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466■■ 馬車と鉄道

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この夏は随分と鉄道の軌道を見る機会が多かった。
そしてそこには二つの違いがあった。

一つはそのレールが光っているか錆びているかの違いだ。
光っているレールの上は列車が頻繁に走り、錆びたレールは一日に数本か全く走らなくなったものだ。
後者の方が多かったが、その中でもかつての炭住の長屋跡を散策していて、その中をカーブして走る単線跡が最も印象深く記憶に残っている。

もう一つはその軌道の巾の違いだ。
軌間(ゲージ・gauge)には1435mmの標準軌というのがあって、これより広いか狭いかで広軌、狭軌と呼ばれる。
因みに標準軌の1435mmはローマ帝国の馬車の車輪の巾に端を発し、1825年にジョージ・スティ-ブンソンがロコモーション号という蒸気機関車を完成させた時に、当時バラバラだった軌道巾からこの1435mmをスタンダードゲージにしたという経緯(いきさつ)がある。

日本には1435mmの他に1372mmや1067mmのゲージがあって、写真は二番目のゲージ巾を持つ都電荒川線のものだ。
因みに日本最初の地下鉄である銀座線はこの一番目のゲージ巾で造られたが、日本では新橋-横浜間の我が国初の鉄道で三番目の巾を独自に決めたことで、今でもこの狭いゲージが標準になっている。

今朝は一時間で写真の加工と文章までを終えようと決めこんな内容にしてみた。
しかし、明治時代に全く根拠もなく決められた1067mmのゲージが日本の標準とは驚いた...。

by finches | 2010-09-06 06:27 | 時間
465■■ 夏障子

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引揚展が行われていた会場で葦簀(よしず)の不思議な使われ方をしているのを見て、ジックリとその建物を見て回った。
外壁は煉瓦、ガラス、メタル、コンクリート打ち放しに塗装と、一見シンプルで見慣れた材料ばかりで構成されている。
だが、同じ劇場ということで拙稿で何度も取り上げている村野藤吾の建築と比べてみると、タイル、ガラス、コンクリート打ち放しと、後者の方が使われている材料は少ないにも係わらず味わいがあると言おうか、建築に深い奥行きのような懐の深さが感じられる。

前者は一見、これらの材料への知識や扱い、またそれらの分節の仕方に手足(てだ)れているように見える。
だが、よくよく見ると、それらは手足れているのではなく、手馴れているだけの小手先芸だということが分かる。
写真はおそらく劇場の二階ホワイエに設けられた開口で、劇間には外の景色を楽しむこともできるのであろう、その開口に嵌められた大きなガラスにドットポイントを採用することで極力視界の邪魔となる要素を排除し、煉瓦の扱いについてもそれなりの知識はあるようだ。

だが、惜しいかなそれが小手先芸故に、折角のガラスが葦簀(よしず)によって内側から塞がれている。
葦簀は見ているだけも涼を感じるもので、夏障子と呼ばれる簾戸(すど)のように夏の時期だけの季節限定としてもう少し綺麗に設えれば、それはそれでこの大きなガラス開口の新たな夏の魅力に繋がったことだろう。
だが、ここにも想像力のない役所仕事が垣間見え、葦簀をこんな風に使ってしまえば、それはまるで芝居小屋に垂れ下がった筵(むしろ)と同類ではないか。

役所仕事を見ていると本当に笑えるが、この葦簀、事務室の窓にも全面に亘って取り付けられていた。
葦簀は立て掛けるもので嵌めるものではないが、その窓を外から見るとまるで雪国の雪囲いのようで、ここまで囲う必要が本当にあるのかと呆れてしまった。

さてガラスはともあれ、その横の煉瓦壁には十分な断熱が施されている。
この煉瓦壁には換気用の小穴が開いていて、そこから草の茎を入れてみると中の壁まで30センチ近くあった。
煉瓦の厚さを10センチとすると、この煉瓦壁の裏には20センチ近い空間(空気層)があることが分かる。
この20センチ空気層がどうして必要なのか、不要なボイドが煉瓦の裏側に隠れているとすれば、それを外断熱上必要だとどのように説明されようが筆者には納得できない。

