338■■ 石神井川 音無橋
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かつて石神井川の王子付近は滝野川と名を変えるくらい滝のように流れが激しかったそうだ。
また、吉宗がこの付近を紀州ゆかりの音無川と命名したことで、その川に架かる橋の名は音無橋となった。
王子七滝という呼び名は昭和になってからのもののようだが、現存する名主の滝を含めて七つの滝があったことは確かで、今では想像もできないくらい鬱蒼とした渓谷がこの辺りには続いていたことを窺わせる。

広重は江戸名所百景で王子付近を題材に六枚の錦絵を描いているが、それだけこの王子付近が野趣に富んだ魅力的な場所だったことは想像に難くない。
その江戸名所百景の中で先ず筆者の注意を惹いたのは「王子不動の滝」だったが、その絵は広重独特の誇張した描写と見紛うくらいに描かれていたし、次に興味を抱いた「音無川堰たい」[More Photoを参照]もこんな景色が江戸の川にあったのかと訝(いぶか)った程だった。

写真の音無橋は昭和5年に架けられた3連のコンクリートアーチ橋で、所謂震災復興橋梁ではないが、同時期に同じ思想の下で東京府下に架橋された幾つもの橋の一つに間違いはない。
デザインは分離派の建築家・山田守がデザインした神田川に架かる聖橋に似ているが、このデザインの橋は幾つか架けられており、山田守のデザインを踏襲したものか否かは断言できないが、やはり三連アーチとなるとかなりの見応えがあることは確かだ。(竣工当時の写真は美しいが、近年手が加えられているのが残念でならない)

音無橋の竣工時の写真を見ての筆者の想像だが、広重描くところの「音無川堰たい」はこの橋の直ぐ上流にあったようで、だとしたらこの橋の下から見た眺めはざぞや見事だっただろう。
かつてはこのような巨大な人工物が自然の中に置かれても、そこにある自然との調和を慮った姿勢とデザインによって見事に融合していたが、現在はそれが巨大な粗ゴミにしか見えないのは筆者だけだろうか...。





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by finches | 2010-04-15 06:22 | 記憶


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