105■■ 小名木川 萬年橋 ・其一
b0125465_15231154.jpg

小名木川が隅田川に出会う辺りに萬年橋はある。
隅田川に架かる清洲橋から眺めると、この萬年橋によってそこに小名木川が注いでいることが分かる。
ところで、最初から何回かに分けて書こうと決めている場合を除いて、その日に書きたいことは一写真一文で表すことに決めている。
しかし、今回は写真をどれにするか、迷いに迷って今も迷っている。
迷いに迷った挙句、一枚の写真に絞り切れず時間切れで書き始めた。

先ずは、広重の 「名所江戸百景」 から 「深川萬年橋」。
この絵は萬年橋の上に置かれた亀売りの手桶に吊るされた亀が手前に大きく描かれ、遠景に隅田川と富士山が描かれている。
今で言えば写真のズームアップのような斬新な構図で、近景と遠景を極端に切り取る手法で描かれている。

さて、この絵を選んだからには、何故亀なのかという疑問を払拭したい。
手桶が萬年橋の上に置かれているというだけでは幾ら何でも弱い。
だが、北斎が萬年橋を通して富士を描いた「深川万年橋下」の構図と違い、広重の絵はここに描かれていないものまでも連想させる力があり、北斎とは一味違う広さと奥行きがある。

さて、さて、では、どうして、亀なのか...。
放生(ほうじょう)と言う言葉があるが、捕らえた生き物を逃がすことを言う。
この時代に行われた「放し亀」も、後生を願う人や殺生を嫌う信心深い人が、捕らわれている生き物を放して自由にしてやる習わしで、寺や神社でも放生会(ほうじょうえ)という仏教の不殺生の思想に基づく儀式が行なわれていた。

勿論、放し亀のための亀は萬年橋だけで売られていたわけではないが、その放生会が深川八幡で行われたことで、その亀を題材にして萬年橋を描いたらしい。
そして、その背景にあった北斎へのライバル意識が、北斎とは全く異なる大胆な構図でこの萬年橋を描かせたのだろう。
更に、北斎の橋下からその橋を通して描く富士に対して、広重は橋上の手桶を通して富士を描いた、ここには計算し尽くされた中に、北斎への炎のような対抗意識と絵への情熱が透けて見える...。

by finches | 2009-08-01 06:00 | 空間


<< 106■■ 小名木川 萬年橋 ・其二 104■■ 小名木川 >>