270■■ 明石有情-12.築地鉄砲洲
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写真は築地川公園を築地本願寺方向に見たものだ。
昭和9年(1934)に完成した古代インド様式と言われる築地本願寺と築地川南支川の関係が分かる一枚だ。
そして、備前橋という橋名板がついている為にかつての橋が残っているように勘違いしがちだが、写真に写る備前橋は似ても似つかぬ橋形オブジェに過ぎない。
また、前稿でも触れたがこの築地川公園の直下には幻の首都高晴海線が眠っているというのも、知られざるこの街の歴史として興味深いものがある。

現在、明石有情というテーマで書いているが、筆者の頭の中ではそれは現在の明石町だけを見ているのではなく、明暦の大火後に埋め立てられた一帯、つまり「築地」を一つのまとまりの中で捉えたいと思っている。
そしてその一帯は、関東大震災では壊滅的な罹災を被り、東京大空襲ではその戦火から免れたという歴史的背景を共有しているという意味でも一つに括れると考えている。 [注:1]

例えば、安永3年(1774)に「解体新書」として出版されたオランダの解剖書「ターヘル・アナトミア」を前田良沢が杉田玄白らと共に翻訳したのも、福沢諭吉が慶應義塾の前身となる蘭学塾を開いたのも、築地鉄砲洲の中津藩中屋敷であったという記録からも、築地から鉄砲洲にかけての一帯はその歴史的背景を共有している...。


[注:1] この一帯が東京大空襲を免れた理由として聖路加国際病院の存在を挙げる説があります。しかし、これはあくまでも噂であり、それを証明する公式文書はまだ発見されていません。
by finches | 2010-02-04 06:47 | 時間


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