■ 梅雨への備え

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水捌けが悪く長年気になっていた場所に排水溝を設えた。
タイトルは「梅雨への備え」としたが、実際は雨を待って水捌けを確認しながらの調整を要する作業となった。
だから、梅雨と同時進行の「梅雨への備え」と言った方が正しい。

どうすればよいか随分と考え迷った。
穴を掘ってみると既設の配水管が顔を出した。
その配水管が貫通するように煉瓦を積んで枡を造り、最後に枡の中を渡っていた配水管を切って流路を枡に開放した。
それと同時に今まで閉じていた流路に集水枡が加わった。

この簡単なことが思わぬ難工事になろうとは予想もしなかった。
既設の配水管の周りに煉瓦を積むやり難さ、掘った穴の底で枡を建物と平行に造る精度の出し難さ、狭い穴の底で煉瓦を水平に積む難しさ、モルタルを詰める困難さ、どれ一つをとってみてもスムーズに行ったものはない。

出来上がると土で勾配をとり、煉瓦に水が集まるようにした。
そして雨を待った。
梅雨の激しい雨は土の勾配を雨水が最も流れやすい自然な形に削り直してくれた。
そして、雨による洗礼が終わった土に薄く散砂を撒き、枡に割竹を敷き並べた。

苔の生えた汚い煉瓦を洗って使った。
あるものだけでそれを工夫することで何とか造れるものだと感心した。
そして、それは何か不思議な庭のオブジェになった...。

by finches | 2012-07-12 06:20 | 無題
899■■ 蕗の露
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火曜の朝、歯痛の初診を待っている時から歯痛とは異なる変調の兆しが体にはあった。
夕方、どうにも辛く体温を計ってみると、38度を優に超えていた。
そして、その晩から平熱に戻るまで三日間床に臥した。
四日目の昨日、熱が下がり起きはしたものの体はまだ辛く、歯痛がそれに加わった。

少し体を動かそうと、昼下がり家人を散歩に誘った。
その変貌を見たくなくて行くことがなくなっていた海へと足が向いた。
綺麗だった砂浜は草に覆われ、大勢が潮干狩りを楽しんだ沖まで続く干潟は消え、丸~く見えた水平線は堤防に隠れ、賑わっていた海水浴場は消波ブロックで海と遮断され、無数にいた干潟の生き物は数えるほどにその数を減らし精彩を失っていた。

それらの現実と記憶の中にある風景とを反芻させながらゆっくりと歩いた。
夏にはこの海岸のごみ集めに参加するつもりでいるが、人との関係を断たれた海岸の清掃の意味について考えながら歩いた。
一両編成の電車がかつての防波堤の上を汽笛を鳴らしながら走り去った。

今朝、義理の祖母が亡くなったことを知った。
百二歳と七カ月の大往生、その穏やかな死に悲しみなどはない。
ただただ、ご苦労様でした、お疲れさまでした、という気持ちが静かに湧いてきた。

蕗の露が葉際に点々と連なっていた。
その露の一つひとつには、消えて行ったたくさんの思い出が映し出されているように思えた...。

by finches | 2012-06-02 07:10 | 時間
898■■ 笹舟

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日曜の朝の少し遠出の友人たちの魚の買い出しに同乗させてもらった。
着いた海は穏やかに凪いでおり、その色は近くと沖で鮮やかなコントラストを見せ、遠くには独特な形をした平たい島々が浮かんでいた。
車はその美しい海岸線を東へとひた走った。

着いた道の駅にはいつもの朝の市場で見かけるものとは随分と違う魚が並んでいた。
その中から迷った挙句に三種類を選び、ついでに生の米麹も買った。
復路、友人お薦めの昼食を取った。
地元で採れた旬の素材を素朴に料理した幕の内に小さな蕎麦の付いた日替わり定食は地味だが美味いと思った。

屋外のテーブルの山側には細い水路があって綺麗な水が速いスピードで流れていた。
その流れを見ていて笹舟を作って流したいと思った。
クマザサで作った笹舟はずんぐりとしていて、子供の頃に作った細長い笹舟とは随分違うものに仕上がった。
だが、ずんぐりしたクマザサの笹舟も流れに置くと滑るように下って行った。

友人たちと家人にもクマザサを渡した。
笹舟を作るのは初めての家人も、なかなか上手に作った。
そして、みんなが思い思いに笹舟を流した。
どれもあっという間に流れて行った...。

by finches | 2012-05-29 05:03 | 無題