ガラスには葦簀、トップライトにはひび割れ剥がれた遮光フィルム、そして煉瓦壁部分の外断熱空間、果たしてコンクリート打ち放し部分の断熱は大丈夫なのか。
ジックリ観察してみると、やはりそれは巨大な無駄な箱に思えた。
そして、その箱からはバランスを欠いた後味の悪さが残った...。

by finches | 2010-09-05 05:21 | 無題
464■■ 引揚船が通った海

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ある美しい海への原発建設問題を取り上げた映画を観に行こうと、その日は如何なることがあってもそれを最優先すると決めていた。
当日、会場の図書館の場所と開演時間を調べていて、初めてその日が一ヶ月ずれていたことに気付いた。
その日は8月31日、その映画は7月31日に既に上映が終わっていた。
その日の朝刊である町での引揚船の展示を知り、映画と展示の掛け持ちを考えていた筆者の頭は、一方の引揚船の展示だけでもどうしても観たいとその町へと向かわせた。

引揚船と言えば舞鶴港が有名だが、全国で引き揚げが行われた港は12に及び、延べ620万人近くの人々がこれらの港から祖国の地を踏んだ。
会場を出ると湾を一望できそうな小山に登り、安易に想像したなどとは言ってはならないと思いながらも、筆者の頭は勝手に当時の町や湾内の様子を想像していた。

帰りに一度訪れてみたいと思っていた小さな砂浜まで足を延ばしてみた。
その美しい海岸には二人の釣り人がいるだけで、砂浜の先に海と空だけが水平線の彼方まで続いていた。
この海の先には大陸があって、そこからの引揚船がこの水平線の彼方から現れ、さっき見下ろした波静かな湾に向かって行ったのだろうと、筆者の頭は勝手にまた新たな想像を巡らしていた。

子供の頃、こんな美しい海があるのかと思ったその海に、この目の前の海は続いている。
美しい海への原発建設を取り上げた映画、その映画はまだ観ていないが、その美しい海への不条理な原発建設がもう一つの美しい海へと筆者を連れて来てくれた。
今や清掃工場が都市の中にあるのが当たり前のように、原発こそその電力を最も必要としている都市に造るべきだと思う。
ヨーロッパの原発が田園風景の中や都市の直ぐ傍にあるように、隠すように造るのではなくそれが本当に必要ならば、堂々と人々の目に触れる場所に造るべきだろう。

思わずこの美しい海に原発建設が持ち上がったらと考えていた...。

by finches | 2010-09-04 06:52 | 記憶
463■■ 廃墟か遺産か

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この夏の豪雨で鉄橋が流され今や廃線の危機にある鉄道と、その元となった川が仲良く平行して走っていて、どこか満州鉄道のような不思議な名前の駅があり、その駅の近くにこの廃プラントはある。
その不思議な名前の駅と何十キロも離れたある駅と間には昨年の10月まで一日一往復貨物専用列車が運行されていた。
そのある駅からは更に工場の中へと続く引込み線が出ていて、その引込み線で一時停車する度に果たしてこの線路は今も使われているのだろうかと不思議な思いで通り過ぎていた。
川向こうに見えた廃プラントに足を運んだことで、そんな筆者しか分からない不思議が一つの点から二点を結ぶ線に変わり、その二つの点の長い歴史の入口にも立てた。

さて、サイロのような円筒が5つ並ぶこの廃プラントだが、只のコンクリート製だったら立ち寄らずに通り過ぎたかも知れない。
コンクリートの外側に鉄の箍(たが)が何段も巻かれ、その錆びた鉄に不思議な味わいを感じた。
遠くからでは気付かなかったが、近くで見るとこの錆びた鉄の箍の繰り返しと、点検用のキャットウォークから透けて落ちる光、そして至ってシンプルな鉄骨階段の規則的な並び、そしてそれらを透かして延びる繊細な影が、この無骨な物体に優しく掛けられたレースの影のように見えた。

戦後に造られたこのような廃プラントは産業遺産とは呼べないかも知れない。
産業遺産とは日本の近代化に貢献した建築・土木の近代化産業遺産を指し、一般的に明治、大正、昭和初期までのものを言うことが多いが、長崎の軍艦島がそうであるように戦後のものにもそれに相応しい歴史と力を持っているものは多い。

このような産業遺産は意外と自分たちの周りにもあるものだ。
それを只の廃墟と見るか遺産と見るか、その違いは世界遺産になったら列をつくって訪れる日本人の文化の貧しさから変えていかなければならないだろう。
だが、教育が文化を育んでこなかった長い大きな付けは、果たして取り戻せるのだろうか...。

by finches | 2010-09-03 06:40 | 遺産
462■■ 巨大煙突

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山間(やまあい)の道がパッと開けると突然巨大な二本の煙突が姿を現す町がある。
それはまるでその町のシンボルのように異質な空間と景色をつくり出し、これ程のランドマークはこの世に存在しないだろうと思わせるくらい、その異質性に不思議な説得力をもって聳えている。

