112■■ 小島小学校 ・其二
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小島小学校の外観の特徴に丸い塔状の部分を挙げ、物見塔のようだと書いた。
戦前までに鉄筋コンクリート造で建設された小学校の中には、ペントハウス(塔屋)にその建築様式の特徴を反映しているものが多い。
しかし、ペントハウスは階段部分が多いため、特に意識して外観デザインに反映させようとしない限り、屋上に出て初めてそのデザインに気付かされることになる。
一方、ペントハウスをデザインの主要モチーフとして扱っているインターナショナルスタイルには、その特長が如実に現れていて、表現主義建築に於いても、その独特な曲線的形態を誇示しようとする時にこの傾向が見られる。

しかし、小島小学校の場合はこれらとは異なる。
それは建築様式の反映でもないし、各階のプランがペントハウスの形状に現れている訳でもない。
もっと言えば、全体が直線的に扱われているプランを見る限り、この部分だけを半円にする必然性は見当たらない。
建築的な扱い方としては、インターナショナルスタイルのものに近いと思うが、丸い塔に見えるところが同種の建築的思考の結果とは思えない。
だから、敢えて物見塔のようだと書いたのだが、もしも、最初に屋上に円形の塔屋を造りたいと考え、そこから逆に各階のプランをその形に嵌め込んだのだとしたら、全ての疑問が解けてくる。
すると、やはりこれはペントハウスとしての扱いではなく、建物と一体化した丸い塔と考えるのが正しいようだ。

実は筆者はこれが火の見櫓の役目を担うのではと、想像するところから考え始めた。
小島小学校が完成した当時は、関東大震災によって一面の焦土と化した中からの復興の最中で、その中で3階建て鉄筋コンクリート造の白い復興小学校は、正に復興のシンボルとして人々の目に映ったであろうし、それらが焦土の中に点在する様は復興小公園と共にオアシスのように見えたであろう。
そんな光景を想像してこの丸い塔の意味を考えた。

次に、気象観測のためのものではないかと考えた。
復興小学校についての記述の中に、屋上に気象天文等の観測用設備をなすこと、とある。
また、別の記述によると、特別室設備として気象観測所というのがあり、場所は屋上のペントハウス付近を利用する、とある。
更に、風向、風速計だけは天井を貫いて設けるため建築と同時に計画するように書かれ、雨量計、自記寒暖計、日時計等は屋上の花壇の中等へ設置、とある。

写真は上六小学校(現、九段小学校)ペントハウスの中で、天井に風向表示板が残っている。
これと同じような風向表示板は何箇所かで見たが、それ程その先まで想像が及ばなかった。
しかし、小島小学校の丸い塔の意味を考えていて、もしやここが気象観測の為の場所であったら楽しいだろうと思った。
それにしてもこの丸い塔があるだけで、建築がこれ程までに公園(復興小公園)と同化するものとは...。

by finches | 2009-08-07 07:01 | 復興


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