669■■ 鉄紺
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好きな店の主人が声をかけ集まってくれた気のいい人たちと好きな街での最後の夜を過ごした。
長い人生の中で出合った店は多いが、これほど自分の嗜好に合うところはないと言っても過言ではない。
雰囲気、料理、客、そのどれも逸級と感じるが、その根底にある「もてなす」という心遣いが主人の人柄と無理なく一致し、他では味わうことができない心地よい逸級の時間がゆっくりと流れている。

どの店も特段の理由がない限り、床の高さは道の高さに揃える。
その方が入りやすいし、何よりバリアフリーでもある。
だが、この店には敢えて低い階段が設けられている。

その階段の下と上には鉢植えが置かれ、それらから既にこの店の「もてなし」は始まっている。
床を上げたことで席に座ると主人とも外を歩く人とも目の高さが揃う。
大きなガラス越しに見える向かいの鳥肉店の夫婦とも同じ目の高さで、この周りとの自然でさり気無い順応が普段は意識することもない、安堵し安らぐ空間を作り出している。

店の名を鉄紺と言う。
紺は藍染の中でも濃い色を指すが、その中でも深い色合いがあって焼いた鉄の形容がされる色を鉄紺と言う。
良い名だ。

客は店を選ぶが、同時に店も客を選ぶものだと思う。
常連ずれしない人たちと初々しく励む主人がいて、そこに鉄紺色の空間と時間がある。
また訪れるだろう。
だが、その時は来客として迎えられ、昨日までの日常の延長ではなくなることが無性に寂しい。

この店と人との出会いは大袈裟ではなく東京という街がくれた最高の贈りものかもしれない...。

by finches | 2011-06-17 04:06 | 時間


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