世界ではどのくらいの高さの煙突があるのかと知らべてみた。
世界一はカザフスタンにある発電所のもので、その高さは419.7mもある。
では、日本一はと調べてみると、茨城県にある東京電力の鹿島火力発電所のもので、その高さは231mであることが分かった。
そして、日本には200m以上の煙突が8基あるようだ。
因みに写真の煙突の高さは約200mというところまでしか分からず、当然この8基には入っていないが、トップ10には入るかも知れない。

煙突と言えば千住発電所のおばけ煙突を思い出す。
大正15年にから昭和38年まで操業を続け昭和39年に取り壊されたが、不定期に上がる煙と、見る場所によって1本から4本へと変化する姿に、おばけ煙突として人々から親しまれた。

ロンドンに2000年にオープンしたテート・モダン(Tate Modern)という近現代美術館があるが、これは1981年に閉鎖され廃墟になっていたバンクサイド発電所を改造し再生させたもので、中央には99mの四角い煙突がシンボリックに聳えている。

千住発電所と4本のおばけ煙突が残っていて、それが美術館や図書館などに再生されたら面白かっただろうと、このテート・モダンを引き合いに出した。
また、筆者がこの廃墟と化した煉瓦造の発電所を見た時に、美術館に使ったら面白いだろうなと空想したことも懐かしく思い返した。
そして、この建物が本当に美術館として生まれ変わった写真を雑誌で見て、さずがだな、文化の深さが違うなと思ったものだ。

写真の煙突がなくなったら、掘り尽して剥き出しになった山肌と工場だけが、今度こそ異質な異物として景色の中に取り残されることになる。
そう考えると、この煙突はこの町の歴史を刻むシンボルでありランドマークとして、この場所に聳え続けその異質性の不思議な説得力を失せさせてはならない運命を背負っていると感じた...。

by finches | 2010-09-02 05:03 | 持続
461■■ リフトアクスル

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いてもいなくてもいいような連中が、やってもやらなくてもいいことを次々に実行し、やらなければならないことには蓋をするか後回しにする、これが少なくとも都道府県市あたりまでの役所の仕事のやり方だ。
少なくとも学業だけは優秀で、いてもいなくてもいいようでは困る中央官庁でも、やってもやらなくてもいいことを次々に実行し、やらなければならないことには蓋をするか後回しにするのは全く同じで、更に悪いことにこの連中は独自の法解釈を楯に難解極まりない屁理屈で煙に巻く術を身に付けているから始末に悪い。

そんな想像性と創造性の欠片もない役所の仕事振りとは違い、民間の凄まじい想像力と創造力には驚嘆脱帽する。
前輪1軸、後輪3軸のタンク車の後輪の2軸が上がっているのに気付き写真に収めた。
 (残念ながら、どうして車が上がっているのかを運転手に聞いてみようと思いながら写真を撮っていると、まるで逃げるように発車してしまった)
白鳥が時々後ろ足を背中に乗せているが、あんなもんじゃあない。
一体全体、この車輪はどうなっているのだろうかと考え、きっとタンクに液体を満載して重くなったらこの車輪を下ろすのだろうと勝手に想像を巡らせた。

早速調べてみると、この車軸を昇降させる機構はリフトアクスルと言い、エアサスペンションを電子制御して車軸を昇降させるもので、トレーラーやタンク車などの特大車に使われていることが分かった。
一般的にトレーラーなどでは後輪2軸の前側を昇降させるようだが、写真のタンク車は後輪3軸の前側2軸を上げていた。
中には後輪3軸の前と後ろの2軸を上げるものもあることも知った。

この車軸を昇降することで特大車が大型車となり、高速料金やフェリー料金が安くなる。
また、これによって燃費効率がアップし、タイヤやブレーキパッドの磨耗が低減し、無駄な燃料消費を減少させ更に路面を保護する、正にエコドライブを実現している。
電気自動車などの嘘っぱちのエコに比べ、こちらは正真正銘エコの実践だ。

想像力と創造力を最初から持ち合わせていない役人たちが知恵を絞って決めた特大車と大型車の区分、その定義を逆手にとってよくぞ考えたとエールを送りたい。
だが、やらなくてもいいことに過剰且つ執拗な執念を燃やす役人たちが、こんな民間の努力に新たな規制を考え付かねばよいが...。

by finches | 2010-09-01 06:35 | 持続