584■■ 萬世橋灯具
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神田川に架かる万世橋とその一つ上流にある昌平橋は共に昭和5年に架橋された震災復興橋梁で、両者ともコンクリートアーチ橋だ。
写真に写る煉瓦アーチはかつてここに万世橋駅があった頃のホームに当たり、万世橋駅が中央線の前身である私鉄甲武鉄道のターミナル駅として明治45年に開業した当時からのものだ。

今からは想像もできないが、甲武鉄道が万世橋駅をそのターミナル駅としたのは、当時の神田須田町界隈が路面電車が行き交う交通の要衝だったことによる。
そして、当時の駅舎は辰野金吾の設計となる煉瓦造2階建てで、それはその後に建設される東京駅駅舎以上に堂々とした建物だった。

ところで、万世橋駅が竣工した頃と現在の街の様子は随分と変わっていて分り難い。
以前あった交通博物館が万世橋駅の場所だと言われても、俄には想像できない悶々とした時期が随分と続いた。
それは街というものは例え大きく様変わりをしていても、かつてそこにあった川筋であったり、道路であったり、広場であったりと、その面影を多少なりとも想像するきっかけとなるものが残っているものだが、この万世橋駅辺りは万世橋と高架の煉瓦アーチが残るだけで、駅前の広場などがすっかり姿を消している為、街と駅舎との関係を思い描くのがどうにも難しい。

江戸時代この川筋には昌平河岸があり、万世橋の辺りには江戸三十六見附の一つ筋違橋門があった。
夜のとばりに包まれるとそんな遠い昔、路面電車が行き交い人々で賑わう昔、そして街の中心が移り寂れ心(うら)淋しい今、そんな街の歴史を万世橋の灯りはぼんやりと写しているようだった...。


[2011.2.10 加筆]
昌平橋の完成年は592■■ 昌平橋の謎をお読み下さい。
by finches | 2011-02-02 05:40 | 時間


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